隙間にいる
ある夜のことです……。
冷蔵庫を開けようとした瞬間、違和感を覚えたんです。
視線……ははは、視線を感じるってそもそもどういうこと? 無理だろ。なんて思ってたんですけど、その時、はっきりと感じたんです。
冷蔵庫と壁の僅かな隙間。そこに、そこに男の顔が挟まっていたんです。
どう考えてもおかしい。入れっこないんです。十センチもない、その隙間にはどう考えても頭を半分に割って詰め込むくらいしか方法が……。
悲鳴も出せず、短い時間ですがただ見つめ合っているとその男はスッーと隙間の奥、暗闇へ姿を消しました。
……気のせい。そう思えなくても気のせいにしてしまおう。そう考え、改めて冷蔵庫を開けました。
冷気が顔にフワっとかかった瞬間、足の指にかかった息の生暖かさを際立ち……。
「……なるほど。それ以来、隙間が気になって仕方がない。ご自分を隙間恐怖症だと」
「はい……僕はどうしたらいいんでしょうか、先生……息遣いが、そこら中から……自分の身体、脇やできた隙間からも……」
とあるメンタルクリニックへ相談に来た男。ソファーに座る彼は話し終えると手で自分の顔を覆い俯いた。荒い息遣い。もう限界だというように。
それに対し、医者はニッコリと笑い、言った。
「顔をお上げください。あ、手は顔を覆ったままで、そう。ふふふ、わかりますか?」
「なにが……ですか?」
「今、あなたは指の隙間から私を覗いているんですよ」
「へ……?」
「いや、最近、この類の相談が多いんですよ。いい方法があります。さあ、立って。
そのドアを開けて向こう側からこちらを覗いてみてください。
そうです。出入り口の。そうそう。いいですか、このようにそちらからすれば私が覗いているように感じるでしょうが、こちらからすればそちらがこっちを覗いているように感じる。つまり、そう恐れる必要はないんですよ。そもそも、隙間から覗かれている気がするというのは、あなたの心の奥底に眠る願望を表しているのですよ。つまり、あなたは本当は覗きたい。ああ、別に悪いことではないんですよ。誰だって、と……聞いていますか? あれ? 帰ったのか……」
ドアを開けた医者は首を傾げた。以前、同じような話で相談に来た相手に対し、今のようにアドバイスした時はうまくいった。
その時は電話越しであったが喜び、そしてもう相談に来ることもなかった。克服したのだ。
だから今回もうまくいくと思った。
いや、うまくいったのかもしれない。喜び、ハイになり帰ったのか。それとも慄き、逃げたのか。果たしてどちらだろうか……。
と、医者がドアを閉めた時だった。
視線。それをハッキリと感じた。いや、感じさせられた。
それは部屋の隙間という隙間から。次いで、荒い息遣いも……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます