1-6
フェイス化の治療法が見つかった。
そんな噂を何度聞いたか知れない。
本部の人が言っていたらしいなんて流言飛語とか、フェイスをたくさん倒せばいいらしいなんて履き違えもあった。
それを毎回否定する損な役回りなのが目の前の人だった。
「フェイス化の治療法が見つかった」
だから、その人の言葉を鈍り切った頭が飲み込むのには時間がかかった。
「本当、なんですね……?」
つまらない冗談を言う人だけど、心を踏みにじるような悪ふざけはしない人のはず。
「うん。まだまだ検証は必要だけどね。少なくとも肉体の変異については解消されているようだ」
ついに。ようやく。やっと。いまさら。
本当に色んな事があったから。本当に色んな事を思い出してしまう。
でも、よかった。これで、みんな救われる。
投薬だろうか、手術? 時間はどれくらい必要かかるんだろう。大人数に行えるんだろうか。実用化までのハードルは? 協力できる事ならなんでもしたい。被験者になれというなら喜んでなる。何かあるから私に話したはず。
「それを何故私に?」
「うん。さっき紹介した子がいただろう?
「え?」
わざわざ会ってこんな重要な話までして頼む事がそれ?
新人教育なら私なんかより
話が繋がらない。
「……どうしてでしょうか」
「ああ、そうか。すまないね。今話した治療。彼女のプリテーションによるものなんだ」
プリテーション。
話は繋がった。どうしてそんなむごい繋がり方を。
プリテーションは有限だ。それはつまり、救いが有限という事だ。
それを知らないはずないのに何でそんな軽く言える? 絶望でしかないというのがわからない? そんな馬鹿な。
私たちは諦めと淡い希望の間で耐えている。バランスを崩してしまう事だってある。
そんな時に救いをちらつかされたら、それが限りある物だと知ってしまったら。
起きるのは、救いの奪い合いだ。
あっけなく何もかもが崩れ去るだろう。
それを。
「待った待った! 落ち着いてくれ。君が危惧するところは大体わかる」
「どういう、事でしょう」
「新道くんにはプリテーション使用後に毎回検査を受けてもらっている。何といっても未知のプリテーションだ。負荷がどれ程のものかもわからないからね。それで彼女はフェイス化しない可能性がある事がわかった」
「な……!」
「もっとも、これは現在の使用頻度でという話だ。それに被治療者の経過観察も注意深く行わなければね」
そんな事があり得るのか。あり得ていいのか。
「本当に興味深いよ。検査結果は確かにラキュターだと示しているのにね。ああそうだ気を付けてあげて欲しいことがあるんだ彼女の体の事で」
体? やはり何かあるの? 病弱とか?
「彼女の体、かなり脆い。そうだね……。ラキュターでない女性の体と同等ぐらい、と言えばわかるかな」
つまり、それは、一般、そう一般的な……普通の、人間、の体、に近い、という事だ。
「これは驚くべきことだ、彼女は単純な回復能力と認識していたがそ」
うらやましい、と思う気持ちはある。
「れならば身体能力の説明がつかない、彼女は」
でも、それ以上に背負わなければならないものの果てしない重さを考えてしまう。
「恐らくプリテーションを分解しているんだこれは固」
無理やりこんなところに押し込まれて、自由を削られ続けて過ごさなければならない。それだけでも辛いのに。
「有プリテーションのみならず身体能力の強化が、いわば基礎的プリテーシ」
知ってしまえばもう手放せない。誰もが求めるだろう。意思を無視してでも。それが権利であるかのように。
「ョンであるという説の補強となるものであってつまりフェ」
「博士!」
「あ? ああ……すまないすまない、少々熱が入ってしまったようだね」
「新道さんの件、確かに承りました」
「そうかい? 助かるよ。いやーよかった。これで安心だ。それじゃあ行こうか」
「え? どこへでしょう」
「見学さ」
*
異形になった部分が人間の物に戻っていく光景は、僕が考える以上に彼らラキュターにとって大きな意味を持つのだろう。彼女のような人には特に。
「はい、これでもう大丈夫ですよ」
「ああ、ああ……俺の足だ……」
新道くんが背中をさすってやっている。
被治療者との直接接触は最小限にと言っておいたはずだが。まああれぐらいはいいだろう。
彼女の役目は終わりだ。立ち上がりこちらに来た。
泣きじゃくっている久慈堂くんが気になるようだ。
「お疲れ様」
「あの……」
「いいよいいよ。うれし涙だ。存分に流させてあげるといい」
「そうですか……うれし涙……」
おや。新道くんはいつも朗らかだが。今は嬉しそうだった。
ハンカチを差し出したら抱きしめられてしまっている。助けを求める顔は困っていた。
「場所を移そうか。立てるかい? 久慈堂くん」
新道くんの検査が終わるまで、静かな場所で温かいものを飲んでいれば久慈堂くんも落ち着いていた。
「みっともない姿を見せてごめんなさい。改めまして、
「はい。よろしくお願いします。新道つかさです」
「うん。新道くん、何か困った事があれば久慈堂くんを頼ればいい。久慈堂くんもよく気にかけてあげてほしい。慣れない環境で不安も多いだろう」
二人の返事を聞いて頷く。
「あの」
新道くんは久慈堂くんをちらりと見て僕に言う。
なるほど。
「だめだよ」
許可なく能力を使用することは禁じていた。僕が目を光らせ続ける事はできないから、首をかしげている久慈堂くんに引き継いでもらう必要がある。
「新道くんはケガや疲労の回復もできるんだ。それを君に使いたいということだね」
「そんな……。新道さん、あなたはそんな事しなくていいのよ」
「そんな事じゃないです! 久慈堂さん、凄く、その、辛そうです」
「辛くなんてないわ。もう辛くないの。あなたのおかげ。だから、その力はあなたじゃなければ助けられない人のために使ってあげて。ね?」
「はい……」
「ありがとう。新道さんは優しいのね」
「いえ! ……優しくなんて。ただ、自分にできる事をやれるだけやりたいんです」
「そうなの……。そう……。なら、私にもあなたの手伝いをさせて。そういう事でいいんですよね」
「うん。ある程度はこちらで決めさせてもらうけどね」
「それじゃあ!」
「だめよ」
久慈堂くんは責任感が強く、やるべき事を曲げずにやれる人だ。……だからこそああなってしまった部分はあるが。新道くんに専念させれば本来の彼女を取り戻していけるだろう。
新道くんは安易に能力を使おうとする傾向があった。しかし、きっぱり言われれば無理に押し通そうとはしない人だ。久慈堂くんならブレーキ役になれる。
彼女がもたらした能力は三つ。対象を選ばないケガの治療。対象を選ばない健康の増進。フェイス化の治療。
フェイスに干渉できるならば、彼女は間違いなくラキュターのはずだった。
しかし新道くんから得られるデータは全て、彼女がラキュターではない事を示していた。
ラキュターではないはずのラキュター。何かがある。気付けていない何かが。
今の僕には彼女をラキュターだという事にするしかできなかった。
あまりにイレギュラーだ。しかし能力は典型的な回復特化、その拡張でもある。
このような事が続くならば、いつか終末のトリガーとされる精神系プリテーションも現れるのだろうか。
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