21-ⅩⅩⅩⅩⅣ ~トドメとなる最後の一撃~

 安里に糾弾された東堂社長は、すっかり無言になってしまった。核心を突かれたからか、落ち込んでいるのか。表情は俯いていて、いまいちうかがい知ることが出来ない。


「しゃ、社長……?」

「ま、まさか本当に社長が……?」


 側にいた役員2人も、押し黙る社長から思わず距離を取る。


「――――――そうなのですか? 東堂社長」


 裁判長の、最後の一言。それが、東堂へのトドメとなった。


「――――――――――――はい」


 長い思慮を終えたからか、やけにあっさりとした答えだった。


「そこの弁護士の言う通りです。私が――――――すべてを企てました」

「なんと……!」


 法廷の、しかも傍聴席に、殺人犯。法廷にいる人たちが、一斉に東堂の周りから遠ざかった。中には、法廷の扉を塞いでいる紅羽蓮の陰に、隠れようとしている人までいる。おいおい……。


「社長……」

「そこの谷場弁護士は、私の指示に従ったまでの事。まさか彼も、私が殺しまでやるとは思わなかったでしょうから、あまり責めないでいただきたい」

「どうして、自分の会社の社員を殺すなどということをしたのですか?」

「それも、そこの弁護士さんが言ったでしょう」


 東堂は開き直ったのか、今度は先ほどのやり返しのように、安里に向かって手を向ける。


「脅されていたんですよ、私は。飼い犬に手を噛まれるというのは、まさにこのこと。全く以て、憤懣やるかたない」


 だから、殺した。暴行事件に見せかけるように、一度首を絞めた後に、丁寧に頭を鉄パイプで叩き潰して。


「脅されていたというのは……」

「金ですよ、金」


 こともあろうに、自分の会社の社長を脅迫しようとは、なんとも肝の据わった男だ。

 最初に要求されたのは600万。すべて現金で欲しいというから、個人の通帳からこっそり引き出して、ポンとくれてやった。


 それから1月ほどして、今度は1000万もの大金を要求してきた。なんとも、肝の据わったと言うか、愚かと言うか。


 脅迫というものを舐めていたのか。もっと引っ張れると要求してきたので、これ以上調子に乗らせるわけにはいかないと思った。


 なので、受け渡しの時に、背後から首を絞めたのだ。


「……その時に、抵抗されましてね。腕時計が壊れてしまったんですよ。あの時は真夜中で暗かったし、壊れたところを確認しましたが、留め具だけでとても見つかる気がしなかった。なので、そのまま帰ったんですよ。……あんな小さいものを、まさか誰かが見つけるとは思わなかった」


 本社のある東京と徒歩市は、さほど遠くはない。電車で30分くらいの距離にあるのだから、車を使えば移動は簡単にできる。終電を過ぎていようが問題はない。ましてや真夜中、目撃している人もほぼいないだろう。


「……まぁ、私も思えば、大人げなかった。自分で手に掛けるなんてことをしなくても、それこそ弁護士にでも相談すればよかったんですがね。まったく年を取ると、気が短くなっていけない」

「……それでは、東堂社長。貴方は、お認めになるんですね? 日向さんを殺したことを」

「ええ。認めます」


 やけにあっさりと、東堂は罪を認める。その様子に、蓮はどことなく違和感を覚えた。


 嘘をついているとは思わない。それは、蓮もなんとなくだが直感した。東堂のすらすらと紡がれる言葉は、よほど事前にシミュレーションしているか、あるいは実体験でもない限りは不可能だろう。


 だが、なんだか違和感がある。


 どうにも、ような――――――。


(……ん?)


