31 星空と海の間
白宮の水着を見た後、居たたまれなくなってその場からすぐ腕を引いて歩き出した俺。
二人の元へ戻るとやはりというか、この二人何やらまた画策していたらしく、俺達を満面の笑みで出迎えるのであった。
柾に関してはその後も「なあ、そのパーカーって、やっぱりあれか、アレなのか?」と面倒な邪推ばかりをしてきたので首を引っ掴んで海へと投げ入れる。が、やはり相手は運動も出来る勉強以外はハイスペックな柾。なのでそのまま俺も柾に海に引きずり込まれて、結果、海で楽しくはしゃぐことになったのだった。
まあ、案の定俺は30分もしたら体の震えが起こってきたので、砂浜で砂の城づくりを始めるのだった。
その後三人で誰が一番強固な城を作れるか試したところ、なんと白宮が一番強かった。ちなみに最弱の城は秋葉の城だった。
そんなこんなで楽しく海を満喫した俺たちは一日目の海を終えて旅館へと帰るのだった。
旅館へ帰り、まずはお風呂に入ることになった。一応部屋にも結構大き目な風呂がついていたが、やはり温泉で入りたいらしく、俺達は一階に下りていくのであった。
「あー今日はほんとに疲れたなぁー。こんなにはしゃいだのはいつぶりだろうな」
「お前はいつもはしゃいでるだろ」
「おーこれは辛辣ぅー!と言っても、奏汰だって楽しかっただろ?」
「それなりにな」
「またまたぁー。素直じゃないなぁー」
「いいだろ別に。それに、その今日は……いや、なんでもない」
今日は白宮も楽しそうで、と言おうと思ったが、それと同時に白宮のあの姿を思い出してしまう。
流石にあれは刺激的過ぎて想像しただけで顔が熱くなってくる。
「お、なんだなんだ?なんか凄い顔赤くなってるけど?」
「う、うるさい」
「そこまでむきになるってことは……あれか、白宮さんの水着か?」
「ち、ちげーよ!」
図星を付かれて反論するが、どう取り繕っても顔は赤いままで、
「いいじゃんいいじゃん。うんうん、白宮さん大胆だったもんな。そりゃそんな顔にもなるよな。ごめんな」
「その顔やめろ!それに、別に俺がどんなこと考えようとそれは俺の自由だろ」
「そうだよな。でも、それでなんで奏汰が白宮さんを好きにならないのかが分かんないんだよな」
好き。柾の言うそれは確実に恋愛的な感情の事だろう。
それについては俺も良く分からない。学校では誰からも人気で、まさに学校一の美少女の白宮。クラスでも男子たちは皆白宮の話で持ちきりだった。
皆が皆、白宮をそう言う目で見ている。それは知ってるし、それほどまでに可愛いのだからそれは仕方が無いのかもしれない。
それでも、俺は中々白宮に抱く感情が分からないでいる。恋愛か?と聞かれてもそれが分からない。家に来て世話を焼いてくれる少し気心の知れた友達。そんなところなのかもしれない。
だからだろうか?白宮との付き合い方に、最近疑問を感じていた。普通の友達はこんなことはしないのでは?と。
白宮の気持ちも分からない。それでも確実に春よりも、出会った頃よりも彼女との関係は濃くなっている。
あの日、白宮と学食で出会った日。煩わしいとまで思っていたのに、いつの間にかこんな場所にまで来るようになった。
だからこそ、俺はやはりよく分からない。
俺が抱いている感情は果たして何なのか、それが全く分からない。
「俺だって、分からない」
「分からない?」
「ああ。でも、一つ変わったものがある」
「と言いますと?」
「白宮といると、なんか凄く心地いいんだ。前まで感じてた気持ちの悪さが、なんだか嘘の様に感じなくなってる」
「左様で。なんだ、じゃあまあ、そこまで心配はいらないのかもな」
「なんの心配だよ?」
「ヘタレな友人がナヨナヨしてるから少し蹴り飛ばしてやろうかと思ってたけど、その必要はまだなさそうだなって」
「柾、俺を蹴り飛ばそうと?」
「まあ、気にすんなって。いつでも蹴り飛ばす準備は出来てっからさ!」
「蹴られる前に切り落としとくか」
「物騒だからそう言うこと言わないでぇー」
気持ち悪くデレっと言って来る柾は俺に抱き着いて来ようとするので頭を引っぱたく。柾は「いってぇー」と言いながらもその気持ちの悪い笑みは崩さない。
そのあと、温泉に入りのんびりしていると少し眠気が俺を襲って来る。そのまま温泉に浸かったまま寝そうになってしまった。こうして体を使って疲れるのは随分と久しぶりだったので俺は危うく溺れるところだった。柾に頭を叩かれなければ今頃はお陀仏だっただろう。
その後部屋に戻ってきて数十分後、ようやく二人が帰って来る。
「お、来た来た!じゃあ、そろそろ夕飯かなぁー?」
「夕飯か。どんなのが出て来るんだろうな」
最近ではほとんど白宮の作る物を食べてるため、味には結構うるさくなっている自身がある。
「ま、旅館だし、ここだと出て来る料理も毛色が違うしな」
「ん?なんの話だ?あ、奏汰もしかして白、むぐむぐ」
「ちょっと黙ろうぜ?何ならこれでも咥えてろ!」
部屋に置いてあったお茶菓子を柾の口の中に突っ込んで黙らせる。
(こいつ絶対今白宮の料理について何か言おうとしてただろ?馬鹿なのか?アホなのか?)
