1-4
頭痛がする。
「
頷いた飛島さんがジョギングを始める。
その前を同じ姿の幻影が同じようにジョギングする。
飛島さんが突然飛び込み前転をした。
幻影はそのまま走り続けていた。
失敗だ。
「もう一度お願いします」
痛みが増す。
飛島さんが今度は歩き始める。
幻影もその一歩前を歩く。
幻影は分裂し立ち止まる物としゃがむ物、バク転する物、そのまま歩く物に増えた。
飛島さんはバク転して幻影の一つと重なった。
失敗だ。
「もう一度、お願いします」
集中しろ。わかっているはずだ。
飛島さんは頷くとまた歩き出す。その前を幻影が歩く。
幻影が立ち止まりこっちを向いてサムズアップした。
飛島さんは幻影とズレた位置でサムズアップした。
失敗だ。
頭がきしむ。顔がゆがむ。でもその方がいい。
痛みや苦しみをはっきり感じる方が人間らしい気がする。
もう一度だ。
「ここまでにしておこう」
「
「
「……はい」
「飛島。ご苦労だった」
「うーっす。じゃ、ちょっとお茶でも汲んできますよ。葦野くんは紅茶でよかったか?」
「あ、はい。でもそれなら僕が」
「いいっていいって。それじゃあちょっくら行ってきまーす」
「ああ。頼む」
飛島さんを見送る。自然とため息が漏れる。こめかみを押す。
今日もうまくいかなかった。
僕が今受けているのはラキュターとしての訓練、と言っていいのだろうか。ラキュターは暴走を乗り越えて自身のプリテーションを把握し、操れるようになる。僕は暴走時の記憶がなく、そのせいかプリテーションも碌に操れなかった。
「葦野。君のプリテーションは大きな可能性を秘めている。馴染むまでに時間を要するのもおかしな話ではない」
片桐さんの顔は、どこまでも真剣だった。
「それに私たち分析タイプのプリテーションは五感を拡張し酷使する。慣れない間は違和感や不快感から使いこなせない者も珍しくはない」
「はい……ありがとうございます……」
「なに、ただの事実だ。知識として持っておけばいい」
「……はい」
ここの人達は優しい。でも僕はうまくそれを受け取れずにいる。
優しくされるたびに、つかさを思い出してぎこちなくなる。
最後に見たつかさの顔が脳裏に焼き付いてる。僕と一緒にいたいと言ってくれたつかさの優しさを僕は拒絶した。またどうにかなってしまって傷つけたらと思うととても一緒にはいれなかった。
でも結局あんな辛そうな顔をさせてしまった。拒絶した事でまたつかさを傷つけた。
あの顔を見た後、色んな物、本当に色んな物が溢れてきて、僕はようやく泣けた。僕はようやく人間に戻れた気がした。
もし、もっと早く涙を流せていたら、あの時つかさの手を取れたのかもしれない。
そんな後悔が、優しくされるたびに浮かぶ光景が、僕にそんな資格はないと突きつけてくる。
「お待たせしましたー!」
飛島さんが戻ってきた。
「はい、紅茶」
「……ありがとうございます」
「片桐さんにはコーヒー」
「ああ、ありがとう」
「そんで俺は紅茶とクッキー」
「……飛島」
「わかってますって。みんなで食いましょ」
紅茶の香りを吸い込む。緊張が緩んでいく。一口飲めば苦みが温かさに乗って体に広がっていく。
少し、落ち着いた。
「うん、美味しいな。どこのクッキーだ」
「あっやっぱり気になりますか。俺も気になってた所なんですよ」
「おい」
「
「そうか、頼む」
「はい了解。ああそういえばさっきそこに新入りの子いたんですけどびっくりしましたよ! もうかわいいのなんのって! アイドルだったのかな? オーラっていうんですかね。存在感が凄い凄い」
心臓が跳ね上がる。もしかしたら。
つかさからラキュターになったという連絡は来ていた。僕は何て返せばいいかわからなくてそのままにしてしまっている。もうここにいてもおかしくない。
「その、どんな子でした……?」
「お! いいぞぉ葦野くん! そうだなあ、髪は茶色っていうか、ああちょうどこの紅茶みたいな色かな。それで長くてふわふわって感じ。顔立ちもこう優しそうだなーって雰囲気で、でも気が弱そうには見えなかったな。目鼻立ちがはっきりしてたからかも。手足もすらっと長くてねえ、それでだな葦野くん、なんとお胸がな」
つかさだ。
わかってたはずなのに、心臓が張り裂けそうになる。頭痛が激しくなる。吐きそうだ。つかさがここに、明日には死んでもおかしくない場所にいる。世界で一番つかさと縁遠いはずの場所に。
「飛島。席を外してくれ」
「ええ!? あ、あれ? 葦野くん? ああ……。ええと……すまない!」
「いえ……」
「いやいや本当にすまない! 今度メシおごるから! 片桐さんすいません!」
「いい。静かにな」
飛島さんが慌ただしく出ていこうとする。
ぱっと思い浮かんだ。一つ、聞きたいことがある。
「飛島さん! ……あの……つかさは……その子は元気そうでしたか」
「……ああ! とても元気そうだったよ! 間違いない!」
飛島さんが出ていった後、もう話し声も消えたはずなのに余韻のようなものが残っていた。
少し時間が経って、それさえも消えた。
「すまない葦野。飛島は気を回しすぎる癖があるんだ」
「……いえ。いいんです。元気そうだって、わかりましたから」
そうかという安心とやっぱりという危惧があった。
つかさは強い。僕なんかよりよっぽど。辛くても、苦しくても、きっと明るく振舞えてしまう。守りたい。せめて危険から遠ざけたい。でも、僕にそんなこと思う資格があるんだろうか。
「葦野。君たちの事情は聞き及んでいる」
「……はい」
「君は負い目を持っている」
「はい」
「その子の事は大事か」
「はい」
「その子の事は好きか」
「えっ」
片桐さんはまっすぐと僕を見ている。恥ずべきことなど何一つないというように。
僕は……。
「……はい」
「守りたいか」
「……僕にそんな事を思う資格なんて」
「葦野。私は資格の有無などを聞いているのではない。事実を聞いている。守りたいか」
「……はい。守りたいです」
「そのために全力を尽くせるか」
「はい」
「そのために生きられるか」
「はい」
「ならば、そのための力を一つ一つ付けていこう」
「……はい」
「そのための力を私たちは貸そう。私たちはそうしてきた。そうして生きてきた。君たちのための未来もその先にあるのだと私は信じている」
「片桐さん……」
「だからそう思い詰めるな」
「……ありがとうございます。なんだか……」
なんだか、涙が出てしまった。
「元気が出ました」
「そうか」
「後で飛島さんにも謝っておきます」
「そうか。そうしてやってくれ」
つかさ。
僕はプリテーションを使いこなす。そしてきっと君を守る。
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