 蓮の思考が止まったのは、その瞬間だった。それは、何かに気づいたとか、そういうわけではない。


 外部から刺激を受けたのだ。より具体的には、背中。


 法廷と外を隔てている、扉の向こう側からの衝撃。小さいものだが、断続的、かつ一定のリズムで、蓮の背中へと伝わってくる。


 ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドン。


 三々七拍子で伝わってくる衝撃に、蓮は顔をしかめた。


(……これは……)


 これも、合図だ。安里曰く、「最後の最後に真犯人を叩き潰す、最大にして最悪の秘密兵器」なんだとか。


「では……検事さん。私を、然るべきところへ連れて行ってくれませんか。詳しい話は、そこでしましょう」

「……裁判長、どうしますか?」

「分かりました。では、東堂さん。貴方を本件の重要参考人としてとして、緊急に――――――」

「ちょっと待ったぁ!」


 今まで黙りこくっていた蓮がいきなり声を張ったので、法廷にいたほぼ全員がビクゥ! と肩を震わせた。裁判長なんて、不意打ちだったので席からすっ転んでしまうほどだ。


「なななな、何ですか! いきなり大声出さないでください、びっくりするでしょう!」

「あ、悪い。たった今、新しい情報が入ったから、教えた方がいいと思って」

「新しい情報?」


 首を傾げる裁判長たちに、蓮は法廷の扉を開ける。

 真犯人が東堂である、ということが分かったので、別にこれ以上法廷に閉じこめたままにしておく必要もない。

 だが、誰も出ていく者はいなかった。ここまで来たら、全部の真相を知っておきたいという野次馬根性だろうか。


「……失礼します」


 一礼して入って来たのは、徒歩署刑事課の刑事だった。蓮も見知った男で、よれよれのトレンチコートを着た、渋い顔の男。


「貴方は……?」

「徒歩署刑事課の針井はりい世之よごれ刑事であります。本件に関する、重要な情報を持って参りました!」


 ピシッと敬礼した針井刑事は、ちらりと安里を一瞥する。安里も満足げに、うんうんと頷いていた。蓮も詳しくは知らないが、恐らくは安里が針井に何かを頼んでいたのだろう。


「重要な情報、ですと? しかし、犯人は既に明らかになっています。動機も――――――」

「その、動機についての、重要な情報です。ですよね? 針井刑事」

「え? ああ、そうなるんですかね」


 いきなり安里に話を振られても、針井は分からない。法廷での様子など知る由もないのだから、当然なのだが。


「……この法廷は、暴行及び殺人事件ということですが。その……暴行事件の犯人と名乗る人物が、先ほど徒歩署に出頭してきました……!」

「……はあ?」


 その発言に、法廷にいる全員が凍り付いた。


「……何ですと……!?」

「な、そんな……バカな!」


 裁判長も検察も、慌てたように声を上げる。ついさっきまですべての犯人が東堂社長だと思っていたのに、まさかさらに増えるとは!


 戸惑いの空気が法廷中に漂っていたが、安里だけは余裕のある笑みを絶やさないでいる。


「その人の、名前は?」

「……おい、待て」

「針井刑事。教えていただいていいですか?」

「待て!」


 安里は針井に質問するが、今度は東堂が声を張り上げた。そこには、先ほどまで悠々と自分の罪を語っていた時の面影は、どこにもない。焦燥。それが、彼の顔にはありありと浮かぶ。


「いやいや、聞くだけ聞いてみましょうよ。もしかしたら、またここにいる藤井君のように、別にやってないけど脅されたとかそんな理由で出頭しただけの、関係ない人かもしれないじゃないですか?」

「……そ、それは……!」

「で、誰なんです? その人の、名前は」


 その言葉を最後に、法廷は静まり返る。針井の発する言葉に全員が耳の神経を集中させており、一体どんな名前が飛び出るのかを、今か今かと待ち望んだ。


「……名前は――――――東堂とうどう一郎いちろう。東京の大学に通う、大学4年生です」


 その名前を聞いた途端――――――ガタン、と、大きな音が鳴った。

 音のした方を見れば、東堂社長が、柵に手をかけてがっくりとうなだれている。


「おや。東堂さんと、図らずも同じ苗字ですね? もしかして、ご存じのお名前でしょうか? 役員さん、どうです?」

「……そ、その名前は……! 社長の、ご、ご子息だぞ……!?」


 役員の2人も、驚きを隠すことが出来ない。


 何しろその名前の人物は、今年大学を卒業した後、東堂不動産の次期社長として入社する予定が決まっているのだから。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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