ララライルクシラライネ

 シェパーパーキンスの靴が大流行の年のことだった。

 その少女も流行に乗り、ピカピカの靴を履いていたが、不機嫌な表情のまま、母親にやや引きずられるように手を繋いで歩いていたため土埃がファンデーションのように塗られていく。

 彼女たちが目指している場所は峠の上の病院。紹介され、藁にもすがる思いで来たのはいいが病院というよりかは研究所のようだ。

 手を振り解きたがる少女を母親がグッと引き止めるが、母親自身もここに来たのは失敗かなと、うっすら思い始めていた。


 扉を開け中に入る。意外にも中はまとも……とは言い難い。黒いソファーに観葉植物。ウォーターサーバー、加湿器が白い蒸気を立てている。そこまではいいのだが丸出しの配管やジジジジと電気的な音を発するわけのわからない装置。それらが建物の外観としっくり合うせいで、むしろまともな部分が浮いているような印象を受ける。

 しかし、ここまで来たのだからと母親はささっと受付を済まし、ソファーに座る。少し待つとボン! と爆発音が聞こえ、奥の扉が開いた。


「どうぞ」


 と、中から声だけがして、立ち上がる事すら躊躇ったが受付嬢に促され、しぶしぶ部屋の中に入る。

 大きな机に並ぶ色とりどりの液体が入った試験管。ブクブクと泡立つ鍋。ブブブブブブと音を立てながら振動する装置。チカチカ光るボタンだらけの壁。絡み合うチューブはどことどこがつながっているか目では追いきれない。博士自身の肖像画がかけられているがアインシュタインを意識したのか舌を出している。


「やっぱり帰ります」


「まあ、待ちなさい。修理、いや、治療は得意なんです」


 博士が部屋で一番大きなレバーを引くと部屋の天井から伸びているホースからチョロチョロと色のついた液体がビーカーに注がれた。それがジュースだとわかるのに時間を要した。

 女の子は一切手を付けず、研究所もとい病院に入ったときのまま、怯えた目で博士と母親を見上げている。


「ふむ……見たところご機嫌斜めのようだ。

楽しい気分になれる薬をご所望というわけかな。それならいい薬があるんだがねぇ」


 博士は膝を少し曲げ、にっこり笑って少女にそう言った。それを母親が自分の身体でサッと遮る。


「違います。機嫌は前から悪いです。

とくにこんな胡散臭い……いえ、なんでもありません。

娘はちょっと前から訳のわからない言語しか話せなくなってしまったんです。さ、喋ってみて」


「アラアラリリウルレレ」


「ね。ラウララだのリライルだの調べてもどのお医者様に行っても訳が分からなくて」


「……ああ、そうですか。うーん、おや、可愛い靴だね。他と比べて新しそうだ。買ってもらったのかい?」


「ラライウカラ、キララウ」


「歩いているうちに壊れたから私が買ったんです。

ああもう、どうしてしまったんでしょうか」


「では修理、いや、治療を始めますので、さぁ二人ともその椅子に座って」


「え、もう?」


 促されるまま二人が椅子に座ると拘束具が椅子から飛び出し、頭、体、腕、足がガッチリと固定された。


「ちょ、ちょっと、暴れないようにということならわかるんですが、あ、あの、なんで私まで?」


「ルルララララリリ! リラリラ!」


「気持ちを共有してもらうためだ。一人だけ椅子に拘束しては患者が怖がるだろう」


「まぁ……確かに、いや、逆効果な気も……」


「ロロルウイ」


「大丈夫、現にうまくいっているじゃないか」


「……ええ、娘は落ち着いているみたいですけど

でもホントに大丈夫なんですか?

どのお医者様の所に行っても顔を顰めるばかりで……」


「クラライトウラ!」


「ああ大丈夫、最初に言ったとおり得意だからね」


「……では信じます。娘の手を握ってても?」


「ラライモ」


「と、それは危険なので駄目だ」


「危険!? 危険って何もするつもりですか!?

娘に何かあったららららたたたじゃああおかないからら!」


「ええい!」


 博士は母親の側頭部に金属の棒のようなものを刺し、スイッチを入れた。

 すると母親は項垂れ、ピクリとも動かなくなった。


「いやいや、驚いた。危ないところだった。すごい力だ」

 

 博士は母親が座る椅子のひしゃげた拘束具に目をやりながらそう言うと少女の拘束を解いた。


「終わりましたか?」


 受付嬢型アンドロイドがドアからひょっこり顔を出した。


「ああ、なんとかな。さあ、この子を部屋の外に。

それからこの型番から購入者を調べて連絡してくれ。恐らく父親だろうがな。

きっとこの子を探しているに違いない」


「……ママ、だいじょうぶなの? また会えなくなっちゃう?」


 去り際に女の子が博士に訊ねた。博士はにっこり笑って大丈夫だよと言った。


 博士は少女が部屋から出るのを見送ると憐憫の目で母親型アンドロイドを見下ろす。


「……しかし、よくできている。新型、それにカスタマイズされているな。

娘のためにお金をかけてより人間に見えるようにしたのか。

並の医者ではただ見ただけでは見抜けなかっただろう。

きっと母親の心の疲れとでも判断したに違いない。

恐らくは言語識別機能に障害があり、娘の声だけが変に聞こえたのだろう。

しかし、娘の服を替えもしないで、恐らく何日も歩き回っていたことを考えると他にも、まぁ……」


 博士は先程注がれたジュースの入ったビーカーを手に取り、飲み干すとふぅと息を吐いた。


「さあて、取り掛かるか。最初に言ったとおり修理は得意なんだ」

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