50 祈莉の見送り

 結城とも少しではあるが打ち解けえて、土日も三人で遊びに言ったりしているうちに、気が付けば修学旅行当日になっていた。

 

 学校としての集合は中央駅だが、俺たちは最初三人で集まってから行くことになった。 

 

 「ん、眠いな」


 時刻は朝の5時。

 色々準備して出るのが6時半。全体集合は7時半。

 こんだけ早く起きても余裕がたっぷりとあるわけではない。

 

 「とりあえず、顔でも洗うか」


 そう考えて洗面所に向かおうとすると、下の階からはいつも通りの香ばしい匂いが俺の空腹を刺激する。

 普段はあと一時間以上も後にする匂いの筈なのに、


 「悪い事したな」


 俺が修学旅行の為早めに起きて朝食の準備をしているであろう祈莉。

 俺は洗面所で顔を洗うとそのままリビングへと向かう。

 そして、やはりいつも通りの祈莉がキッチンで料理をしている。


 「あ、奏汰君、おはようございます」

 「おはよう。なんか悪いな、こんな朝早くから」


 つい申し訳なくなり、そう謝ると祈莉はいつも通りの甘い微笑を浮かべる。

  

 「いえ、私がやりたいので良いんです」

 「でも、今日は寝ていて良いって言っとくべきだったな」

 「私に何も言わずに行くつもりだったんですか?」

 「あ、いや、そう言う訳じゃなくて」


 別に祈莉に何も言わずに行こうとは思ってはいない。

 それでもこんな朝早くから起きて俺のために朝食を作らせるのはやはり少し気が引ける。


 「良いんです。私が奏汰君を見送りたいんですから」

 「あ、えっと」


 その言葉に対しなんと答えればいいのか反応に困る。

 見送りたい?

 つい深い意味はないはずなのに深く考えてしまう。

 最近は本当によくこんな事を考えるようになってしまった。


 「あ!べ、別に深い意味はないです!た、ただ私が奏汰君を……ど、どどうすれば!?」

 「落ち着け祈莉!まずは慌てずに手元に集中するんだ!」


 自分で何を言ったのか気が付いたようで慌てて俺に弁明をする。

 (別にそんなに焦らなくても……狼狽える姿も可愛いとか、ほんとこいつ反則だよな)


 「すみません、取り乱しました」

 「いいや。でも、ああいうことはちゃんと考えて言えよ?俺だからいいものの、他の男子だったら一発で勘違いするからな」


 そう、あれは普通の男子であればすぐに勘違いしてしまう。そんな魔の囁きだ。

 

 「勘違い……」

 「祈莉?」

 「奏汰君はしなかったんですか?その、勘違いは……」


 その場で俺は固まってしまう。

 その窺うような上目遣いで俺の方を見る祈莉。

 これは何というのが正解なのか、頭が既に回らなくなって何も考えることが出来ない。


 「そ、それは……だから、反則だって……」


 思考を放棄して咄嗟に熱くなった顔を手で隠し後ろを向く。


 「!!……ふふっ」

 「な、なんで笑ってるんだよ」

 「いいえ。今はその言葉で満足しておきますね?」 

 「は?本当にお前はよく分からないな」


 そんな会話を繰り広げた後、俺たちは朝食を食べる。

 ありがたいことに弁当まで作っておいてくれたらしい。


 「その、いらないかもしれませんが、作ってしまったので」


 そう言って弁当を俺に渡してくる祈莉。

 確かに、修学旅行じゃ弁当を持ってくる人は少ないだろう。

 弁当は基本駅の売店やらそれこそ新幹線の中でも買えるのだ。

  

 「いいや、あんまり俺外の弁当とかは好きじゃないし、祈莉のもの程美味い弁当はそうないし、逆にありがとな」

 「そう言ってもらえると作った甲斐がありますね」

 

 祈莉満足そうに笑うと箸を以て朝食を食べ始める。

 俺もそれを良く味わって食べる。

 (やっぱり、この味は、一度味わうともう離れられないんだよなー)

 

 そして準備も終わり、そろそろ出発することになる。

 

 「私が送ってあげましょうか?」

 「いや、お前が来たら修学旅行どころじゃなくなるからな」


 冗談めかして言う祈莉に対して俺も冗談で返す。とはいえ7割くらいは本気なのだが。

 

 「あ、そうだ。一つ忘れてた」

 「はい?何か忘れ物でも?」

 

 俺は一度靴を脱いで自室に戻る、そしてあるものを掴んでまた玄関に戻る。

 

 「ほれ、これ渡しとくな」

 「これって……!」


 それはこの家の鍵。

 前々から持ってないのは不便だろうと思い渡そうと思っていたが結構な間忘れていたのだ。

 流石に今日は渡しておかないとこれから家をでて学校に行く祈莉が困ってしまう。


 「前から渡しとこうって思ってたんだけどついつい忘れてて」

 「い、良いんですか!?」

 「まあ、お前はそれ悪用したりしないだろ。それに無いと色々不便だろうし、鍵があればこれからはいちいち玄関に開けに行かなくてもいいだろ?」

 「……」

 

 そこでまた押し黙る祈莉。

 何か言ってはいけない事でも?

 いや、そんな筈はない。ほとんど鍵の話しかしていないのだから。


 「……そうですか。なら、この鍵は遠慮なく貸してもらいますね」

 「そ、そうか?」

 

 少しの間の後でようやく口を開いた祈莉。

 

 「それじゃあ、俺は行くけど、何かあったら連絡しろよ?」

 「はい」

 「あと、夜中に一人でで歩いたりもするなよ?それから」

 「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても私は子供ではないんですから」

 「そ、それも……そうか。そうだな。悪い」

  

 ついつい娘を心配する父みたいになってしまったが、祈莉はそこら辺はしっかりしているし、やはり問題は無いのだろう。


 「それより、奏汰君こそしっかり楽しんできてくださいね?」

 「あ、まあ」

 「せっかくの修学旅行なんですから、楽しまないと損ですよ?」 

 「精進します」

 「あとは、しっかりご飯は食べてくださいね?奏汰君は目を離すとすぐにご飯を抜いたりするんですから。秋葉先輩にも連絡しておきますね」

 「ま、まあ、分かった」 

 「あとは……」

 「まだ何か?俺ってそんなに信用無いか?」


 祈莉を散々心配した俺がいうのもなんだが、それでもここまで心配されると少し凹む。

 だが、どうやら次の言葉はそうではないらしい。


 「そうですね。帰ってきたら思い出話とか、お土産を期待してますね!」

 「……分かった。お前が好きそうなお土産買って来るよ」

 「それは楽しみですね」

 

 そう学校では決してしないその警戒心も何もない完全に緩み切った笑顔。

 (全くな。これ、俺じゃなかったらとっくに手を出してても不思議じゃないな)

 祈莉の頭にまた無意識のうちに手を乗っけてそんな事を考える。


 「じゃあ、行ってきます」

 「行ってらっしゃい、奏汰君!」


 行ってらっしゃい、なんて聞いたのはいつぶりだろうか?

 その言葉を聞いて、少し気恥ずかしくなりつつ、それでももう一度祈莉の頭に手を乗せる。


 「もう、早く行かないと遅れてしまいますよ?」

 「別に、数分程度ならいいだろ?」

 

 口では俺を諭すものの、その顔はまんざらでもないらしい。

  

 (さらに行きたくなくなってきたな)

 なんて考えながら、少し重くなった足をそのまま二人の待つ駅に向かって進めていく。

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