1-8
東京湾沿岸、フェイス襲来線『トワイライト・ライン』。
「あんま無駄遣いすんなよ?」
「わかってるって」
ラキュター達はそれまで身を投じていた仄暗い消耗戦から解放されつつあった。
彼らにとって明日はもはや悪化の一途ではない。
「お出ましみたいだ」
日暮れと共に発生するトワイライト・ライン。その陽炎のような揺らぎの向こうからフェイスはやってくる。
現れるのは人の顔を模したような面をつけた存在。獣を思わせるが、どこか歪な異形の姿。
夜明けと共にトワイライト・ラインが消失するまで、交代を繰り返しながら時たま現れるフェイスを狩り続けるのが彼らの役割だった。
現れたのは人を模したような存在。
胴と頭が大きく、手足は細く尖っている。
これまでに一度も現れたことのない姿だった。
「新型だ! 浅井は退避! 報告しとけ!」
「あいよ!」
「杉野! 止めるぞ!」
「了解!」
「残りは散開! フォロー頼む!」
現れたのは一体。
それまでのフェイスであれば問題なく対応できた。
倒しきれなくても足止めさえできれば、そう考え動く。
新型から「ふおん」と嫌に耳に残る音が発せられた。
その場にいた全員が体内をズタズタにされたような痛みを感じ血を吐き出す。誰も立ってはいられなかった。
新型は鈍い動きで通り過ぎようとする。
しかし頭を吹き飛ばされた。
「クソが……! ナメんじゃねえぞ……!」
浅井が血反吐を吐きながら絞り出した一撃で、新型は倒れ伏した。
「くたばんじゃねえ……! こっからだろうが俺たちは……!」
浅井の体が光を帯び、輪になり広がっていく。それに触れたラキュター達に光が灯る。
生きている。体の修復が始まる。
ほっと息を吐く。
厄介な新型だ。浅井は考える。
だがこれまで通り、面を破壊すれば済むようだ。
対応策は遠距離攻撃になるだろう。脆いし動きは遅い。ただの的だ。
さらに自身が動ける程度のダメージで済んでいるのは他より遠くにいたからだと判断した。
トワイライト・ラインから何が出てくるかわからない以上、今後は全員の初期配置が後方になる。
遠距離攻撃ができる奴の負担が増す。幸いな事にフェイス化の治療ができるという少女のおかげで使い潰すような事にはならないだろう。
だが、負担が極端に偏るのは気に食わなかった。
浅井は一度ため息を吐くと、兎にも角にも報告しなければと考える。通信機が壊れてないことを祈りつつ使用しようとした時、新型が蠢いているのを感じた。
即座に攻撃に移ろうとしたが遅かった、新型から何かが射出され、衝撃で吹き飛ばされる。
遠くでいくつもの衝突音がする。
「クソ……! 指令室! こちら第四班浅井! 応答しろ!」
通信機は沈黙を保ち続けた。
*
朦朧から意識を取り返す。
痛い。ちぎれそうな痛み。そんな事今はどうでもいい。
「つかささん!」
返事はない。やめて。
「つかささん!」
それだけはダメだ。
「返事をして!」
壁を突き破ってきた何かにつかささんは反応できていなかった。当然だ。私でもギリギリだった。でもかばえたはず。咄嗟に体は動いてくれた。なのに。
「どうして……」
つかささんは動かない。
きっと深いケガがいくつもある。
血が服を染めている。
這っていく。
少しでもそばに。
なぜこんな。
私たちはこれからなのに。
そうだ。
私には力がある。
回復の力。
ありったけをつかささんに。
光がつかささんに触れて、何もない。
光は灯らない。
つまり。
死。
違う!
