第142話 星暦553年 黄の月6日 ちょっと趣味に偏った依頼(8)

「じゃあ、テントの後ろの巨木から始めるぜ?

適当に幹の周りを動きながら上がっていくから、人の手による傷や修復の跡が見えたら声を掛けてくれ」

シェイラの手を取りながら、浮遊レヴィアの術をかける。


・・・なんか、考えてみたら人の手をこうやってしっかり握るのってもの凄く久しぶりな気がする。

まだ両親が生きて居た頃は母や父と手を繋いで街を歩いていた漠然とした記憶があるが、孤児院に放り込まれてからは・・・手を握ってくるのは気持ち悪いほど汗ばんだ手が記憶に残っている変態だけだったからなぁ。


まあ、俺はそれ程可愛いガキでは無かったので、その変態に狙われることもそれ程なかったが。

その職員は俺たちを殴ったり蹴ったりしない上に、やたらと子供達に親切で、どこに行くのにも手を繋いでくれると幼い子供達の中では人気がそれなりにあった。

だが。

何か嫌だったんだよね、俺は。

2度目に手を握られて、何故同じ手を繋いで歩くだけなのにこうも居心地が悪いのだろう?と考えている間に、その男が他の少年を部屋に連れ込むのを目撃した。


その部屋から出てきた少年の顔を見たら、あの変態に手を握られて居心地が悪かったのは気のせいでは無かったのが明らかだった。他の職員にそいつのことを言ったら『変な言いがかりを付けるな!』と蹴られたので俺は孤児院から逃げ出した。


ちょくちょく警備兵や浮浪児が近づくのを嫌がった店主達に殴られながらも、俺は本格的に捕まることもなく、スリやこそ泥として何とか飢えを凌いで何年か過ごし・・・。

覚えていないが何らかの機会に盗賊シーフギルドの人間の目に留まって、色々技を教えて貰っていくうちにギルドの一員になった。


考えてみたら、俺を拾ってくれた盗賊シーフギルドの人間が誰だったのか、今度長にでも聞いてみようかな?

ギルドの採用担当と教育係は違うから、最初に『あいつは見所あるかも?』とギルドの教育係に言ってくれた人間は、色々教えてくれた教育係の奴らとは違うはずなんだが。


まあ、それはともかく。

スリは標的マークに触る必要があるが、出来れば相手が触れられたと認識しないぐらいにそっと触れるか、もしくは出合い頭にぶつかるような衝撃で相手の気をそらすようなタイプの接触が必要だ。


つまり、手を握ったりはしない。


魔術学院に入っても、特に人と手を握ることなんぞなかったし。


そう考えると、あいさつの握手以外でまともに人と手を握ったのって両親が亡くなって以来か?


だから、こうもシェイラの手が温かい感じがするのだろうか。


「凄くありがたいんだけど、なんで今回の依頼を請けてくれたのか、聞いてもいい?

実は、あの依頼料金は低すぎてまさか受けるとは思っていなかったのよねぇ。

交渉する為のたたき台として低めに値段設定したのに、そのまま請けてくれたから私もツァレスさんも、びっくりしたのよ」


そんなこんなで手の温かみのことを考えていた俺は、危うくシェイラの質問を聞き逃すとこだった。

「・・・うん?」


「今回の依頼。

魔術師としては、ありえないような低料金だったでしょう?

どうして請けてくれたの?」

シェイラが質問を繰り返した。


いやだって、これって殆ど遊びだからねぇ。

それを言うなら、シェイラだって似たようなもんだろうに。

「折角、魔術師という金を儲けやすい職業に就いたんだ。

毎日根を詰めて働かなくても生活費が稼げているなら、残りの時間は自分たちが楽しいと思うことをして過ごすのは当然のことだろ?」

シェイラが身を乗り出して巨木の幹の何か気になった部分を観察し始めたので、上への動きを止めて答える。


まあ、俺の場合は皇太子アンポンタン関係とか盗賊シーフギルド関係とかで時間を潰されることも多いが。


「これって楽しい?

私たちにとってはこれ以上ない位の興味が尽きない調査対象だけど、普通の人はそれほど考古学に興味がないんだけど」

どうやら気になったものは自然の傷だったらしく、再び動くように俺に身振りしながらシェイラが言った。


「ほかの人だって、実際に何百年の前の物を見ながら、それが何だったとか何に使われていたかとか、話を聞いたり意見を戦わせたら、もっと面白いと感じると思うぜ。

第一、興味の話で云うんだったらシェイラだって王都でも有数の商会の次女なのにこんなところで何をしているんだ?」

俺らは今年の売り上げ目標を既に達成したから好きなように遊んび交じりの仕事を選んだだけだ。

実は、この依頼が来なかったらハラファのところにボランティアに行こうかとも話していたぐらいだったからな。


ボランティアに比べれば、依頼料が少しは入るだけでもこちらの方が資金的にはましだ。

しかも、何か発見があれば俺達がそれを魔術院に申請できるし。


シェイラが肩を竦めた。

「商会で働いてお金儲けしても、面白くないんだもの。

ちゃんと周囲に注意を払って情報をしっかり集めていれば、金儲けなんて簡単すぎて退屈なぐらいよ。

それに比べて、殆ど元の形も分からない遺物から過去の人がそれをどう使っていたのか推測したり、たまに見つかる保存状態のいい遺跡から今まで色々な人が考え付いてきた推測が当てはまるか調べたりするのって、本当に楽しいの!

まあ、今まではそういう過去の研究について読んで学ぶしか出来なかったけど。だから、今回の発掘に参加できて本当にこの道を選んで良かったと思っているわ」


金儲けが簡単すぎて退屈だなんて、すごいな。

ある意味、商業の才能が有りすぎた弊害というやつか?


「お。

ここに、術がかかっているな。

ここから上がこの遺跡が現役だった時の部分だ」


さて。

今日中にこの巨木の観察を終了できるかな?

まずはこの術を解明したいが・・・雇われた身としては、先にシェイラが調べられるような魔術的ではない物を探すべきだろうなぁ。

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