第15章:ライトノベルとAVのタイトルがやたらと長い理由を俺はもう少しで理解できそうなんだ(第1話)

「説明しろ」豊橋は、部屋に入り、俺たちを見渡しながら言った。「金山。お前が今、ここにいるのは、2つの理由で不可解だ。ひとつは、平和島からここまで、車を使ったとしても1時間以上かかる。俺より早く到着するには時空間を捻じ曲げる必要がある。もうひとつは、逃げろと伝えた筈だ。メモだけでなく、メッセンジャーまで送った」

 話が見えない。

「豊橋よ、お前にこれ以上面倒をかけるのは気が引けるが、俺はここ暫くの記憶をどうやら失っている。最後に覚えているのは、お前が猫のヴァギナからUSBメモリを取り出した、あのあたりだ」

 豊橋は腕を組むと、鋭い視線を俺に向けて来た。

「お前が嘘を言っているとは思えん」豊橋が言った。「命の危険がある事を考えると、すぐにでも情報を共有して記憶の穴埋めをしてやりたいところだが、それよりも緊急性の高い質問を先にさせて欲しい」俺は頷いた。「まず、なぜコデックスがここにある。それから、この2人の女は何者だ」

「コデックスだと?」俺が訊いた。「この箱の事か。初耳だ」

 豊橋は首肯した。

「ついさっき俺が名付けただけだ。3Dプリンタで作り上げた、写しの様なものだからな」

 なるほど。コデックス(写本)って訳だ。豊橋らしいネーミングセンスだ。

「豊橋よ、話してやってもいいんだが、残念なことに、普段からせっかちで長話を極度に嫌う俺でさえ、長話にならざるを得ない程のストーリーを背負いこんでしまっている。口惜しいが、先に、お前に『不可解だと思う理由』を話す機会を譲りたい」

「いいだろう」豊橋が言った。「コデックスは、6つの部品に分解してアノニマスの連中に渡した。駅のコインロッカー経由でな。お前は覚えていないかもしれないが。だが、俺は意図的に7つ目の駅をお前に指定した。お前をアノニマスから逃れさせる為だ。だから、コデックスがここに存在する為には、アノニマスが6つの部品を組み立て、それをお前に渡している必要がある」豊橋は俺を睨んだ。「解るだろ。論理的な帰結はひとつしかない。お前自身が、元からアノニマスの一員だったという事だ」

 おいおい。そいつはタフだ。

 俺は、豊橋の目を見据えた。

「なるほど。俺は記憶を一部失っているから、その説を否定しきれないのがつらい所だ。俺が元々アノニマスの一員で、お前にコデックスを作らせ、完成したところで用済みの俺は記憶を消され、訳の解らない世界に飛ばされてしまった、という訳だ」

「訳の解らない世界だと…?」

 俺は首肯した。

「この巨乳で地味な美女と、このガキは、その世界の住人だ。トラブルに巻き込まれて、連れて来ちまった。この様子だと、恐らく元の世界に帰る事もできそうにないな」

「お前の言う通りだ。確かに、かなりの長話を強いられる背景がありそうだな。その証拠に、俺はお前が言っている事が全く解らない」

 豊橋が言った。そりゃそうだろうな…。お互いの認識を合わせる為に、相互に埋めなければならない情報を整理しなければならない。

「解った。まず、コデックスが何の機能を持っているのか、教えてくれ」俺が言った。「それが解れば、何故その箱が別世界に存在していたかも理解できるかもしれないからな」

「別世界…が何を指しているのか気になるが…」豊橋が言うと、ゆっくりとかぶりを振った。「俺にも、コデックスの役割や機能は解らない」

「おいおい」俺が言った。「自分で組み立てておいてそれかよ。それとも、本当は解っているが、リスク回避の為に知らないフリをしているんじゃないだろうな」

「そいつは名案だな」豊橋が、顎髭を触りながら言った。「お前がアノニマスだったとしても記憶を失っている、俺はコデックスが何なのか知らない。実に都合が良さそうだ。何も知らなければ、何もリスクがない。そこの巨乳美女には気の毒だが、この世界に死ぬまで留まって貰うとして、あとはコデックスを、そのガキがどこかに持ち出してくれれば無事にゲームオーバーだ」

 ガキだと?

