酷似

「ねぇねぇ、この犯人の人の名前、惜しいね」


「ははっ、惜しいってなんだよ」


 とあるアパートの一室。ベッドの上で足をパタパタさせながらテレビを見ている女が彼氏にそう言った。夜の時間帯のニュース番組だ。


「だってぇ、名字が一文字違うだけで、他全部、名前一緒ってすごくない?」


「嫌だよ、犯罪者と一緒なんて。そもそもありがちな名前だし。そんなことよりさぁ、もう一回しよ?」


 男がベッドに乗り、彼女に身を寄せる。しかし、彼女はちらりと横目で見ただけで、まだテレビに夢中なようだ。


「別に食い逃げならそこまでの犯罪じゃないし、いいじゃん。ちょっと間抜けな感じだし可愛げがあると言うか、どんな人なんだろうね? やっぱ、ぽっちゃり?」


「いや、むしろ痩せたホームレスとかそんなもんでしょ。いいからさ、ほら」


「ふーん。あ、でもなんでこれが速報なんだろー? あ、待って続報きた……うっわすご! 年齢も同じじゃん!」


「はいはい」


 男は彼女の首筋にキスをした。彼女の髪とわずかに汗の匂いが鼻腔を撫で、頬が緩む。


「え、待って。顔写真でた……え、似てない?」


 彼女が男のほうを向き、顔をまじまじと見つめる。

 ええ? と呆れる男とは対照的に、徐々に女の顔に疑念と不信の色が浮かび上がっていく。


「いや……まぁ似てなくもない、かな?」


 男は女に話を合わせ、そう言った。

 が、確かに少し似ているような気がした。でもこんな写真は撮った覚えがない。男はそう記憶を辿り、確認した。


「あ、また続報。訂正が、え……」


「……いや、違うって!」


「でも名前やっぱり一緒じゃん! え!? やったの!?」


「いや、確かに同姓同名だけど別人だってば! それに百歩譲って、したとしてもさ、さっき言っていたように食い逃げなんて大したことないでしょ。そんなに引かなくてもいいじゃん!」


「うーん、まぁ……そう言い切るのもなんだけどそうよね。あ、また続報。訂正? え!」


「違う違う違う違う! 人殺しなんかしてないって!」


「で、でもニュースでそう言ってるから……」


「いやいやいや、だけどさ、アリバイ! そう、だって今日ずっと一緒にいたじゃん!」


「それも、そうか……。よく似ているけど他人の空似ってやつね。そう、そうだよね!」


「そうそう。ふぅー、無駄に焦っちゃったよ、ははははっ。さ、もういいからさ、さっきの続き」


「あ、また速報」


「え、被害者の名前……お前? でもまあ、お互いありがちな名……え? いや、待てよ! 俺じゃないって! おい!」


「来ないで! 服着てから警察呼ぶから、下がって!」


「おい! いいからその包丁を……おい!」




『速報です! 部屋の外へ逃げた恋人を包丁で刺し、その後、立て篭った容疑者の死亡がたった今確認されました!

警察の話では踏み込んだ時には、すでに死亡していた模様です。

近隣住民の話によると事件前、争うような声と音がしていたということです。

口論がエスカレートしたものか、無理心中なのか捜査中との事です。

急なニュースで、情報が錯綜してしまい大変、申し訳ございませんでした。

では次のニュースです。動物園で可愛い赤ちゃんが生まれました!』


 二人の虚ろな瞳はテレビ画面に釘付けになっていた。

 裸で身を寄せ合う二人の姿はテレビに映る動物たちのようであったが、その交わる血から生まれたのは懸命に鳴く赤子とは真逆のとても静かな、血の滴る音だけだった。

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