21-ⅩⅩⅩⅩⅡ ~重要参考人~

「しゃ、社長……!?」

「そ、そんな馬鹿な……!」


 どよめく取り巻き2人に対し、安里に指を指された東堂社長本人は、痛く落ち着いた様子で、安里をじっと見つめ返していた。


「おや、あまり動揺されませんね?」

「いやいや、驚いているよ。あまりにも荒唐無稽な話でね」


 安里の問いかけに東堂はそうすと、再びゆっくりと傍聴席に座った。


「それに、職業や肩書柄、何らかの疑いをかけられることには慣れている。不当な疑いをかけられた時ほど、毅然とした態度と対応をしなければ」

「なるほど、それはごもっともです」


 互いにニヤリと笑みを浮かべ、傍聴席と法廷の柵越しに、互いに闘志を燃やしていた。


「じゃあ、話を聞こうか。人を殺人犯呼ばわりするということは、それなりの根拠があっての事なんだろう?」

「もちろんです」


 にこやかな安里の言葉に、東堂社長は笑みを崩さず、だが、雰囲気は少しばかり重くなった。それを感じ取れたのは間近にいる役員たちと、人の気配を敏感に感じ取れる蓮だけだ。



「じゃあ、まずはお聞かせ願おうかね。一体なぜ、私が犯人ということになるのか」

「そうですね。それではまず、貴方がこの事件に関わっているということからお話ししましょうか」

「ほう?」

「実はこの事件にはもう一人、重要な人物がいます。彼は事件が発生してから、被告人へのヘイトをコントロールする役割を担っていました」

「ヘイトの、コントロール?」

「証拠不十分で無罪にする、ということですよ。判決を、不透明かつ無罪にすることで、大衆の悪感情を招く、っていうね」

「……それは、まさか……!」


 裁判長が気づくと同時に、安里はすっと手を上げた。


「裁判長。ここで、本事件における重要な証人にお話を聞きたいのですが」

「!」


 かすかに、だが。東堂社長の眉間がピクリと動くのを、蓮は見逃さなかった。


「……いいでしょう。証人を招き入れてください」

「ありがとうございます」


 安里は裁判長へ深々と礼をし、手をパンパンと叩いて鳴らす。本来なら裁判所の職員が連れてくる証人だが、今回は少し違う。


 裁判所の職員の制服は着ている。だが、証人を連れてきたのは、物言わぬ存在だった。


「……ボーグマン!」

「アレは何・エディションだ?」

「ただのコスプレでしょ」


 裁判所職員のコスプレをしたボーグマンは、証人を証言台へと連れて来る。……機械だからかどうか知らないが、ややぞんざいに。


「……では、証人。貴方の名前と、そして職業を。教えてください」

「……はい……」

 今までその位置で法廷に立ったことのないであろうその男は、狼狽していた。裁判長からの問いかけに、ひどくたどたどしい様子で答える。


「……た、谷場たにば……すぐる……職業は……弁護士です」


******


 裁判長を含む裁判官たちは、どこか冷ややかな目で証人を見つめていた。

 当の証人――――――谷場英も、バツが悪そうな顔をしている。

 まさかこんな法廷で。しかも、殺人事件の証人として弁護士が呼ばれるなど、そうそうあってはならないことだ。


「言いたいことは色々あるかもですが、とりあえずこちらの尋問をしてもよろしいですかね? 裁判長の聞きたいことも、聞けると思いますし」

「……分かりました、良いでしょう」

「では早速。証人、貴方は、この裁判の第一審で被告人の弁護を担当していましたね」

「……はい」

「先ほどの被告人のアリバイについては、貴方も聞いていたかと思いますが……第一審の時、貴方はこの情報を出しませんでしたね」

「ええ、そうですね?」

「それは、どうしてでしょう? 被告人にお話を聞かなかったのですか?」

「……聞きませんでした」

「それは、どうして?」

「最初に被告人に事件当時のアリバイを聞いた時、自宅にいると聞きました。それも一人です。それではアリバイが証明できない以上、それ以上聞いても無駄でしょう」

「それで、裁判では……」

「無用なことは言わないよう、黙秘するように指示をしました」

「……なるほど」


 確かに、筋は通っている。裁判長は頷くしかなかった。

 初審で、先ほどの藤井の発言を引き出すことが出来なかったのは、確かに谷場の落ち度。だが、藤井の心を開けなかった以上、手に入れた情報ではそれが最適の判断だった。その考えは、理解できる。何しろ顔見知りの蓮たちだって、ⅤTuberやおやっさんの事を調べて、ようやく無罪の根拠になる情報を教えてもらえたのだ。一介の弁護士である谷場が彼の心を開くのは、至難の業だろう。


「つまり貴方は、被告人との信頼を得られなかった、と」

「……そうとも、言えますかね。残念ですよ、ホントに」

「ホントに、そうですか?」


 谷場の語りに、安里が眉をひそめた。その表情に、谷場はビクリ、と肩を震わせる。


「――――――本当は被告人との信頼を得るつもりなど、なかったのではありませんか?」

「何ですと?」

「そもそも最初から疑問に思っていたことがあるんです。証人、この場を借りて聞いてもよろしいですか?」


 谷場はぞくりと、嫌な予感がした。安里のこの質問は、恐らく自分を破滅に導く。なんとなく、それが直感させられて、スーツの下で鳥肌が止まらなかった。


 だが、従うしかない。彼には心臓を握られていると言っても、過言ではないのだから。


「……どうぞ」

「貴方、どうして被告人の弁護を引き受けたんですか?」


 法廷にいるほとんどの人間が、首を傾げただろう。そんな事、どうして聞くのか? と。

 それは蓮たちもそうだったが、すぐに「……あ」と腑に落ちた。


 谷場という人間を知ったからこそ、分かることに。


「不思議ですよね。自他ともに学歴エリートを名乗る貴方が、どうして学歴も立場も最底辺の被告人を弁護しよう思い至ったんでしょうか?」


 そして、弁護席にある資料を手に取ると、安里はさらにペラペラと喋りはじめる。


「ちょっと調べました。貴方の、ここ1年の弁護依頼実績ですが……。企業役員の痴漢疑惑や、お金持ちのお嬢様の危険運転致死など。依頼人の属性は、いずれも高額な報酬を着た出来る方々ばかりです」

