52 自覚
修学旅行一日目。
正直、ただただ疲れた。としか言いようがない。
俺は布団の上に倒れては、しばらくそこで固まっている。
あまりの疲労で足がジンジンとする。少し動いただけでも攣りそうなのだ。
「奏汰は運動しないもんなー」
「佐々木って週どのくらい運動してるんだ?」
結城は俺の運動について興味があるらしくそう尋ねて来る。
はて?運動という運動はここ数年の間、体育の授業以外はやっていない。
「そうだな、朝のウォーキングと、買い物に……いや、そのぐらいだ」
「ちなみに朝のウォーキングなってかっこつけてるけど、ただの登校だから」
「え?じゃあ、それ以外は何も?」
「……言われてみればそうだな」
自分でも案外考えていなかったが、どうやら俺はほとんど運動という運動はしていないようだ。
そりゃあ今のような状態にもなるわけだ。
「それじゃあ今日はかなり大変だった?」
「中学上がって以来一番の運動だったな」
もしかしたら小学校中学年辺りになる頃以来暗いかもしれない。
とにかくそれほど運動という運動をしていない。
「でも、その割には佐々木って線は細いよね?」
「そうそう。奏汰は動かないし、それで食べないから」
「動くのも食べるのも面倒なんだ」
食べるのが面倒。これは聞く人にとっては何を舐めてるんだこのガキ!?って思うかもしれない。
だが、本当に食べるのが面倒なのだから仕方が無い。
それで以前、二日間程水分しかとっていなかったら倒れて病院に運ばれた。
たまたま田中さんが家に来たため大事には至らなかった。
「まあ、人間って馬鹿なもので、どんなに苦しんでも、自分を変える事なんて出来ないんだよ」
「そんな悟った表情で……佐々木って、こうして話してれば普通に面白いのに」
どうやら俺の経験談が役に立ったらしい。いや、話してないんだけど?
何が面白いのだろうか?
「奏汰は面白いのに人と関わらないからな。まあ、それがこの面白さ生み出してるんだろうけど」
「なるほど。確かに、普通の人の面白さじゃないね!」
二人で何かを納得している。
「とはいえ、奏汰は最近は良い生活送ってるよな」
「いい生活?」
「別に。まあでも、食べるのが面倒だとは思わなくなったかもしれない」
不思議だ。本当に不思議だ。今までどれほどコンビニ弁当を食べようと意識が変わることは無かったというのに、それが一人の料理で考え方までもがガラッと変わったのだから。
「もしかして佐々木の彼女さん?」
「違う」
「まあ、そんなもんだろ?」
「全然違う」
「え?でもお弁当まで作ってもらって」
「全く何もかも、一ミリも。何ならかすりもしてない。ただの友達でそれ以上は何もない」
そう。俺と祈莉はただの友達だ。それ以上でも以下でもない。
「大体、そう言うのはあいつにも失礼だって言って……」
「という感じでヘタレな奏汰にも優しくしてくれるような理想の女性ってわけですよ」
「羨ましいね。なんか純粋そうだね」
「羨ましくねーだろ?大体、そう言う結城はどうなんだよ?」
「え?俺?」
クラスどころか学年、はたまた学校中に人気の結城。
きっとテニスも上手くて勉強もそこそこできる。なんて超ハイスペックで、女子からは引っ張りだこだろう。
というか引っ張りだこだ。この前も女子に囲まれていたわけだし。
「そうだね。俺は、うん、モテる」
認めやがった。
とはいってもそれが嫌味にならないから凄いのだ。
「でもね、いろんな人にモテるから、ちょっと悪いんだけど、おかしい人も多くてね。だから、僕は佐々木とか柾みたいに純粋な方が好きかな」
そう少し苦笑を浮かべて話す結城。
モテる男は大変だそうだ。俺はモテたことが無いので分からないが、やはり持つものは持たざる者の気は分からないように、逆もまた然りなのだろう。
「俺少し外に言って来るわ。秋葉と会って来る!」
柾が立ち上がる。流石はバカップルだ。
俺も喉が渇いたので飲み物でも買って来ようと思う。
「俺も途中まで行くか」
「なんだよ?俺達に混ざりたいのか?だったら奏汰も今度一緒に、あの人も、」
「ちげーよ!飲み物買いに行くんだよ!ったく、結城は何か飲みたいものはあるか?」
「あ、じゃあ、何か適当に炭酸系のをお願い」
「分かった」