 俺は、急いでフロルの方を振り返った。そこにはフロルの姿はなく、ミクルがおどおどしながら扉の方を見ていた。

「おい、フロルよ」俺は、視界からコソコソと消え、扉から出て行こうとしているフロルの姿を見つけ、叫び声に近い声を上げた。フロルが、驚いてびくっとなったのが解った。「一人でどこへ行くつもりだ」

 俺の言葉に、その場の全員がフロルの方に視線を向けた。フロルは、コデックスを脇に抱えたまま、部屋から出ようとしていた。

「今、聞いた通りだ」豊橋が、腕を組んだままフロルに言った。「コデックスが何に用いる物なのかは不明だ。恐らく、この世界でそいつの価値が解る人間を探す方が困難なのは間違いなかろう。お前がどこからどうやってやってきたかは知らないが、そいつを持ち出した所で意味を為さない。お前がアノニマスの一員でない限りはな」

 なんだって?

「豊橋よ」俺は、自分で焦りを感じるのが解った。「ベタな金田一少年の真似はそのくらいにしておけ。片っ端から犯人に仕立て上げるだけなら、子供でもできる。フロルと俺は、短くない期間、寝食を共にしてきた仲間だ。憶測でコイツを悪者にするのはやめろ」

「フロル、どうしたって言うの?」ミクルが口を開いた。「もし、元の世界に戻る為に、その箱が必要だとしても、持ち出す理由になんかならない。疑われる様な行動をした理由を教えて」

 言われたフロルは、唇を噛みながら、暫く俺たちと視線を交互に合わせていたが、やがて勢いをつけて扉を開け、玄関に向かって駆けだした。俺は慌てて、後を追った。外に出られては厄介だ。

「案ずるな」豊橋は、腕組みをしたまま、落ち着き払って言った。「扉がいつも内側から開くとは限らない」

 言った通り、フロルは玄関のドアをガチャガチャやっていたが、開かない事に気づくと、畜生、と大きな声を上げながらドアを強く叩いた。

 フロルは振り返ると、再び俺たちと対峙した。そして、手際よく、腰に佩いていた短剣を抜き、構えた。肩で息をしているのが解るが、いざ剣を向けられてみると、コイツの構えもまんざらじゃない。確実に俺たちは命の危険に晒されている。想定しなかった展開だ。

「フロルやめなさい」ミクルは、俺たちの前に立ちはだかり、フロルに向かって言った。「誤解されて裏切り者呼ばわりされるのは、貴女が可哀相。言いたい事があるなら言いなさい。ここには貴女の顔馴染みしかいないのだから」

 俺は、豊橋は初対面だがな、と心の中で突っ込んだ。

 フロルはミクルの言葉を聞き、暫く動きを止めたが、やがて脇にコデックスを手挟んだまま、飛び上がり、俺たちに襲い掛かってきた。さて、コイツのレベル1は、嘘だったのか、本当だったのか。それともコデックスに操られているのか。それならば、まだ度し様があるというものだがな…。

 俺は、ミクルを力づくで押し、床に倒した。その上で、向かってくるフロルの剣をどうにかして止めようと画策した。だが、それよりも早く豊橋が俺の前に出ると、どこから取り出したのか強力LEDライトを目に当て、怯んだ所でスタンガンを食らわせた。途端、フロルは痙攣したようにのけ反ると、床に倒れた。俺は、フロルの短剣を足で蹴飛ばすと、倒れたフロルの上に覆いかぶさった。豊橋はスタジオの道具箱から長めのタイラップを数本取り出すと、フロルを後ろ手にし、両腕をタイラップで巻き、手錠を作った。フロルは少し痛がったが、俺が初めて見る辛抱強さだ。

 俺はコデックスを取り上げると、テーブルの上に戻した。フロルは、床に転がしたままにした。

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