「先輩?」
「いや、なんでもないんだ。そう、なんでもない」
「もぐもぐ。これ結構うまいな!」
なんて呑気な奴なのだろう。そんな事を考えていると、扉がノックされ、女将さんが夕食を持ってやって来る。
「あら、皆もう揃ってるのね。まあ、奏汰君と柾君は相変わらず仲良しなのね!それじゃあ、これお夕食ね」
「やったー!皆早く食べよう!」
秋葉は一目散に机の前に座ると俺達も皆そこに座る。
電車の席順と同じように俺と白宮、柾と秋葉だ。
その後運ばれてくるのはどれもが結構お高そうな高級食材ばかりだ。
旅館に来たことすらほとんどない俺にとってはかなり新鮮な体験だったと思う。
食べ終わってしばらく俺たちはその場から動くことなく余韻を楽しむ。
あのいつもうるさい柾と秋葉すら静かなのだ。
だが、そろそろ決めなければならないことがある。
「白宮と秋葉はどっちの部屋を使いたい?」
「んーやっぱり海が見える方が良いよね祈莉ちゃん」
「そうですね。海、かなり好きになりましたので」
「だって、だから男子諸君はそっちの山側で寝たまえ!」
「ははぁー。仰せのままに」
この部屋にはいくつか寝室があり、そのうち一つは窓から海が見える絶景の寝室なのだ。
そのためどっちが良いか聞いたのだが、白宮は海がかなり気に入ったらしい。
「じゃ、柾と一緒に山でも見て寝るとするよ」
「じゃあ、星座でも語り合うか?」
「なんで野郎と星空見なきゃならないんだ」
「えーいいじゃん。ケチ!」
「いいや、俺は何と言われようともすぐ寝てやる」
そのあとはなんだかんだで騒いだり、テレビを見たりした。
やはりというか、今日率先して騒いでいた秋葉がテレビの前で寝落ちして、そのまま柾も一緒に眠ってしまった。
白宮はというとさっきからずっと外を眺めている。
初めての海にこの絶景だ。きっと何か思うところでもあるのだろう。
「先輩?」
「悪いな。邪魔したか?」
「いえ。寧ろ一緒に見てくれると嬉しいです」
「嬉しいか?」
「はい。こういう時、感動とか、喜びとか、そういうものを共有できる人がいるのはとてもいい事だと思うので」
「……そうか」
俺は手すりに体を預けて海を見る。そこには満天の星空が映っていてとても幻想的だ。
「私、こうして誰かとどこかに行くのはこれが初めてだったんです」
「そうだったのか」
「はい。お母さんは優しくしてくれるのですけど、それでも仕事があったりして忙しくて、なかなか会えなくて。だからこういう旅行っていうものが、どういうものなのか凄く興味深くて……良いですね。皆で同じところに行って同じものを見て、同じものを食べて同じ話をする。
私が小さな時からしたかったことが、こんなにいっぱい、しかもいっぺんに叶っちゃいました」
その顔は本当に嬉しそうに、そして後ろを振り向いて少し慈しむような視線を向ける。
そして、俺の方を向いていつもの様に何も取り繕わない、白宮祈莉の笑顔がそこにあった。
「先輩、どうして私が先輩に付き纏うようになったのか聞きませんね」
「それは、まあ。聞かなくても良いかなと」
「そうですか。でも、やっぱりこれは言わないとなので」
さっきまで吹いていた風が少し強くなって、白宮の髪を揺らす。
その姿は儚げで、吹けば飛んでしまいそうなものだった。
「最初は、単なる興味だったんです。入学式の日に、多くの人が私によって人だかりを作る。それに混じらないのは特定の相手がいるような人だけ。そう思ってたんです。でも、そんな風に考えていた時、先輩を見たんです」
それは今から三か月と半月ほど前の話。なのに白宮は当時をまるで遥か昔の様に懐かしそうに語っていく。