「……そ、それは……!」

「弁護報酬、1件当たり1000万は下らないみたいですが。今回の事件、一体いくら位で引き受けたんです?」


 安里の問いかけに、谷場は答えない。ただ、じっと自分の顔の下の、証言台を見つめている。


「証人。どうなのですか?」

「そ、それは……その……」

「決まってなかったのではないですか? から」

「え?」

「何せ、最初から無罪になることはわかっているわけですからね」

「ど、どういうことです? 被告人が無罪だというのを、分かっていた? 信じていただ、ではなく?」

「心の底から被告人の無罪を信じていたのであれば、もっと必死に情報を探ったでしょう。谷場さんは聡明な弁護士ですから、動画を見ていたなどの証言を得れば、そこから完全無罪の証明までたどり着けたはずです。それを自分でも分かっているからこそ、敢えて聞かなかったんですよね?」


 法の世界における善意と悪意には、「情報を知っているかいないか」が重要になる。前もって情報を知っていたうえで黙っていればそれは悪意だが、自分が知らなければ善意だ。今回のケースは、そうなることが分かっていて、敢えて聞かなかった。


「貴方は被告人から、不要な情報を得たくなかった。だから敢えて、突き放して、黙秘するように仕向けたんです。被告人から情報を出させないようにして、自分が利かないように」

「なぜ、そんなことをする必要があるのです……!?」

「法に関わる以上、被告人の無罪に繋がる情報は、使えるものは使わなければならない。特に、今回の場合は、被告人の決定的なアリバイ証明になりますから。弁護士である以上、無罪の証拠があるなら使わないといけないでしょう。つまり……」


 安里は裁判長から、谷場の方を向いた。まるで頭の上に重しが乗っているかのように顔が上がらない、虫の息同然の谷場に。


「証人。――――――貴方は、あの法廷で敢えて証拠不十分の無罪になるよう、法廷をコントロールしたのです。決定的な情報を、自分にも隠すことでね」

「そ、そんなことが可能なのですか……!?」


 裁判長が驚くのも、無理もない話。というか、荒唐無稽といっても過言ではない。


 一体なぜ、被告人の弁護人が、判決をコントロールできるのか?


 事件の詳細、検察の証拠など、不確定な要素はいくらでもある。だというのに、判決のんコントロールなど。

 ましてや、証拠不十分による無罪など、一体なんでそんなことが――――――。


「可能だったんですよ。証人、貴方ならね」

「……ど、どうして。私がそんなことを……できるんですか?」

「貴方は事のあらましを知っていた。だから、検察側もろくに証拠なんか出ない、ということも分かっていたのではありませんか?」

「何を……」

「貴方は、この一連の暴行・殺人事件の犯人と、繋がっていたのでしょう? そして、スケープゴートの被告人を弁護するふりをして、真犯人の存在を煙に撒いた」


 だから、不確定な無罪にする必要があった。完璧な無罪が証明されれば、別の犯人を捜す動きが出てしまう。あくまで藤井への疑いを、消したくはなかった。


 それが、谷場が綴編の男子である藤井の弁護をした、本当の理由。


 つまり。


「谷場さん。貴方は最初から、真犯人とグルだったのではありませんか?」

「なっ……!」

「もう一つ、調べたデータがあります。貴方の、弁護士事務所在籍の記録なんですけどね」


 谷場が弁護士として独立したのは、5年ほど前の事。それ以前は、先輩弁護士の大きな弁護士事務所に所属し、活動していた。


 その、谷場を雇っていた先輩弁護士。それが問題だった。


「貴方の上司だった弁護士さん。……顧問弁護士なんですよ。東堂不動産の」

「……っ!!」


 企業の、顧問弁護士。それは書いて字のごとく、企業の法曹的な相談を受け、トラブルを解決する弁護士の事だ。企業が困ったときに相談したりなど、繋がりは深い。


「おかしくありませんか。どうして東堂不動産の顧問弁護士の事務所にいた貴方が、寄りにもよって東堂不動産の社員を殺した(疑いのある)被告人を、弁護するんです?」

「……証人、どうなのですか!」


 裁判長にも声を荒げ問い詰められ、とうとう谷場は完全に追い詰められた。いや、この法廷に来た時から、最初から逃げ場などなかった。


「う……あ……ああ…!」


 追い詰められた谷場は、ここで真犯人にとって、致命的な行動をとってしまう。


「……谷場……貴様ぁ!」


 何の弁解も浮かばず、言葉に詰まったエリート弁護士ができることは、助けを求めること。何か縋れるものを探し――――――首を、向ける。


 周りに敵しかいない、谷場の縋れるもの。それは同じ秘密を共有している、唯一の人物。それを本人が望んでいないとしても、谷場はそうせずにはいられない。


 そうして谷場が救いを求め、振り向いた先には――――――。


 その行為に怒り、プルプルと震える、東堂社長の姿があった。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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