見られている

 街を歩いていたある男。彼はふと足を止めた。


 ――見られている。


 ……おれは別段、感覚が優れているわけではない。だが、感じる……今、おれは見られている……ああ、やっぱりだ……待ち合わせか休憩でもしているのか、壁に寄りかかっている人……立ち話をしている二人組、片方がこちらを見て、もう片方も今、おれを見た……ああ、すれ違う人も……。

 普通にしているのにいったい、なぜだ……。この人数だ。ストーカーや探偵でもないだろう。それに、おれにそんな価値はない。だが、いや、だからこそ妙だ。なぜ……背中に紙……ああ、あるはずがない。学校じゃないんだぞ。それに昔のことだ……。ああ、じゃあズボン、尻の部分が破けて……いない……チャックがあいて……違う。肩に鳥の糞……もなし。

 なのに、なのに、ああ、どうしてだ。どうしておれを見るんだ。ああ、嫌な気分だ……汗が……。誰か、誰か理由を……。


「あ、あの、お、お、あっ」


 ……やってしまった。声をかけやすそうな女性を選び、訊ねようとしたのだが、おれが体を向け、三、四歩、近づいただけで女性は顔を歪め、逃げてしまった。

 ああ、今のやり取りのせいで、また視線を感じる。違うんだ……違う……。ああ、みんな、おれを見て、スマートフォンを構える人まで……。

 ああ、恐ろしい……と、おれは馬鹿か。さっさとこの場から離れればいい……と、ああぁ、しまった。転んで、ああ、まただ、また視線が……。

 おれは立ち上がり、走った。その間も見られ、また走り、見られ、走る……見られ……車が……おれを……また見られる……ああ、みられている…………。



 と、車の前に飛び出し、轢かれ、息絶えた彼は別にテレビ局から脱走した服を着たチンパンジーというわけでもなく、宇宙人が遥か彼方から彼を観察していたというわけでもなく、ただ単に少々、精神を病んでいるだけの平凡な男の話である。

 

 そう、ほら……。誰かがあなたを見ている。少しでもおかしな行動をしたあなたを撮ろうとしている……。

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