第92話 憎しみの記憶

 百合花たちが富士での戦いについて報告レポートをまとめている間、手持ち無沙汰になった千代は一人廊下を歩いていた。

 本当は樹と一緒にいようと思っていたが、用事があるとどうこうを断られてしまったのだ。

 購買でお饅頭を買い、自室に戻ろうと廊下を歩いていると曲がり角で人とぶつかりかける。


「あ、申し訳ございません」

「……なんだ、御三家の腰巾着」


 不機嫌そうに言うのは、高天原女学院の佐藤咲だ。

 頭を下げる千代を無視して横を通り過ぎる。

 これで終わり。普段ならそうだった。

 しかし、どうしてかこの時千代は咲を呼び止めた。


「お待ちください咲様。少し、話すことはできませんか?」

「は? なんであんたと」

「無理なら仕方ありません。お茶を飲みながら少し、と思ったのですが」

「……そこ、来なさい」


 窓から見える校舎裏のベンチを親指で指して歩き出す。

 千代は表情を明るくし、歩いていく咲についていった。

 二人で校舎裏に移動し、近くにあった自販機で抹茶を購入した。

 その様子を見て咲が微笑する。


「その衣装といい好きなものといい、あんた本当に古風ね」

「お気に召しませんか?」

「私も好きだから好感持てる」


 千代から抹茶のペットボトルを受け取り、よく振って蓋を開ける。

 二人で揃って一口飲んだ。同じ感想を同時に抱く。


「やっぱりダメね。点てたものじゃないと」

「ですね。それに甘すぎます」

「よく分かってるじゃない」


 気難しいイメージを抱いていたが、話してみると咲の印象が変わっていった。

 だからこそ、と言うべきか、千代には咲が百合ヶ咲に来てからずっと周囲に向けている敵意が理解できないでいる。


「で、何を話したいわけ? あと饅頭分けて」

「どうぞ。……率直に聞きますと、咲様はなぜ、樹様や百合花様を憎んでいらっしゃるのでしょうか?」

「そんなこと。なら、答える前に少し訂正してあげる」


 受け取った饅頭を乱暴に半分ほど噛みちぎり、足を組んでベンチにもたれかかった。


「東郷には興味がない。私が許せないのは城ヶ崎と西園寺よ」

「彩花様や百合花様? ですが、確か城ヶ崎家は高天原女学院にとって……」

「私だって本当はあんなとこ入学したくなかったわよ。でも、一番潰したい城ヶ崎に近付くには高天原しかないじゃない」


 大きくため息を吐いて、残っていた饅頭を食べきった。

 半分ほどあった抹茶も一気に流し込み、ペットボトルを乱暴にゴミ箱へと投げる。


「忠告の意味も込めて昔話をしてあげる。御三家の誰かに喋ったら殺すわよ」

「口外しないとお約束します」

「そっ。……むかしむかし、山陰のあるところに純粋な女の子がいました」


 投げやりな感じで話される冒頭。

 だが、言葉に滲む昔を懐かしむ気持ちと悲壮感、そして憎悪を感じ取った千代が表情を硬くする。

 見えているのかいないのか、気にせずに咲は話を続けた。


「その女の子は、可愛がってくれるおばあちゃんが大好きでした。両親をホロゥに殺された女の子にとっておばあちゃんは唯一の家族だったのです」

「咲様……そんな過去が……」

「誰が私の話って言ったのよ。まぁいいわ。……おばあちゃんと仲良く暮らしていた女の子ですが、小学生の時に事件が起こります」

「事件……」

「女の子が学校で授業を受けていたその時、女の子が住む集落がホロゥの襲撃を受けてしまったのです。出現した敵は多く、対処に当たったワルキューレたちとは数が違いすぎました。女の子は必死に近くのお姉さんにおばあちゃんを助けるようお願いします。……ですが、返答は残酷なものでした。援軍が来なければ住民の救出は行えないと言われたのです」

「それは……仕方のないことだったのでは?」

「……幸い、西園寺の本家と分家のワルキューレが近くで遠征中とのことだったので、お姉さんたちは救援要請を出しました。が、奴らはそれを無視して京都に引き揚げていったのです」

「……え?」


 そんなはずはないと千代が思う。

 時代を考えると、咲が話している西園寺のワルキューレというのは神子か清美のどちらかだと思われる。

 しかし、どちらだったとしても、救援要請を受けるとすぐに向かうはずだった。無視するなど考えられない。

 咲が強く拳を握り固めた。爪が手のひらに食い込んで血が滴る。


「それはまだ理由があるかもしれない。許せはしないけど。……救援を断られ、困ったワルキューレたちは悪魔になりました。指揮官である城ヶ崎からの命令ということで、ホロゥを集落に押し込めて一斉射撃による殲滅を実行したのです」

「……ッ!」

「ホロゥの撃滅には成功しましたが、女の子のおばあちゃんを含む集落の人は全員が死んでしまいました。おばあちゃんの亡骸を前に、女の子は決意したのです。自分たちが特別だと思い込み、人を見捨てて逃げるクズを殺す。人を人と思ってなくて、平気で銃口を向けて殺すことができるクズを全員消し去ってやる、ってね。めでたくないけどめでたしめでたし」


 咲の話が壮絶で、千代が発する言葉をなくしていた。

 グッと背伸びをし、立ち上がった咲は千代の肩を叩く。


「あんたも気をつけた方がいい。東郷の本性もどんなものか分かったものじゃないよ。いつか、身代わりに使われるかもね」

「樹様はそんなこと……」

「どうだか。でもまっ、忠告はした」


 手を振りながら咲が去っていく。

 残された千代はしばらくその場で座って咲の話を考えていた。

 御三家への恨みが募ってもおかしくない内容。その真偽は今のところ不明だが、完全な嘘だとはどうしても思えなかった。

 何か特別な理由がある。千代は自分にそう言い聞かせた。

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