不敬である!
「不敬である!」
そう言いながら土足で俺の住むアパートの部屋に上がりこんできた男たち。
は? 鍵は? 何? 何で? どうして? 止め処なく疑問が脳内に溢れるが、驚きすぎて声に出せない俺は、さぞ間抜けな顔をしながら口をパクパクさせていたことだろう。その俺の姿が瞳に映るんじゃないかという距離まで近づいた男の一人が言う。
「不敬である!」
男が指を差す。その先を見るとそこには仰向けになったゴキブリが。
「貴様! この御方を殺めたな! まことに不敬不遜である!」
確かに俺はこの男たちが踏み込んでくる数秒前、苦闘の末にゴキブリを筒状に丸めた新聞紙で叩き殺した。だけど……。
「よって、裁判所に連行する!」
問答無用。言い訳不能。せめて付けっ放しのテレビを消してからとリモコンに手を伸ばしたが、その腕も抑えられた。
流れるのはここ数ヶ月代わり映えのしないニュース。偶然にも去り際にアナウンサーが手を振った。
……臭い。
裁判所とは聞いていたものの、連れてこられたのはゴミの溜まった薄暗い下水道を少し進んだ先の開けた場所だった。
どこからか拾ってきたのか、不揃いなランプのぼんやりとした明かりに照らされるのは蠢く傍観者たち。マンホールの下を通って連れて来られたのだから予想はついたが、それにしても……。
「――よって判決を言い渡す……死刑!」
くどくど言っていたネズミの裁判長がそう声を上げると傍聴していたネズミと蝙蝠たちがキーキー鳴き、ゴキブリとハエたちが羽をバタバタ動かす。
弁護人の太ったネズミはやる気なし。これは結論ありきの裁判だ。
俺は当然反論したが、一方的にゴキブリを殺した俺が一方的に死刑を宣告されても仕方ないだろうと返された。
ぐうの音も出ない。ならば情に訴えるほかない。膝を折り、手を合わせて懇願する。
「もう二度と、もう二度とゴキブリを……ゴキブリ様を殺したりしません! 敬いますからどうかどうか……」
この場を切り抜けるためならどんなことでもする。……さすがに足を舐める気はないが。いや、舐めたところで、という話だ。むしろ足を舐めたのは連中の方。奴らが俺の足から膝、腹へと登り……
「まあ、まあ、まあ。彼も反省していることですし、どうでしょう。
食べ物で賠償するということで手を打っては」
太ったネズミの弁護人が垂れた瞼を上げ裁判長にそう言った。
「ちーず、はむ、よーぐると、むふふふふふ」
垂れた涎が音を立てたはずだが、水滴る下水道では区別がつかない。いや、それでなくても奴らのこの歓声が掻き消していただろう。ひっひっひと笑う裁判長。木槌を滅茶苦茶に叩き、これにて閉廷。
無事帰宅した俺は、うっかりポケットに入れて持ち帰ってきた骨製のペンをゴミ箱に投げ捨てた。
誓約書を書かされたのだ。今後、生涯彼らを敬うこと。三日以内に食べ物を献上すること。
まったく、めんどうなことになったものだ……。消し損ねたテレビから流れるのは先程とは違うニュース番組だが、内容は相変わらずの宇宙人特集だ。
数ヶ月前、宇宙人との交流が始まった。
それはいいのだが、不運なことにネズミやゴキブリなど薄汚い生き物が彼らの近縁種だったのだ。
それでも彼らは人類より、はるかに優れた技術を持っているのだから、つっぱねることはできない。
政治家たちはグロテスクな外見の彼らにその黒い内面を隠し通し、握手を交わした。
そして同盟の条件として宇宙人はもとより、これらの害虫・害獣を敬わなければいけなくなった。政府の連中はこういった生き物とはほぼほぼ無縁だからいいのだろうが、俺のような一般市民はそうはいかない。
しかしまさか見張られているなんて……。バレないだろうと高を括っていたのに奴らと害虫・害獣の間にテレパシーでもあるのだろうか。奴らが害虫共に知性を増大させる光線を撃ったとか噂もある。もしかしたらそのうち侵略されるんじゃ? 世界中のあの害虫と害獣が敵に回ったら……。
まあ、俺のような一般市民が考えてもしょうがないか。
ああ、それにしても体が痒い。不潔な場所に行っていたせいだろうか。腕を掻くと、黒い塊が宙を舞った。
……蚊だ。旋回し、再び腕にとまり、針をつきたてる。意識的か無意識だったかそう考えるのは、すでに事が起きた後。
パチンと音が鳴った瞬間、ドタドタと外の階段を上がる音がした。
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