21-ⅩⅧ ~エリート弁護士の学歴コンプレックス~

 谷場たにばすぐる、旧姓宇座うざすぐるは、幼少期から学業に精を出す少年だった。


 いや、学業に精を出すしか、アイデンティティを確立できなかったと言った方が良いだろう。運動は苦手な傾向であり、筋肉もつきにくい体質だったから。どうしても、幼少期の運動ができる男の子に対しての、コンプレックスは生じていた。


 決定的だったのは、体育の時間にちょくちょく行われるドッジボール。少年野球をやっているような奴が衆目を独占し、当時の英少年は真っ先に外野に追いやられた。少年の純粋な差別とは恐ろしい。


 そんな彼が学校で自分の居場所を確立するには、勉強するしかなかった。幸い勉強することは彼にとって苦ではなく、地頭もそれなりに良い。まじめに勉強し、メキメキと成績を伸ばしていった。

 両親にとっては喜ばしいことだったろう。「勉強しろ」と言わなくても、勝手に勉強してくれるのだから。当時暮らしていた団地でも「優秀な子」と近所からの評判もまずまずだった。


 中学に入ってからは、成績によるエリート意識がさらに強まった。思春期を迎えたことで彼のポジションは勉強極振りとなり、運動が出来なくとも彼に教えを請う生徒がいたことで、彼の自尊心は少なからず満たされていた。


「英くんは、進路決めたのー?」

「僕は勿論、第一高校さ。他の高校じゃ、レベルが低いからね」

「第一高校かー! すっごいねえ! 私なんて私立だよ?」

「それ一本に絞ろうと思ってるからね。僕は、私立とかは考えてないなあ」


 中学校3年生になっても、成績は学年でトップ。そうであることこそが、彼が学校社会で自己を保つことのできる唯一の手段である以上、下に落ちることは一切許されない。


 そうやって積み上がった実績は、彼のプライドになった。プライドが高くなれば当然、周囲との差で優越感を感じるようになる。


(――――――所詮中学のテストでもろくな成績が残せない奴なんて、金さえ払えば誰でも入れるバカ私立がオススメさ)


 にこやかにクラスメイトと話しながら、そんな風に見下していた。それこそ、スポーツ推薦などで進学するような奴らも、「勉強ができないから推薦を受けるしかない」と、内心バカにしながら。


 成績は優秀。このまま自分は、徒歩市一番の進学校である第一高校に入学する。


 そう、思っていた。思っていたのだ。――――――合格発表の日までは。


「……えっ?」


 合格発表の人混みが嫌で、自宅から合格発表を見ていた谷場は、愕然とした。


「……嘘、だろ……? な、何で! 何で!? 何で、ないんだよ!?」


 合格者一覧にあるはずの、自分の受験番号がない。前後の番号があったのに、肝心の、その間にあるべき数字が、すっぽり抜け落ちていた。


「す、英……」

「う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ……!!」


 震える手で、何度も合格者一覧を見直す。だが、何度見直したところで、結果は変わるはずもなく。


 ――――――英少年は、第一高校に落ちた。


「あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 両親に挟まれた英は、肩をガクンと落として慟哭した。それは、団地中に響き渡るような絶叫だった。


 理由はあれから25年経った今でもわからない。答案で見落としもなかったことを確認したし、名前を書き忘れるなんて初歩的なミスもしていないはず。


 となれば、自分の答えがそもそも間違っていたのか――――――? そんなことを考えたが、当時の答えを今更引っ張り出すこともできるはずもない。何より当時もショックが強すぎて、そんなことを考える余裕はなかった。


 不幸中の幸いだったのは、私立高校には合格していたこと。同級生には受験しないなんて言ったものの、両親に「せめて滑り止めぐらいは受けてくれ」と懇願され、仕方なく受けた。それが東京でもトップクラスの私立高校だったあたり、十分優秀ではある。


 だが、第一志望はあくまで第一高校。ここに合格できなかった時点で、英少年のプライドは既に、ズタズタに引き裂かれていた。


(……ど、どうする……!?)


 ここから考えられる進路は、2つに1つ。片や、東京の私立高校に、現役で進学するか。そしてもう一つの道は、浪人して第一高校を改めて受験するか。


(……い……嫌だ嫌だ嫌だ! 浪人、浪人なんて……っ!! それだけは……!)


 浪人するなんて選択肢は、英少年にはなかった。


 何しろ、散々バカにして来た同級生たちは、みな高校への進学を決めている。どれだけレベルが低かろうと、現役高校生と浪人生では、立場は雲泥の差だ。……英少年が勝手にそう思っているだけで、実際同級生がどう思っているかはわからないが。


 とにかく、浪人するとなると地元の視線が耐えられない。


(……こうなったらもう、東京に逃げるしかない……!)


 そうして彼は、まるで夜逃げでもするかのように、徒歩市から姿をくらました。東京に進学するからと一人暮らしを始め、さらには親に黙って勝手に苗字を変えて。誰にも知られないよう、知り合いに見られないように一番遅い夜行バスを使って、ひっそりと徒歩市を去った。


 ――――――当然、中学校の卒業式にも、出なかった。


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――――――小説をご覧いただきありがとうございます。


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