第120話 星暦553年 萌葱の月27~28日 温泉って良いよね(2)

「う~ん、近所には全然ないね」

半日がかりで位置追跡装置を改造し、昨日1日かけて王都近辺の温泉の源流をマッピングした。

ちょくちょく進む度にアスカにおおよその深さを聞いていたので、それ程沢山の源流があったわけではなかったものの時間がかなり掛った。


その結果を昨晩地図に落とし込み、朝食の後に皆で見ているのだが・・・。


シャルロが言ったとおり、残念ながら俺たちの家の近所に温泉は無かった。

それこそ、庭に引ける範囲にあったらどれ程深くても掘るつもりがあったんだが・・・。

水源そのものがなかったらどうしようもない。


「となると、比較的浅いここら辺とここら辺が候補地かな?」

アレクが深さのメモを見ながら地図の2箇所を指す。


結局、温かい水脈は2本ほど王都近辺に流れていた。

一本は王都の北西から商業地域を通って海に流れ出ていて、もう一本は北西から貴族街を通って南の方へ抜けた後に海に流れ出る。


「・・・ちょっと貴族向けな高級商会が多い地域だから、こちらはちょっと銭湯には向かないかな。

高級路線な温泉宿を開くなら可能性があるかも知れないが」

地図を見ながらアレクがため息をついた。


おいおい。

幾ら最近それなりに資金的に余裕が出てきたとは言っても、ただの温泉を使った銭湯ならまだしも高級路線な温泉宿なんて開くのは無理じゃないか?


「こっちは・・・ダルベール伯爵邸、アズィール伯爵邸、ベラウズナ男爵邸、コルティン伯爵邸ってところかな。

ダルベール伯爵邸以外でもどこもウチと特に親しい訳じゃあないから、土地を使わせてくれって頼み込むのは微妙かなぁ」

シャルロがもう一方の地点を見ながら付け加えた。


ふむ。

最適なポイントは駄目なのか。

「残りとしては・・・こっち近辺も浅くなっているってアスカが言っていたかな」

源流を指で追いながら地図の右上を見ていて、手が止った。


「これって魔術学院だよね?」



◆◆◆◆


「おや、アレクまで来るとは珍しいな。

何か妖精森から持ってきたもので問題が起きたのかね?」

再び姿を現した俺に、学院長が聞いてきた。

おい。

何かその言い方って、俺たちが問題がある時しか学院長の所に来ないような感じじゃないか。


まあ、アレクはあまり学院長の所に顔を出さないらしいが。

・・・確かに俺は相談に来ることが多いが、お土産をもって来たりもしてるぞ!


「いえいえ、まさか。問題などありませんよ。

実は、西の妖精森には素晴らしい温泉という設備があったんです。

それを学院長や魔術学院の皆さんにも味わって貰いたいと思って」

にこやかにアレクが答えた。


昨日アレクとシャルロと相談した結果、魔術学院に土地を譲ってくれと交渉するのは無謀だという結論に達した。


いくら魔術学院が運営費用のかなりの部分を国や魔術院からの助成金に頼っていると言っても、土地を切り売りしなければならないほど貧乏な訳では無い。

と言うか、助成金に頼っているからこそ、勝手にその土地を売るわけにはいかないだろう。


そこで、無料で魔術学院の教師陣と生徒のために温泉設備を作る代わりに、俺たちにも使用権利をくれと交渉しようということになったのだ。


「温泉?」


「今回の事があってウィルの使い魔の土竜ジャイアント・モールに聞いて分かったのですが、実は王都の周りにも、場所によっては地下に温かい水脈が流れているんです。

それを大きなお風呂に引いてお湯を掛け流しにしておくと、いつでも素晴らしく気持ちがいい風呂に浸かって体の疲れや凝りを癒やせるという訳です。

魔術学院での勉強が如何に大変か、私達も経験があります。ですから皆さんのお役に立てればと思って。

一度設備を設置すれば、後は定期的な掃除とか保守だけですみますよ」

アレクの説明を聞いても学院長は首をかしげたままだった。


ううむ。

あの温泉の良さは一度経験しなければ実感できないからなぁ。

というか、気持ちが良いからって俺たちが魔術院に来る理由にはならないよな。

この際、ぶっちゃけちゃった方が良いんじゃないかな?


「西の妖精森は地下にある温かい水脈からお湯を引いた、温泉っていう共同風呂があってそれが素晴らしかったんです。

それをこちらでも再現したいと思って必要な道具とかを買ってきて、ここ何日かで王都近辺の水脈を調べていたら、魔術学院の敷地を通っていることが分かったんです。

だから俺たちがここに学院関係者用の設備を無料で設置する代わりに、その後の掃除とか保守を学院側に手配して貰って、俺たちにも利用権を認めて貰いたいなぁと思いまして」


アレクの計算では、魔術学院の敷地内に住んでいる教師達の入浴設備の代わりだと見なせばコスト的には十分元は取れるはずとのことだった。


生徒達は、教師達が使わない早い目の時間に順番で使えることにすれば良いだろう。

まあ、全員が毎日入るのは無理だろうが。


「・・・成る程。その温かい水流とやらがあまり都合が良い場所に流れていないわけか」

にやりと笑いながら学院長が言った。


「まあ・・・そうとも言えますね。

でも、我々がお世話になった先生達に温泉を楽しんで貰いたいという願いも本当ですよ」

にこやかにアレクが返す。


「どこに作りたいんだ?」

お。

前向きに検討してくれるの?

嬉しいねぇ。

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