第三話「天国と地獄」

「やった!!ヒットヒット!!」

 翔がバットを振り回して歓喜した。雅人と翔はゲーセンに居た。その中にある一番広いコーナーのバッティングで翔は何本も何本も打ちまくっていた。

「ハンちゃんはまだしないの?」

 かなり楽しそうなのか、翔は笑顔をひと時も絶やさない。

「まだいいよ」

 雅人は翔の笑顔を見るだけで満たされていた。昨晩の悪夢が何だってんだ。声なんか聞いちゃいない。のどの渇きなんて関係ない。部室の女なんかなんだってんだ。

「は~~~、打った打った!」

「ゲーセンは初めてなのか?」

 雅人は徐にUFOキャッチャーに余りに夢中になっている翔に聞いてみた。

「うん!初めて!」

 かなりテンションが高くなっている。翔は何かにつけても大声で答えている。周囲の状況すら気にしていない。ゲーセンの特有の騒音で翔の大声が普通の声に聞こえるが、人目を気にしている様子は感じられない。

「親が厳しくてね、ここには行くなって言われてたんだ!」

 まるで子供のようにはしゃいでいる。多少圧迫されて育てられていたのだろうか・・・。雅人は自分の感情が確かなものになっていくのに薄々気づき始めていた。翔はUFOキャッチャーの才覚を発揮したらしく、初回で5個もぬいぐるみを獲得した。

「楽しかった~~」

 翔は心底満悦しているようだ。雅人自身も満悦していた。

「また行こうよ!部活帰りにでも!」

 翔の提案。感情を表しているようで、歩き方がきゃぴきゃぴしている。とても現役の陸上部とは思えない歩き方だ。

「ああ!」

 雅人は元気よく答えた。翔を女であると認識し始めていた。



 ところがこの夜も、雅人はベッドで同じ悪夢にうなされた。眼球すら動かない、声が聞こえる特殊な金縛りだ。昨晩とは違い、夢の情景がかなり洗練されていた。天井の筋目がはっきりと見え、カーテンからもれた街灯のおぼろげな光がカーテンの揺れに沿って動いている。

 そして、今度も声らしきものが聞こえた。否、今度は声と確信以って言える。少しか細く、訴えるかのごとく雅人の両耳に入ってくる。

「(起きなければ!)」

 雅人は覚醒した。汗をかなりかいている。そこで目を見開き、寝たまま状況を確認した。天井がまず目に入る。

「(何で気づかなかったんだよ・・・)」

 雅人は呆然とした。 今まで夢で見ていた天井は、自分の部屋の天井だった。更にまたのどの渇きが襲ってきた。昨晩とは違い、今度はリアルに感じる渇きだ。

 水が欲しい・・・。そこで起き上がろうと上体を起こそうとするが、

「(っ・・・、っ・・・、・・・動かない!)」

 夢と同じ金縛りだ。そこで更に思い出し、目を閉じれるか確認した。

「(っ!・・・閉まらない!!)」

 夢の状況と全くそのままである。閉まれ!閉まれ!!それでも閉まらない。すると雅人は目に痛みが走るのを感じた。

「(ッ・・・!やばい・・・!)」

 目がかなり長時間開いていた為、眼球が乾き始めたのだ。今度は夢ではない。痛みをリアルに感じるのでこれは現実と言える。

「(っ!まさか!!!)」

 予感は当たってしまった。否、基からそうなるのだったのか。例の声が聞こえ始めたのだ。夢の中では、その声は何を言っているのかはっきりわからなかったが、今度は聞き取れた。

「しね・・・・、しね・・・・・!」

 死ね?何故俺が死ななければ?雅人は腹の底から煮えくり返るような感情が沸き起こった。いきなり現れて死ねだと?ふざけるも大概にしろ。

「(・・・消えろッ)」

 夢の状況がかなり一致したので、雅人は声が出ないことを悟り、心の底で念じ始めた。

「しね・・・」

「(消えろ消えろ!!)」



 しね・・・・!!


 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!


 声と思念のぶつかり合いである。



 しね!!しね!!



 声のトーンが上がり、殺意が篭り始めた。目が動けないためどんな表情をしているかわからないが、雅人はそいつは笑っていると直感していた。




 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!!



「キエロ・・・」

 雅人はようやく声を出し始め、か細く呟きだした。



 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!





 消えろーーーーーーー!!!!!




 雅人はがばっと上体を起こし、懇親の叫びを上げた。

「どうしたーーー!!?」

 階下から父親の怒鳴り声が聞こえた。慌てて階段を上る、廊下を走る足音。そして部屋の戸が乱暴に開かれた。

「一体どうした!!?」

 父親が深刻そうな表情で雅人に聞いた。

「雅人!?大声出さないでよ!」

 姉が眠そうな目を擦って一括した。

「雅人・・・、何があったの?」

 父親より倍深刻そうな表情をする母親。雅人は目だけで部屋を見回した。家族以外誰も居ない。声は何処から聞こえたのか・・・。

「わ・・・、からな・・・、い・・・」

 すると雅人は意識が遠のくのを感じた。雅人はベッドから派手に落ちて気絶した。

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