37 花火を二人きりで

 時刻は午後6時。もう間もなく花火大会が始まる。

 買ってきた夕飯を食べ終わり、屋台ももうすぐ花火が始まるので少し空いてきた。


 「じゃ、行くか祈莉」

 「どこにですか?」

 「お前、さっき飴とかチョコバナナとか、食べたそうにしてただろ?」

 「み、見てたんですか!?」

 

 見てた、というかあれは見てない方がおかしい。あんな目をキラキラさせていたんだ。きっと祭りのようなもの自体が初めてなのだろう。それならあんな表情をするのも頷ける。


 「ま、初めてなんだろ?花火始まるから屋台も少し空いてきたし、今ならチャンスだぞ?」

 

 俺がそんな提案をしていると横では柾と秋葉がニコニコとこっちを見ている。


 「秋葉、俺は奏汰がなんでモテないのか不思議なんだよなぁ」

 「私もそれは思うけど、強いて言うなら、あの前髪じゃない」

 「やっぱりそう思うか?こうやって毎回上げたり、横に流したりすればいいんだけどな」

 「あとは思い切って切っちゃうとか?」

 「あぁ、切ったとこ見てみたいな」


 二人で俺の髪型について議論し始める。

 俺がなぜモテないか?イケメンだってモテないことがある世界なのだ。俺がモテなくても何ら不思議ではないだろうに。何変なことを考えているのだろうか?


 「こいつらは置いて早く行くぞ」

 「あ、はい!」


 俺たちはそうして二人の生暖かい視線を感じながら屋台を目指していく。

 ふと、隣に目を向けるといつもより嬉しそうに眼を輝かせる祈莉がいて、


 「本当に初めてなんだな」

 「はい。小さな頃から、こういう物には参加できなかったので」

 「家の事情、だよな?」

 「そうですね。それが一番大きいです」


 そうだろう。祈莉は、きっと家が家だけにこういった祭りなどには参加できなかったのだろう。あの由美子さんあたりなら連れていこうとはしていそうにも感じるが、恐らくあの父親は相当な曲者と見ているので、難しいのだろう。


 「ま、今日はそんな祈莉の初参加祝いってことで、好きなので良いぞ」

 「本当ですか?」

 「いつも世話にもなってるし、少しずつ恩を返していきたいしな」

 「私だって先輩には……」

 「なんか言ったか?」

 「いえ、ではお言葉に甘えさせてもらいますね?」

 「ああ」

 

 祈莉は俺の言葉を聞くや否や屋台に向かって走っていく。

 

 「だから、離れるなって」 

 「じゃあ、まずはここで」

 

 そこは夏祭りの定番。誰もが必ず食べるであろうクールダウンにもってこいなかき氷。

 ただの氷なので値段も100円と安いものだ。

 

 「分かった。すみません、かき氷一つください」

 「はい。味はどうしますか?」

 

 そう聞かれて祈莉の方を見る。

 そう言えば祈莉は初めてなのでどれが何味なのか分からないだろう。


 「えっと」

 「先輩、この青いのって何味なんですか?」

 「青は、確か……」


 そこでそう言えば、と考える。

 一応どのシロップも同じである、みたいな話は聞いたことがあるが今はそう言う事を聞かれてるわけじゃない。

 青、その名前はブルーハワイだが、何味かと聞かれてもどう答えるのが正解か分からない。なので少し適当に答える。


 「まあ、サイダー的な感じだ。あの炭酸の抜けた感じ」

 「そうですか。甘いですか?」

 「凄い甘いな」

 「じゃあ、それにします!」

 「分かった。じゃあ、ブルーハワイで」

 「はい、少し待っててくださいね」


 そう言って若く見えるお兄さん?がかき氷を作っていく。ここにいるということはきっともう30くらいなのだろうが、凄く若く見える。

 

 と、そんな事はさておき、祈莉はかき氷を受け取るとそれを頬張りながら歩いていく。周りの屋台を見てはいろんなものに目を光らせる。


 「……」

 「あれは金魚掬いだな」

 「金魚を掬うんですか?」

 「ああ。でも水槽が無いと飼えないけどな」

 「そうですね。飼える場所が無いのに取っても可哀想ですしね!」


 他にもいろんなものを見ながら歩く。

 すると、突然俺の口元に祈莉がかき氷を持ってくる。

 

 「あの、祈莉さん?」

 「先輩に買ってもらったので、少しおすそ分けです。美味しいですよ?体が冷えてかなり涼しいです!」 

 「そうか。それは良かった……」

 「食べないんですか?」

 「え、っと……」


 なぜ食べないの?なんて顔をしている祈莉。

 (いや、こいつこれを無自覚にやるなんて、駄目だろ?というか凄い気まずい。これ、食べてからなんか言われたり……)


 「……い、いりませんか?」

 

 悲しそうにそう声を出す祈莉。その姿がまるで撫でてもらいたい子犬の様で、

 (仕方ない。別に俺も知らなかったことにすれば……心が痛いけど、でも、貰わないのも心が痛い。究極の選択過ぎて胸が張り裂けそうだわ)


 「わ、分かった。貰う、貰うよ」


 一口パクっと、差し出されたスプーンストローの上に乗っているかき氷を口に入れる。

 (味分からないわ。ただでさえ氷で薄味なのに、こんなの味なんて分かるわけないだろ!)

 

 「どうですか?美味しいですよね?」

 「あ、あぁ。美味しい、な」

 「あんまり先輩は好きじゃないんですか?」

 「……これから、こういうことは軽々しく男にやるなよ?」

 

 あまりの罪悪感からやっぱり行ってしまう。本当は食べる前に言うべきだったのだが、考えが至らなかった。事後になって正常な思考が戻る、なんてよくあることだ。

 

 祈りは自分の差し出した手を見て、そしてそれから少し顔が赤くなる。どうやら理解したらしい。


 「そ、そうですよね。わ、私一体何を!?」

 「いや、そこまでじゃないけど。でも、他の男なら勘違いされて面倒なことになるからやるなよ?」

 「勘違い……別に、先輩にしかしませんし、大丈夫です」

 「俺にだけ、ね。まあ、お前がそう簡単に人に心を許すとは思ってないから大丈夫だとは思うが」


 学校じゃまるで別人のようにみんなの理想を演じる祈莉。そんな祈莉だからこそ、無闇矢鱈にそういうことをするとは思えないが、


 「まあ、迫られたりしない限りは大丈夫か」

 

 そうこうしているうちに花火が上がっていく。

 どうやら始まってしまったらしい。そろそろ戻った方が良いだろうか?そう考えて祈莉の方を向く。


 「まだ、勘違い、してくれないんですね……」

 「何か言ったか?花火の音がデカすぎて」

 「むぅー!先輩のそう言うところが本当に嫌いです!」

 「え?いきなり?」


 いきなりの嫌い宣言に戸惑う。

 が、祈莉は俺の腕を掴むと耳元まで近づいて来る。


 「私、先輩と、二人で見たいです」


 何を?とは聞かない。見るものは花火くらいしか無いから。

 でも、流石に柾たちのところに、


 「駄目、ですか?」

 「……はぁー。お前、ほんとずるいよな?分かった、俺で良いなら良いけど」

 「じゃあ、向こうで見ましょう!」


 そう言って、少し開けて、それでいて誰もいない広場を指さす祈莉。そこにはベンチがいくつか置いてある。ちょうど花火も見えるだろう。ただ、少し暗いだけ。


 俺はそのまま祈莉に引っ張られるままそこに向かって行く。

 真っ暗で、花火の光だけが照らしだすその場所へ。

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