そうだ、つかささんにプリテーションは効かない。
つかささん自身で治せなければ手遅れになる。
「つかささん! 聞こえる!? つかささん! お願い……!」
たどり着いた。
微かだが息をしている。
生きている。
手を握る。
強く。
「つかさ!」
目はぼんやりとだが私を捉えている。
生きている。
「治癒をして! ケガを治すの! あなたのケガを!」
薄っすらとほほ笑んだ。
意識はある。これなら。
体が修復されていく。痛みが消えていく。
つかさは私のケガを治そうとしていた。
「違う! あなたの! つかさのケガを治して!」
ちゃんと聞こえていた。ゆっくりとだが、今度こそケガが治っていく。
よかった。これで。でも治りが遅い。意識がはっきりとしていないせいだろうか。
気を失ったら終わりだ。私は名前を呼び続けた。
*
めっちゃしんどい。
頭がぐわんぐわんするし気持ち悪い。
反響しまくる狭い部屋で大音量聞かされてる感じ。
何これ二日酔い?
まさかな。
なんだろ。まあいいか。考えるのもだるいわ。
リラックスしよ。
「つかさ!」
え?
「治癒をして!」
泣きそうな顔してんじゃん。俺嫌なんだよそういうの。
よしよしちゃんと触れてくれてるな。じゃあ癒すか。
「違う!」
どういう事?
「つかさのケガを治して!」
俺? 何で? 身に覚えないわ。
あるわ。
俺めっちゃケガしてんじゃん!
あっぶねえー!
何があったんだよ怖えよ!
爆発事故?
これ気絶してたらそのまま死んでたな。
場所意識しないと治癒発動しないからな。
マジ助かったわ。ありがとな叶夢さん!
あーでも、集中できねえ。
頭打ったか?
とりあえず、頭と胴体か? 優先的にやるか。
*
はらはらしながら呼びかけを続ける
久慈堂は自身を一気に治すと、立ち上がり警戒する。
「何……こいつ」
全身が細く、うねうねと動く。嫌悪を感じる挙動。
業腹だが、と久慈堂は考える。新型だろう。そして、フェイスは全てどこかに向かおうとしている。こいつもそうなら、何もしなければ捨て置かれるだろう。この破壊を生み出した存在ならば、下手に刺激する事はできない。つかさのケガが治っていないのだから。
睨みつけられている新型は、びくん、びくんと体を震わせると、真っ二つになった。
そして倒れたかと思うと、体を修復させ二つに増え立ち上がる。
それを繰り返し始めた。
まずいと思った時には手遅れだ。久慈堂の戦闘能力は低い、手元に武器もない、
そして、新型がこちらを向いているのに気づいていた。否、正確には。最悪の展開になってしまったと久慈堂は唇を噛む。
新型の狙いは新道つかさだ。
ちらりと新道を見る。まだ時間がかかりそうだ。
増え終わったのか、新型は形を変え、あるいは逆に融合し、狼型等の既に知られている姿になっていく。
その間に変形しないままの新型が一体が前に出て、腕を伸ばし突き刺して来た。避ける事はできない。狙いはあくまで新道だ。何とか弾くが同時に深く切り裂かれた。
新型はまるで嘲笑するかのように体を震わせてさらに一撃放つ。
何とかしのぐ。また体を震わせる。
変形を終えたフェイスが二人を取り囲んでいく。
だが攻撃してくるのは一体だけだった。
「腹の立つ。なぶり殺しにしようっていうの」
だが久慈堂は笑った。遊びたいなら遊ばせてやる。なぶりたいならおもちゃになってやる。こちらには回復がある。いくらでも付き合ってやる。少しでも時間を稼ぐ。そう決意した。
次の一撃。
しかしそれは久慈堂には届かず切り飛ばされた。
新型が悲鳴とも威嚇ともつかない絶叫を発した。
「黙れ」
一瞬で切り刻まれた新型はそのままチリとなって消えた。
「遅くなった」
「
「無傷とはいかないか。許せんな」
二人を一瞥した深狭霧は表情を一段と険しくする。
「
<はい>
通信機から激情を抑え込んだ声が返ってくる。
「始めるぞ」
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