退廃くんとカメラ子ちゃん

師走 こなゆき

P1

 その日、教室で彼女に声を掛けられるのを全く想定していなくて、僕は目を見開いて固まってしまった。


 休み時間は教室の隅で少ない友達と集まってゲームやマンガの話をしているか、自分の机で小説を読むか、窓際で空を眺めている僕。対して彼女の休み時間は多くの集団で教室から出ていく。机や椅子に乱雑に座ってファッションやイケメンモデルについて馬鹿に大きな声で話す。という正反対の過ごし方をしていた。


 何故、他人の目を気にしない傍若無人な振る舞いができるのか。何故、あんなにも楽しそうに生きているのか。彼女たちのような人種に一種の興味があるのも確かだ。でも彼女たちのように、他人から煙たがられる存在になりたくは無いし、自分にはなれないと思っている。


 人生十六年間で深い繋がりのなかった人種だ。きっとこれからの人生においても交わることはないのだろうと思っていた。


「ねえ、ユースケくん。写真のモデルになってよ」


 このクラスのそういった人種の集団の一人、桂木かつらぎさんから声をかけられた時は、からかわれているのだと思った。


 彼女たちは自分たちのような騒がしい人間を陽気なキャラクター略して陽キャ、僕たちのような静かな人間を陰気なキャラクター略して陰キャなどというよく分からない身勝手なカテゴリー分けで蔑んでくることがある。そんな遊びの延長線上で僕に声をかけてきたのだと思った。


 彼女は肩の下まで伸ばしたダークブラウンの艶やかな髪。肌に自信があるのか、秋になって寒くなってきたというのに、露出が多く、制服のボタンも上から三つ目辺りまで外しており、少し覗いている旨の膨らみに目が行ってしまう。校則なんて守る気もないらしい。そもそも、生徒手帳を読んですらいないのか。


 対して僕は面倒だからと髪の手入れなんてやり方も知らない、今朝も鏡すらよく見ずに手ぐしで寝癖だけを直した。髪を切る基準は前髪が目にかかりだして邪魔になったら。他人にできる限り肌を晒したくないので制服のボタンは一番上まで閉めている。筋肉もあまりついていない細く貧相な肉体なんて見せて何が楽しいんだ。


 考えて、少し頭にきた。


「鏡を見てきたらどうかな? 桂木さんの目が節穴でなければ僕を被写体にするのか、それとも、桂木さん自身を被写体にするのか、どっちが写真映えするかなんて一目瞭然に分かるだろう」


 そう皮肉たっぷりに言ってやろうかとも思ったが、その文句は僕が惨めになるだけなので口に出さなかった。そもそも、そんな事を彼女たちのような人種に言える勇気は、僕には無い。


「どうして?」


「コンテストに出したいんだ」


 彼女はスマートフォンを慣れた手付きで操作しだした。僕が聞きたかったのは写真を撮る理由ではなく、他人の目を引かないであろう僕なんかをモデルにしようとする理由なんだけどな。


「ほらこれ」


 スマートフォンの画面を、僕の目の前に差し出す。


 画面には目的の写真コンテストの公式ホームページ。どうやら、人物の写真をテーマとしたコンテストらしい。

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