三途の川の向こうから

「……よく同じ夢を見るんです」


 とあるクリニック。そこにやって来た女は伏し目がちにそう言った。

 精神科医の男は終始、落ち着いた口調を心掛け、優しく女に訊ねる。


「それは、どんな夢?」


「亡くなった母や祖母。私が知らない、多分親戚とか親族が仲良く並んで私に手を振っているんです。

川……多分、三途の川の向こうで」


「その顔から察するに嬉しくないようですが」


「はい、なんだか……とても元気そうなんですけど……」


「けど?」


「……滅茶苦茶、はしゃいでるんです! それはもう生前も見たことないぐらいの熱気で!

お祭り? ワールドカップ? とにかく笑顔で『早くこっちへ来いよ! ほらほらほら!』って手招きするんです!

ひどい話じゃないですか? こっちは一生懸命に生きているっていうのに」


「ま、まあ元気そうならそれでいいじゃないですか」


「元気すぎるんですっ。この前見た夢ではこっちに泳いできていて途中で目が覚めたんですけど、あの調子なら渡りきりそうで……」


「ははは、もし来られても、ちゃんと説得すればいいじゃないですか。私はまだこっちにいると」


「でき……ますかね。実は最近はあまり眠らないようにしてて……。それでも時々、遠くから声が……」


「眠らないからですよ。試しにここで眠ってみたらいい。うなされたらすぐに起こしてあげますよ」


「うーん、まあ正直もう眠気も限界なので、お言葉に甘えて……」


 そういうと女性はソファーに横になった。それから間もなくして静かな寝息が部屋に溶けた。

 精神科医はふっー、と鼻から息を吐く。単純な話。眠らないから幻聴が聞こえるのだ。


「だが、これで問題は、ん?」


 目の錯覚だろうか、女性の体が透き通り、その下のソファーの毛玉が見える。

 精神科医は肩を揺さぶろうと手をかけたが、穏やかな顔のまま、女性の体はスゥーと消えていった。

 ソファーにできた僅かに凹んだ人の跡。それも次第に元通りに。


「い、いったいこれは、こんなことが……」


 そう、立ち尽くす精神科医の耳に、どこからか『先生、先生!』と呼ぶ声が。

 それは針が振り切れたような明るさで……。

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