失言

 ……何かがおかしい。

 これまで楽しく談笑していた隣の席の同僚が急に余所余所しくなったのだ。

 理由を尋ねてもはぐらかすばかり。その同僚が席を立ち、その背中を目で追えば、こちらをチラチラ見ながら上司と話し更には他の同僚も会話に加わり、別れてはその余所余所しさは伝染病のように広がった。


 すでに室内は重たい空気に包まれている。恐らく、私が理由で。

 先程の会話。いったい何が原因だ。記憶を辿るも何か不謹慎なことを言った覚えはない。結婚願望とかいい歳の会社員がするようなそういったごく普通の話だ。

 頭を悩ませていると、少しずつではあるが部屋から人が消えている事に気づいた。

 やはり何かがおかしい、何かが起きている。

 そう考えた私は席を立ち、上司のもとへ向かった。


「あ、ひっ……何かな?」


 悲鳴にも似た声を出したことを見逃さなかった。

 やはり私だ。私の何が。嫌われるようなことをしたか? 自分では気づきにくいものなのかもしれない。しかし、不当な扱いには断固として立ち向かわねばならない。


「課長! 何か私に問題があるならはっきりとおっしゃってください!

私も自分ができた人間だとは思っていません! ですが改善はできます!」


「そ、そうか……しかし、まぁ、その」


 むにょむにょと口ごもる課長。私はそのハッキリしない様に苛立ちを覚えた。

 こんな人が上司なのか。私ならそう、もっと部下と向き合い、仕事だって……。

 そうとも。ああ、腹立たしい。この際だからハッキリと言ってやろう。じっくりと腹を割って話し合うのだ。心と心をぶつけ合うのだ。


「課長! もっと――」


 と、その時、机の上の電話が鳴った。それを見つめる課長の顔に希望めいたものが浮かんだ。

 電話の内容を偽り「ちょっと呼び出しが」と私との対話から逃れるつもりかもしれない。

 そうはさせるものか。

 私は課長をよりも早く電話を手に取り、課長を睨みながら耳に当てた。


『あ、先程の件ですが、もう間も無くうちのチームが到着しますので、何卒刺激しないようにお願いします。

今回は本当にうちの製品が大変申し訳ありません』


「製品?」


『あ、はい。すぐに回収し、新しいロボットをお送りしますので、くれぐれも、くれぐれも刺激なさらないように……。

わが社のロボットがそう思い込んでいるように、人間扱いしておけばこれ以上の不具合は起こさないと思いますので……』

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