最先端農家

 タカコはその日、久しぶりに実家に帰ってきた。上京してからというもの仕事が忙しく、中々顔を見せられずにいたのだ。ドがつくほどの田舎であることに加え、母が亡くなっており、家にいるのが父親だけというのも腰が重い理由であった。浮いた話でもあれば、また違うのだろうが中々そうもいかない。父親はいわゆる昔の人間で、「結婚はいつだ?」「早く仕事を辞められるといいなぁ」「孫の顔はいつ見れるのかなぁ」などと、悪気はないのだがタカコが気にしていることをずけずけと言ってくる。婿に後を継いでほしいらしい。

 確かに、父親は平均的な農家よりは規模が大きく、安定していると言えるが、実家の農業を継いでほしいとは言いずらい。いや、そもそも、そんな相手自体いないのだ。


「タカコは昔からモテないもんなぁ。ははははは!」


「もー、お父さんったら……」


 夜。居間で夕食を取る二人。タカコはビールを苦そうに飲む。

 

「もっとここ、実家をアピールしたらどうだ? 将来安泰だぞってな。そうすりゃ男も寄って来るだろ。ははははっ」


「あははは……でもほら、やっぱり農家って大変なイメージがあるからね。まあ実際、体力仕事だし」


「いんやぁ、そうでもないぞ? ほら、最近は色々とあるだろ。機械のな。いやぁ、科学の進歩とはすごいなぁ」


「へー、ああ、そうね。ドローンを使った農薬散布とか聞いたことがあるわ。それにAIとかロボットとかも導入されているとか」


「そうそうロボット! ありゃいいなぁ。うちにもあるんだよ」


「へー! お父さんにしては進んでいるわね。でも不思議ね。科学と程遠そうな業界に早々に、何なら一早く最新の技術がくるっていうのは」


「そうですねぇ。はい、ビールのお代わりをどうぞ。お注ぎ致しましょうか?」


「ええ、ありがとう……いや、誰!?」


「ははは、誰ってお前、ノゾミちゃんだよ。可愛いだろう」


「いや、え、まさか一緒に暮らしてるわけじゃないわよね」


「んん? ずっと一緒だぞ」


「そんなの私、聞いてなかったわよ……」


「はははは! 今話したじゃないか。ははははは! いやー、べっぴんさんだろう? やっぱり家に置くならこうでないとなぁ」


「え、え、えぇ? その、出会いとかは?」


「勧められてなぁ、それで、あ。ノゾミちゃん。こっちにはワイン持ってきてくれ。キンキンに冷えたやつをな」

「はーい」


「素直でいい子そうね……あ、この料理も、もしかして」


「そうそう、彼女が作ったんだ。んー旨いよなぁ!」


「お父さんにしては盛りつけとかが綺麗だなって思ったけど……」


「いやー、楽でいいよぉ。畑の方もな、ロボットに任せきりで最近は全然、外に出てないくらいだよ、はははは!」


「え、それ全自動ってこと?」


「そうそう。今も作業していると思うぞ。一晩中することもある。翌日の天気とかあれこれ自分の頭で考えてな。近くに民家はないから音とか光とか文句言われないしな」


「へ、へぇーすごいわね。でも大丈夫? 絶対高かったでしょでしょ」


「いやぁ、セールスマンの口がうまくてついなぁ、ははははっ! 確かに、タカくついたかもな。ははははははははっ!」


「はははは……まあ、お父さんが元気ならそれでいいけどね」


「うんうん。元気元気! ノゾミちゃんがその辺は詳しく知っているよ」


「ちょっと……なんか意味深だけど、まあそこは訊きたくないわ……でもねえ、お父さん。大丈夫? 口がうまいって、そのセールスの人に騙されたりしてない? 畑を、土地を担保にしてるとか……」


「だいじょーぶだいじょーぶ。ああ、心配ならちょうどいい。今夜来る予定だから」


「え、そうなの?」


「そうそう。見た目はあれだが話してみると中々、いい男でな。それにタカコに興味を持ってたよ」


「え!? また勝手に人のことを話して……」


「ははははっ、まあ、いいじゃないか。これで結婚できるかもしれないぞ! はははっ! いい相手が見つかって良かったなぁ」


「だから私は別に結婚なんて……」


 と、タカコは言ったが、髪に触り満更でもない様子。


「でも、お父さんがそこまで褒めるのも珍しいわね。その人との出会いはどんなだったの?」


「あー、夜な。うちのトウモロコシ畑に悪戯しててな」


「最悪じゃない」


「まー、話を聞くとそれも営業活動の一環だとか。それで色々と商品を勧められてな」


「まんまとじゃない」


「ほら、この光線銃とかもそうだ。猪なんか一瞬で骨どころか砂になるんだぞ」


「いや、完全に詐欺じゃない! オモチャでしょそれ! お父さん、騙されて、ああ、ノゾミさんもまさかそのセールスマンとグルで……」


「だから、そういうのじゃないって。ああ、ほらノゾミちゃん。いつものあれやってくれよ」


「はい、かしこまりました」


「え、いやちょっと、食事の場というか、娘の前よ!? 何して……」


「健康チェック中……体温、血圧、良好。スキャンの結果、体に異常は見られません」


「え、いや、え? 今、目から光が、え? ロボット……?」


「だからさっきそう言っただろう」


「いや、は、え? でも、え? 嘘、人型とか最先端すぎない……?」


「他にもすごいんだぞぉ。特に夜のアレとか」

「うふふふ、もう」


「いや、結局寝てるんかい」


「これもそれも、と噂をすればだ。到着したみたいだぞ。ほら、庭に出よう」


「え? 外に、え、光が……でも、あれ、空から……? え、嘘、え? まさか、え? あれって」


「そうそう。あ、それでな。彼らがタカコの体に興味を持っているらしくてなぁ。まあ、お幸せにな! はははははは!」


 まさかそれって、とタカコが思ったときにはもう体が浮き上がり、吸い込まれるように光のもとへ……。

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