21-ⅩⅩⅩⅩⅦ ~最終判決~

「……日向望は、おぞましい寄生虫だ」


 宿主の腹の中に巣食って、取り込んだ栄養を奪い取り貪り、最後は宿主の身体まで食い尽くす。そんな恐ろしい虫に寄生された。そう感じた。


「……私に、じゃない。東堂不動産という会社に、奴は寄生した。……会社を守るためには、寄生虫を駆除するしか、もはや手はなかった」

「だから、殺したと」


 東堂は法廷の証言台に立たされ、ぽつぽつと語っていた。

 法廷の人々の表情はそれぞれ。所詮殺人者の戯言と一蹴する者、同じく家族や会社を持った経験があるのか、同情の意を示す者。


 今まで培ってきた信頼をぶち壊しかねない、大手不動産会社の社長の殺人という前代未聞の事件。だが意外なことに、大衆目線ではさほど東堂が悪、という図式にはなっていない。


「600万を払うと約束し、その翌日に600万を渡した。拒否権はなかった」

「その後暴行事件は止まりましたが……貴方がご子息に伝えたんですか?」

「ええ。実家に呼びだして、問い詰めました。……ぶん殴り、一人暮らしも解消させて、家に軟禁していました」


 それで1カ月の間、暴行事件が起こることはなかったのだ。その間、藤井は日向に脅迫され、ずっと悩み苦しみ続けることになっているとは、想像もしていなかったという。


「……1月後に、また連絡がきた。今度の要求は、1000万に膨れ上がっていたよ」


 600万までは、自分の個人通帳からお金を引き出して、まだ何とかなった。だが、1000万ともなると、会社の金か、家の金に手を付けなければならない。そうなれば家族に、脅迫されていることが公になってしまう。


「穏便に済ませるには……これ以上を許すわけにはいかなかった」

「殺害方法は、絞殺でしたっけ?」

「金を受け渡す時に、奴の首を後ろから絞めた。……その時、抵抗する日向の手が、腕時計に引っかかって、壊れてしまってね。誰が来るかもわからなったし、すぐに近くに停めた車で東京に帰らなければならなかった」


 日向を殺したのち、東堂は暴行事件の犯人として、藤井が自首したことを知った。藤井芳樹という名前は、日向が教えてくれた名前だ。

 なお、どのような材料で日向が藤井を脅迫していたのかは、東堂も知らなかった。そこだけは、「企業秘密だ」と日向は教えてくれなかったのだ。


「……暴行事件については、日向が間違いないと言っていた。だが、殺人ともなると、動揺して容疑を一切否認するかもしれない……」

「そこで貴方は自ら、被告人に弁護士を付けたわけですね? そこの谷場さんを」

「……ああ。彼と接触し、動向をチェックして逐一私に報告するように、依頼をした」


 そして、判決のコントロール。藤井への疑いを煙に撒く形で裁判を終わらせ、疑いの目をずっと藤井が向くように印象操作した。


 ……そうすれば、当分は自分たちが疑われることはない。ほとぼりが冷めるのを、じっと待つ。幸い、囮となる綴編のレッテルは大きく、効果は覿面。あわよくば逃げ切れるかも。そんな期待を抱いていたところで、この再審の話を聞いた。


 いてもたってもいられず、この裁判にやって来て、今、こんなことになっている。


「……そんなところです」

「なるほど。どうもありがとうございます」

「私からも、一つ聞いていいですか? ……刑事さん」

「何でしょう」

「一郎は……どうして、自首を?」


 東堂の問いかけに、針井は少し、考え込んだ様子を見せた。

 そして、ため息をついて答える。


「……アンタが日向さんを殺したことを知ってたからです。自分の過ちのせいで、父に取り返しのつかないことをさせてしまったと」

「……バカな。一郎には、そのことは一切伝えていないはずだ!」

「分かっちまうもんなんですよ。一緒に暮らしてれば、なおさらにね」

「……一郎……!」


 藤堂はその言葉を聞いて、がっくりとうなだれる。


「バカ野郎め……! そんな気を回すなら、最初から俺に言っておけば良かったのに……!」


 涙ぐむ東堂を、法廷にいる人々は、ただじっと見つめて――――――。


 ……直後、東堂の頭に、何かがぶつかった。


「うっ!?」


 ぶつかった途端、飛び散る黄色い液体。粘性の高い液体は、東堂の顔を覆う。鼻や口に入り、息が詰まると同時、ほのかに生臭い。


「な、何ですか急に!? これは……?」


 裁判長を含む裁判官の席からは、何を投げたのかは分からない。だが、誰が投げたのかは分かった。

 そして傍聴席の扉を塞いでいた蓮は、誰が、何を投げたのかもわかる。


 藤堂の周囲に落ちる、粘液まみれの白い欠片。紛れもない、生卵だ。


「……ふざけるなよ……!」


 傍聴席の傍らから、震える声がした。老人の、怒りに満ち満ちた声が、静まり返った法廷に響く。

 藤井はその人物が、ついさっき法廷に入って来たばかりだということに、東堂の事ばかり気にしていたので気づかなかった。だから、彼がいればすぐに、反応したはずなのに、できなかった。


「――――――おやっさん!」

「さっきから黙って話を聞いとりゃ……お前、何も見ちゃおらんだろう! 自分やせがれのやらかしたことに、酔いしれとるだけじゃないか!」


 さらにもう一つ、生卵を東堂にぶつける。そのまま、証言台まで、おやっさんはずんずんと歩み寄っていった。


「――――――お前が一番背負わんといかんのは、せがれの事件でも、自分の殺しでもない! ヨシキ一人に、その罪をすべて押し付けようとしたことじゃろうがっ!!」


 そしてとうとう傍聴席の柵すら乗り越えて、東堂の胸倉をつかむ。


「謝れっ!! 誰よりも何よりも、まずはヨシキに一言、詫びを入れにゃならんだろうがぁっ!!」


 おやっさんの叫びは東堂に向けて放たれたものでもあるし、何より自分に向けての言葉でもあった。

 何を隠そう自分のせいで、藤井は脅迫に屈することになってしまったのだから。だが、それをこの法廷で言うわけにはいかないので、その怒りを東堂にもぶつけている。


「――――――静粛に!」


 裁判長が、声高に叫ぶ。そうして、生卵まみれの東堂、殴りかかって来たおやっさん、それらがすべて証言台から遠ざけられ、被告人である藤井が、証言台の前に立つ。


「……そうですな。最後のご老人は、やったことこそ良くはありませんが。東堂さん、貴方の犯した罪を糾弾する前に、我々にはやるべきことがあります。……被告人、藤井芳樹さん」

「はい……」

「貴方に、改めて判決を言い渡します」


 裁判長は周囲の裁判官たちの顔を伺い、全員が頷く。そうして改めて、藤井へと

告げた。


「――――――主文。被告人は、とする!」


 ――――――やれやれ、ようやくか。


 念願の完全無罪を勝ち取ったことで、蓮の身体から、へなへなと力が抜ける。


「……はあ~~~~~~~~~~~~~~……」


 息を吐きながら、そのまま傍聴席の扉の前に、しゃがみ込んでしまった。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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