22-ⅩⅩⅥ ~蝶娘の逆鱗~
「もう一体の守護獣様。その名は――――――アガルタ・スワロウテイルと言います」
「スワロウテイル……つまり、アゲハ蝶ですか」
「地上ではそのように呼ぶのですね」
長老ライブによれば、アガルタ・スワロウテイルは黄色・青・そして黒という、派手な色をした美しい翅をもつ蝶だという。その美しさは、【アガルタ】の生物に於いて頂点であると。
「伝説では、その美しさで戦場を舞い、闘う守護獣様たちを鼓舞し、真の力を引き出していたそうです」
「へえ。なんだか、しーちゃんにぴったりだねえ」
「え、そう?」
詩織も、見た目は見目麗しい部類に入るし、歌って踊って、人々を元気づけるアイドルという仕事をしている。スワロウテイルとの共通点は多い。
「いやぁ、翔くんにそうやって褒められると、何だか照れちゃうねえ! 最近なんて、ギターの練習もしてるんだよ!」
「あいどる……ですか。やはり地上には、私たちの知らないものが沢山あるのですねえ」
翔と詩織という、自分の想像の及ばないところから来た若者2人の会話。カルチャーショックとジェネレーションギャップを同時に受けたような、不思議な感覚。
ライブはちらりと、兄である睦五楼の方を見やった。
「……兄さまが羨ましいです。地上は、【アガルタ】よりも遥かに文明が進んでいるのでしょう? 戻ってくる必要もなかったのでは?」
「バカ言うな。俺の目標は、いずれ【アガルタ】も地上のように栄えさせることだよ。そのためには、少子化問題をどうにかせんといかんがな」
だが、少子化問題の前に、今は目の前の宇宙海賊の方を何とかしなければ。
そのためには、アガルタ・スワロウテイルを目覚めさせなくてはならない。
「――――――皆さま、着きました」
「おお……!」
そうこうしているうちにライブに案内され、やって来たのは集落のある森のそのまたさらに奥の奥の、廃れてしまっている遺跡群。
普段、森には凶暴な恐竜や獣がいるので滅多に近づくことはできないのだが。
「……猛獣が軒並み気絶していて助かったな」
「全部、兄さんのドラミングのショックでしょうね……」
「冷静に考えなくても、あの人やっぱりおかしいわよ」
ドラミングした場所からここまでは、結構な距離がある。それなのに、ここに来るまでに生物はほぼすべてが気絶していた。ショックで死んでいない辺り、まだ蓮の手心を感じる。
「ちょっと本気と言っていたが……ちょっと本気で、ここまでできるのか」
「いや、違うと思いますよ? ちょっと本気出したのは、これじゃないです」
「はい?」
改めて被害の大きさに驚く睦五楼だったが、翔にはわかっていた。
兄が言っていた「ちょっと本気出す」は、こっちの事じゃない。
「多分ドラミングは普段くらいの力加減じゃないかな。ちょっと本気出したのは、耳を澄ませる方なんだと思います。兄さん、五感も鋭いから」
むしろかなり鋭いので、日常生活が結構大変なのを、ずっと一緒に暮らしているので
よくわかっている。
とんでもない地獄耳だし、匂いにもかなり敏感なので、敢えて感じ取らないようにしているのだ。
ちょっと耳をすませば町一帯のテレビの音が聞こえるし、ちょっと鼻を意識すれば、町一帯の晩御飯が分かる。
妹の亞里亞が「羨ましい」なんて言っていたが、当の兄は物凄く嫌な顔をしていた。
――――――だってお前、納豆なんて臭くて食えねえし。知らねえ夫婦の大喧嘩とか、毎晩聞こえるんだぞ。
翔は人間を超越した感覚なんて持っていないし、持ちたいとも特に思わない。
だからそんなものを持ってしまっている兄を、ちょっとかわいそうだとすら思っていた。
……あくまで思っているだけ。口にしたら、「同情なんていらねえ」と拗ねて意固地になるから。
「本気で耳を澄ますために、【アガルタ】中の生き物が気絶するようなでっかい音をだすって。なんて言うか――――――」
「ああ。――――――はた迷惑な話だよ」
詩織の呆れる声にかぶせるように。
後ろからやって来たルドラの声が、翔たちの耳に届いた。
「……っ!!」
突如聞こえた敵の声に、一斉に振り向く。
そこには細剣を構えるルドラと、同じく武器を構えた下っ端たちがいる。そしてそのさらに後ろには、彼らが乗って来たであろうバイクらしき機械もあった。
「……ルドラ、だったか……!」
「やはりさっきの衝撃は、あの男の仕業か。全く……まだ頭がガンガンする」
頭を押さえながら歩いてくるルドラに、その場にいた全員が――――――彼女の腹に、視線を集中させた。
先ほど睦五楼が言っていたように、確かにおへその右側に、星形のほくろがある。
「やはり、あれはダイナの……!」
「いや、しかし、あり得ない! あんな小さかった子が……!」
どう見ても大人のルドラの身体的特徴が少女であるダイナと一致したことで、【アガルタ】の民は少なからず動揺していた。
だが、今日【アガルタ】に来たばかりの詩織には、一切関係ない。
「――――――何しに来たの? 私たちを捕まえに来たわけ?」
「本当はそうしたいところだがな。狙いは、そっちの男の方だ」
「え、僕?」
細剣でルドラは、ピシリと翔を指し、フンと笑う。ビキニアーマーという格好をしていることもあり、なんだかちょっと違う意味合いに取れなくもない。
そして。
そんな意味合いに捉えた場合、それは詩織の逆鱗に該当する、超ド級の地雷だ。
「――――――は?」
詩織の目から光が消え、いきなり両手に刀を出現させる。蝶の蟲霊を、変化させた桃色の刃を持つ刀に。
「アンタ――――――何、私の翔くんに色目使ってんの?」
一気に沸点まで怒りが達した詩織は、さらっと翔の事を自分のモノ扱いする。まだ蓮からのお許しも出ていないというのに。
「し、しーちゃん……!」
「ちょっと待っててね、翔くん♡ ……ああ、あと校長先生とおばあちゃんたちも」
詩織はにこりと後ろにいる人たちに微笑む。その笑顔には、強烈なまでの殺意が込められていることは、その場にいた全員に伝わった。
「――――――アイツら全員、バラッバラに斬り刻んでから守護獣様とやらは呼びだすから♡」
「ひっ……!」
強烈な殺気を放ちながら笑う詩織に、【アガルタ】の戦士である女の子の1人は、思わず失禁してしまっていた。
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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。
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