第172話 星暦553年 桃の月21日 旅立ち?(7)

「南周りの航路はオスレイダ商会の重要な収益の一部なのですよ!

あれから手を引くなんて、大損じゃないですか」

ジャムールが親父さんに食ってかかった。


あ~あ。


商売なんて、回りの環境や需要に応じて刻々と変わっていく状況に合わせて、何を扱うか、何に金を注ぎ込むか、注意しながら舵取りしていくもんだろう?


知らなくって大損するならまだしも、『南周りの航路に関与するガルカ王国がきな臭い』という情報を貰ったのに『重要な収益の一部だから』とその航路を使い続けることに執着するなんて、先見の明がなさ過ぎ。


と言うか、重要な収益の一部だからこそ、それが無くなっても立ち直れるように早い目に手を打つべきだ。


「短期的にほぼ変化のない農業地帯でも治める貴族ならまだしも、それ以外の人間という物は常に回りの環境に目を配り、必要に応じて行動を修正していく必要がある。

商会なんてその最たるものだ。

だからこそ、事業が安定している時期だろうと跡継ぎは新しい事業を見いだすなり既存の事業を改善するなりすることに成功した者がなるんだ。

もしもこの国とガルカ王国の間で紛争が起きた場合、南周りの航路を回っている交易船はガルカ王国に拿捕される。

紛争が収まるまで当然船は帰ってこないし、拘束された船員への補償は我々商会が払うことになる。

そして紛争がガルカ王国に補償能力を残したままこの国に有利に収まらない限り、我々が補償を受けられる可能性は低いんだぞ?」

親父さんがジャムールに言い聞かせた。


そうだよなぁ。

例えアファル王国側に有利な形で紛争なり戦争なりが収まったとしても、賠償する能力がガルカ王国に無ければ被った損害は返ってこない。


いつの日かは払われるかも知れないが、待っている間に商会そのものが破産する可能性がある。


まあ、今回は実際に紛争まで行かない可能性も高いが。

先にあの国が内部崩壊する可能性も高いだろう。


だが、あの国が内部崩壊を起こして治安が滅茶苦茶になったら、港に寄る外国船が襲われる確率は更に高くなるぞ?


しかもそうなった場合の補償の可能性は限りなく低いだろう。


どちらにせよ、南へ遠回りせずに東の大陸へたどり着ける航路が発見されたら、南周りの航路で入手した物品は価格競争に勝てなくて大幅に値下げする羽目になる。


なんと言っても、南周りの航路は大体2ヶ月半掛けて向こうにたどり着き、また2ヶ月半掛けて帰ってくるのだ。


それが東大陸へ直接行く航路は多分1ヶ月でたどり着けると商業省は見積もっている。

そうなったら、半分以下の期間で行ってこれるのだから船の人員や食料にかける費用が半分弱になるし、こちらに届く商品もそれだけ新鮮で劣化している物も少ないだろう。


紛争が起きて船を拿捕されるよりはマシだろうが、どちらにせよこのまま南周りの航路を使い続けていたら大損するのはほぼ間違いない。


・・・親父さんがどこまで推測しているのかは知らないが。


俺たちが長期の依頼を来年始めから請けるっていう話をシェイラはしているのかな?

商業省絡みの依頼で、水の精霊の加護持ちのシャルロが指名されたって話までしていれば確実に新航路に結びつくだろうが、そこまでは流石に話していないだろうなぁ。


でもまあ、南航路が使えなくなるから代わりの収入源を探し始めておけば、後で後悔しないで済む。

頑張ってくれ。


「しかし、急にそんなことを言われても・・・。

そうだ、ウィル君。君は魔術師だったよね?

何か事業化に向いた話なんか、魔術院で聞いていないかい?」

ジャムールがこちらを向いてにこやかに聞いてきた。


はぁぁ?

信じられない。


「さぁ。

魔術院とのやり取りは大体アレクが受け持ってくれているんで。

商業と関係するようなことはシェフィート商会に任せていますし」

取り敢えず、肩を竦めて答えた。


「だが、シェイラとこれからも付き合っていくなら、」

「そこまでだ、ジャムール」


俺に食い下がろうとしたジャムールを親父さんが遮った。

「これ以上みっともない他力本願な様子を見せるのなら、この時点で跡取り候補から除外する。

オスレイダ商会を担っていきたいと思っているなら、自力で結果を生み出せることを証明しろ」


シェイラが飲み終わった紅茶のカップをサイドテーブルに置いて立ち上がった。

「そうね、兄さんの悪い癖が直っていないなら、変にウィルを近づけて期待を持たせちゃあ悪いから、帰るわ」


他力本願って『悪い癖』なんだ?

まあ、『良い癖』ではないわな。


「今日は美味しいお茶をありがとうございました」

取り敢えず、親父さんに軽く頭を下げて、さっさと退散した。


「・・・ちなみに、シェイラってあの兄貴以外に兄弟なり姉妹なり、跡取り候補になりそうな家族はいるの?」

表に出て、辻馬車を探しながらシェイラに聞いた。


「兄は候補としては脱落寸前なのよ。

長男だからってことで跡取りだと誤解された外の人からちやほやされているみたいだけど。

弟はそれなりに頑張っているわ。でも、従兄弟の方が能力はありそうかな?」

肩を竦めながらシェイラが答えた。


長男なのに能力的には微妙で、シェイラどころか弟にも負けているなんて、切ないね~。

有能な妹が家業から飛び出して遺跡発掘なんていう事業と全く関係ない分野にいってくれたから、自分が跡取りだと思い込んでいたのかな?


「どちらにせよ、我々には関係ない話だわ。

折角だから西区の方に行って骨董街を見て回りましょう!」

はいはい。


そう言えば、王都の骨董街なんて行ったこと無かったな。

シェイラに色々解説して貰おっと。

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