「私に決して興味を示さない先輩に、そうですね。悔しさと、そして興味が湧いたんです。どうしてあの人は私みたいに取り繕ったりしないで、素のままでいられるんだろうって。いつも一人で、なのに特に何かを変えることもしないで」
「まあ、変える必要も、変えたいとも思わなかったからな。今までは」
「私には、それが結構眩しかったんです」
「眩しい?」
「はい。自分の思うままに生きている先輩を見て、少しいいなぁ、とも思うようになったんです。私もああなりたい。私も先輩みたいに生きれたらって。誰にも取り繕わないで、いつもの自分を出せたらって。そう思ったから私は先輩に近づいたんです。そうすれば何かが分かると思ったんです」
「結果、何か分かったか?」
「いえ。今も結局私はどうするべきなのかは分かりません。でも、それでも、少し欲しいなぁって思うものは多分ですけど見つかりかかってます」
「そうか」
「私、皆さんが好きです。先輩も坂本先輩も秋葉先輩も、この四人でいる時間が私は好きです」
少し縋るようなそんな瞳を向けて来る白宮。俺はそれに何をするべきなのか分からず、つい戸惑ってしまう。
「でも、やっぱり……」
その瞬間、また風が強く吹いた。
そして、白宮が満面の笑みを向けて来る。
「私、先輩との時間が今は一番好きです」
「……!!」
「最初は興味でした。でも、今はその、本当に一緒に居たいと言いますか……一緒に居ると安らぐので、これからも先輩の家に行っても良いですか?私が、その欲しいものを手に入れられるまで」
「ま、まあ好きにしてくれ。いつでも俺は家にいるから」
「そうですか。なら、せめて先輩をもう少し健康人間に出来るように頑張りますね?」
「あの日の、教室でのことならもう気にしなくても良いんだぞ?」
それはいつもいう言葉。半ば諦め半分でいつも言うその言葉。
そして、白宮はそれに対していつも通り、そしてそこにいつもと違うものを付け足して俺に言い放つ。
「私がやりたいからやるんです。それでいいですよね先輩?」
「はぁー。そうだな。それで良いよ。でも、来たくなくなったらいつでもやめていいからな?」
「当分は、通い詰めないと、夜も寝れませんよ」
「そうか?じゃあ、まあ。いつでも好きな時に来てくれ」
「はいっ。先輩も覚悟してくださいね?」
明るい星空が俺たちを照らしている。それはライトの様に明るい訳でもなく、イルミネーションの様に煌びやかなわけでもない。それでも、温かみのある、優しい光が海に反射して俺達に光を送る。
きっと、白宮はまだ他にもいろんな隠し事があるのだろう。
でも、それを今、たった今一つ話してくれた。
それがなんだか少し嬉しくなってくる。
しばらく海を眺めてから中に入ればいつの間にか目を覚ましていた二人が笑顔で俺達を迎えて来る。
俺はそんな柾を小突いて自分たちの寝室へ入っていく。
確かに、少しづつ、ゆっくりではあるが、白宮も話してくれた。
いつか本当に全てを話せる時が来るのかもしれない。
そんな事を考えながら俺のベッドに潜り込もうとしてくる柾を、俺は軽くはたく。
そうして、なんだかんだでいろんな場所を回ったり、そうしているうちに四日間はあっという間に終わりを告げ、俺達は帰りの電車に乗って家路を辿る。
(また、行けると良いな。今度はもう少し、距離が近づいたら)
そんな今の自分では分からない、それでも確かな、小さな感情がこの日辺りから生まれ始めたのかもしれなかったが。そんなことは当時の俺には分かるはずも無かった。
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