猿の夢

 猿がいた。檻というよりかは託児所のように、オモチャなどが散乱している真っ白な部屋。

 猿はその部屋の天窓から空を仰ぎ、誰に聴かせるでもない溜息をついた。

 ここから出ること、自由が彼の望み。その物憂げな様子を見た誰もがそう思うだろう。


 だが違う。


 彼は空を飛びたかった。そして願わくばその向こうも。

 彼はあの空の向こうに何かがあることを理解していた。オモチャを投げ合う他の猿たちよりも少し賢かったのだ。それ故に孤独を感じ、夜は自分を抱きしめるように眠る。



「さあ、おいで」


 そんなある日、彼は部屋から出された。

 口に呼吸器をつけられ眠りにつく。

 抵抗はしない。また体をいじるだけだろう。何の目的かもしらないが、どうでもよかった。

 いつものこと。そしてそれは続く。あの部屋で朽ちる果てるまで……と、彼はそう思っていた。


 しかし、目が覚めると知らない場所に座らされていた。

 体には何か窮屈なものが着させられている。パニックにならずに済んだのは、声が聴こえたからだ。


『ファイブ』


『フォー』


『スリー』


『ツー』


『ワン』


 すさまじい轟音と振動。

 しかし、彼は一切の抵抗も恐怖もしなかった。

 これが何かは知っている。あの部屋の中に設置されたテレビで今と同じような場面を見たことがあった。

 これは……ロケットだ。

 そして向かう先は……。

 猿は口角を吊り上げ笑った。

 夢にまで見た光景をもうすぐこの目で、と。





「どうだ?」


「順調です。意識はあるようです」


「よしよし。ふーん、今、何を考えているのだろうな」


「さすがにそこまでは」


「だろうな。まあ、良い夢でも見ているといいのだがな。はははっ、しかし新天地に行くのはいつも人より猿が先だなぁ」


 水槽の中で機械に繋がれた猿の脳みそを眺め、博士は笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る