第12章:二號研究が成功した世界線を夢見るのは俺の趣味じゃないが、それは断じて悪い夢じゃない(第2話)

 俺は何もできず、何も言えないまま、5分程度カメラを回し続けた。アノニマスの連中がリスクを考えるなら、5分もコインロッカーを開けようとしないのはおかしい。俺がカメラを構えているからか? 違う。カメラよりも、第三者に荷物を持っていかれるリスクの方が奴らにとって重大だ。とすると…。

「諸君、待たせて悪かったな。御存知の通り、俺はビビリだ。アノニマスの連中が豊橋の荷物を取りに来ると思っていた。だが、この様子だと、それは間違いだったようだ。つまり、豊橋が荷物を渡す相手は、アノニマスじゃない」俺は言葉を切った。「この俺だ」

 俺は、地面に置いていた機材の入った鞄を肩にかけると、カメラを構えたままコインロッカーに向かった。念の為に、ホームに繋がる左右の階段を見遣った。怪しい人物の影は見られない。

 俺は、豊橋が銀の袋を入れたロッカーをゆっくりと開けた。中には…銀の袋があった。当然か。

 俺は肩でロッカーの扉をおさえると、カメラをロッカーの中に置いた。それから袋を取り出し、中を開けた。重量がある。最後の部品が入っているとしたら、それを俺に渡す理由は無いはずだ。俺を、アノニマスに対する囮に使わない限りは。

「これは…」俺は袋の中身を取り出した。「…意外だな。俺が豊橋に貸したトランシーバーだ。俺の手許に2台とも揃っちまった」

 俺にトランシーバーを返す、という事は、豊橋の中で、任務は完了している、という事だろう。

「他にも入っている」俺は、改めて袋に手を入れた。「…折りたたまれたA4のコピー用紙か」

 俺は、それを開いた。そこには豊橋の手書きで、こう書かれていた。『今すぐ逃げろ。データは全て消せ。俺のことは忘れろ。cicada10484は封鎖しろ。緊急性はお前が判断しろ』

「まずいな…」俺は、思わず呟いた。豊橋のこの書き方は、間違いなく命に関わる内容だ。もっと言えば、既に時間切れに近い。

「諸君、心から申し訳ないと謝罪を言いたい」俺は早口に言った。癪だが、声が震えているのが解った。「配信はこれでおしまいだ。cicadaも今日中に消える事になる。もし配信を録画したりDLしている諸君がいるのであれば、今すぐ削除する事をお勧めする。命に関わる」

 言い終わると、俺はビデオの電源を切り、SDカードを抜いた。そして、それを奥歯で強く噛み、破壊した上で近くにあった空き缶入れに捨てた。それからスマホを取り出し、急いで自分自身のTwitterとメッセンジャーのアカウントを削除した。カメラロールも確認した上で、俺の傑作AVを除く直近の写真や動画は全て削除した。

 もともと、分割は7つじゃなかった。恐らく、6つか、それ以下だったに違いない。豊橋は、アノニマスを撹乱し、俺を護る為に、わざと分割数を偽った。つまり、アノニマスは既に「箱」を完成させているに違いない。完成している、という事は、真っ先に命を狙われるのは、俺じゃない。豊橋だ。

 俺はトランシーバーとビデオカメラを鞄に突っ込むと、ロッカーを勢いよく閉め、豊橋が上がっていったホームへの階段に顔を向けた。もう豊橋は電車で移動したに違いないが…急いで階段を駆け上がった。

 ホームに人はまばらだった。電車はまだ来ていない。

 俺は、できるだけ目立たない様に、ホームの端に移動した。豊橋の事だ。墓地の隣の、あの襤褸アパートは既に解約済みだろう。となると、奴が行きそうな場所は…。 


「嘘だろ…」

 俺は、思わず声に出してしまった。ホームの最端、俺の目の前に、フードを深く被った黒装束の人間が立っていたからだ。そいつは、ゆっくりと振り返ると、ピエロの面を被った顔を俺に向けた。何故、ここにアノニマスが居る? 俺に用は無いはずだ。何故なら、俺は箱の正体を知らない。少しでも関わったから、消す必要がある、という事か? それとも…まさか、このピエロ野郎の正体は…豊橋か?


 アノニマスは、俺に近づくと、装束の下から黒い箱を取り出した。間違いない、豊橋が組み立てていた、アレだ。猫のヴァギナから出てきたUSBメモリと思われる物体が挿さっている。どうやら、設計図だけでなく、ドングルの役割もしていたと見える。

 次の瞬間、俺の頭の中で、電車の接近を示す平和島駅特有の「ババン・バ・バン・バン・バン」のシグナルが響き渡るのが解った。そして、そのまま意識を失った。

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