俺は何やらくねくねと気持ち悪い動きをする柾を外に突き出し、扉を閉める。
廊下を歩いてエレベーターホールまで行き、そこでエレベーターが来るのを待つ。
「それで、奏汰、お前はどうなんだ?」
「どうって、何がだよ?」
「いくら鈍い奏汰でも、自分の気持ちくらいは分かるだろ?」
それはいつものふざけたような口調ではなく、真っすぐと、落ち着いた声音で、俺はその声につい押し黙る。
「俺の気持ち、ね」
俺の気持ち。正直に言えば、祈莉との時間は今まで生きてきた中でも特に楽しいものになっている。
家で祈莉と過ごす時間が、今では俺の支えになっていることも事実だ。
今まで感じたことのない気持ち、胸の中にあるもやもや、夏休みからさらに意識し始めて、この気持ちがどういう物なのかも予想がついている。
「なあ、柾」
「なんだよ」
「お前は、最初はもやもやしてたか?」
「してたなー。そんでもって、凄く苦しかった。夜も眠れないしな」
夜は眠れるが、確かに、少し苦しさはあるかもしれない。
「いつも最初に考えるのは?」
「秋葉の事だな」
「一緒に居るとどう思う?」
「そうだな、心が安らぐ、的な?」
祈莉といると、心が安らぐ。嫌なことを忘れられる。
一緒に居て、少し幸せすら感じているかもしれない。
「これって、多分、そうなんだよな」
「気づいてるなら、もうそれを伝える努力をすればいいんじゃないのか?」
「伝える努力……」
「奏汰は確かに、まあ、昔の事もあったんだろうし、友達関係とかそう言うのが苦手なのも少しは分かってる。でも、そう言うのも、多分あの人が全部埋めてくれると俺は思うけど?」
祈莉が埋めてくれるだろうか?
俺の気持ちに応えてくれるか?
「俺は、お前みたいに自分にそこまでの自信は持ってないからな」
結城や柾のように容姿端麗なわけでもなければ運動能力が高い訳でもない。コミュニケーションなんて以ての外、暗くて存在すら忘れ去られるような男。それが俺だ。
俺に何か誇れることがあれば良い。でも、俺には何もない。
そう、何も無いのだ。
「なんでそこまで自分に自信が無いのか分からないんだよなー。だって、勉強は出来るだろ?」
「できるって言っても、あれは学校のテストだろ?勉強すればだれでも取れる」
「嫌味か!?」
「事実を言ったまでだろ」
大体、勉強が本当に出来ているのなら、もっと聞き分けが良くて先を考えていれば、俺はこの学校には入っていない。
「それに、性格も、容姿も、何もコミュ力も、何もかもが無い。俺じゃ祈莉には釣り合わない」
そう、自信なんて、とっくの昔に……
「釣り合わない、ねぇ」
「なんだよ?」
「それは本人に聞いてみるまでは分からないだろ?」
「は?」
「おっと、もう下の階に着いちまった!てことで、俺は秋葉の元へ行く!」
「お、おい!」
本人に聞くまで分からない?
確かに、相手が釣り合うと言えばそれは誰が言おうと釣り合っているのだろう。
「俺が祈莉に釣り合うって?冗談だろ」
そう吐き捨てて俺もエレベーターを降りて自販機に向かう。
自販機の置いてある横にはソファーが置いてあって、正面はガラスの向こうに綺麗な赤く染まった木が数本植えられている。
懐かしい。本当に懐かしい。
覚えているのは一度だけだが、小さい頃は毎年この時期も旅行に行っては紅葉を見に行っていたらしい。俺が覚えているのはそのうちの一回。最後の一回。
あの日、全てが壊れた日から、自信なんて持つだけ無駄だと思って生きてきた。
ただ無気力に何がしたいのかも分からずに。
あの日に、もういらないと切り捨てた筈の人との関り。
深くなればなるほど、それが壊れた時に痛いから、今までは深く関わろうとしなかった。
でも、やっぱり、
「これは駄目だな……」
離れるだけで、祈莉の事を考えてしまう。
多分、これが世間一般で言う恋、というものだということも知っている。
俺は祈莉が好きなのだ、ということも。
だからこそ、俺はこれまで以上に戸惑ってしまう。
その足を進めるべきか。
「修学旅行なのに、なんでこんなことを考えなくちゃいけないんだろうな?」
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