第101話 星暦553年 翠の月5日〜10日 記録用魔具

メルタル師の相続人から買い取った記録用魔具を手に、リビングへ降りていった。


「なにやってるの?」

のんびりとお茶を飲んでいたシャルロが声を掛けてきた。


「やっとお祭りや魔力検査のゴタゴタが片付いたからな。

折角買い取ったこの記録用魔具をさっさと商品化してメルタル基金に寄付しようと思って」


メルタル師の屋敷にあった記録用魔具は記録用と再生用とがあり、それらを組み合わせればそのまま売り出せるのだが・・・。

ちょっとかさばるし、必要な魔石が大きいから高いんだよね。

もう一工夫した方が売りやすいと思う。


一応魔術回路は既に魔術院に登録してあるから極端に急ぐ必要はない。だから祭り騒ぎの間は後回しにしていたのだが、いい加減に何とかしなければいつまで経っても『いつか金になる物』のままだ。


「記録するのと、再生するのと、別なんだっけ?」

シャルロが俺の手元にある魔具をのぞき込みながら尋ねた。


「そう。しかも、それなりのサイズの魔石を使っているから高くつきそうだし。

最初は、遠くにいる親族や友人へのメッセージ映像を送るのにどうぞって提案する形の魔具として売りだそうと思っていたんだが、考えてみたらこれだけ高価な魔具を気楽に買える貴族や大商人だったら固定式通信機を持っている可能性が高いし、どうせ定期的に王都に出てきてお互いと会いそうな気もするんだよねぇ」


「固定式通信機はペアになっている魔石の相手としか通話できないから、親族全員とはやり取りできないよ。

お祖父様とかお祖母様みたいに年がいっていると王都までもそうしょっちゅうは出てこないし。

でも、記録用魔具では話し合えないからねぇ。

小さな子供の様子を知らせたりするのには良いかも?僕はちょくちょく会いに行っているからいいけど、他の親族とかは皆アシャル兄さんところのフェリスちゃんの様子を知りたいってよく言ってるよ~」

シャルロが魔具を弄りながらコメントした。


「ちなみに、どの位の時間を記録できるんだ?

例えばこないだのウィルとダレン先輩の演舞は見応えあったから、あれを記録した映像だったらそれなりの需要があったと思うぞ」

後からリビングに入ってきたアレクが口を挟んだ。


なるほど。

映像そのものを売り出すという手もあるのか。

まあ、勝手に映像を売り出したら映っている相手が不快だろうから断りを入れておかないと駄目だろうが。


ふむ。

自分用の映像だったら断りを入れる必要は無いよな。

「そうか。何度でも記録も再生も出来るなら、訓練の時の自分の様子を確認したり、模範を見せるのにも使えるかもな。

そうなると、軍に売れるかも知れない」

親族に子供の様子を知らせるのも良いが、軍用の方が頑張って小型化して単価を下げなくても売れそうかな。

どのくらい記録の取り直しや再生の繰り返しが出来るのかを確認して、まずは軍に売りに行ってみるか。


「と言うか、あの演舞だったら迫力あったし見応えあったから、あれを娯楽用に買おうっていう人も居たと思うよ。

僕もあったら買ったと思うし」

シャルロがにこやかに付け加えた。


「長時間記録できるならば劇とかを記録して売り出すという可能性もあるな。

ただし、その場合は密かにこっそり記録して売り出されたら劇場側が困るだろうな。

ちなみにどの位の距離から記録できるんだ?」

アレクが気になる点を指摘してきた。


そうか。

勝手に映像を撮って売るということも可能になっちゃうかもしれないな。

「流石に、劇を全部記録しようと思ったら家が買えるぐらいの高価な魔石が必要になるから、そこまで心配は要らないと思うが・・・。

ほんの短い間だったらそれほど魔力は必要としないから、主役のポスターのより鮮明なバージョンとして使えるかもな。

だとしたら、これは再生する方だけを劇場側が売り出しても良いかもしれない」


こちらは売り出し用に安い形に加工する為の研究が必要だな。


「基金にだったら僕だって寄付したいぐらいだから、手伝うよ~」

「私もだ。丁度今は手が空いているし、どうするのか色々考えよう」

二人が声を掛けてくれた。

有り難い。やっぱり、色々話し合うと新しい考えが浮かんでくるんだよな。


◆◆◆


魔術としての記録用の術というのは普通に魔術学院で学んだが、実は記録用魔具というのは殆ど無い。

術を魔具へ落とし込めたメルタル師は中々の凄腕研究者だったのかも知れない。


俺が何を言いたいかと言うと・・・。

今回は今まで良くやっていた、特許切れのアイディアを利用するという手が使えないんだよねぇ。

メルタル師もそれなりに研究を重ねてきて創り上げたのだろうから、それを俺たちが数日でちゃちゃっと改善するなんていう都合の良いことは無理だった。


「うう~ん。

あれにもこれにもって無理があるね。

確かに、演舞や訓練中の映像記録・再生は役に立つだろうし、記録そのものは一瞬にしてその姿をポスターみたいに再生するというのも需要があると思うけど、術の利用方法が全然違うからどちらもなんて欲張ったことを考えたらどっちもいつまで経っても終わらないんじゃない?」

5日間も色々試しては壁を乗り越えられていなかった俺たちは工房でお茶を飲みながら頭を抱えていたのだが・・・シャルロがとうとうダメ出しをした。


「だよな・・・。

としたら、やはりポスターみたいな再生の方が需要があるかな?

学生の頃に見た『雪の姫の魔法剣士』に対する女性陣の熱狂ぶりを考えると、熱狂的なファンだったら俳優の精密な映像が買えるんだったら買いたがるだろうと思うんだよね。

実際に、劇場の側で主人公役の男の中々高値な油絵とかも売ってたし」

結婚式とか赤ちゃんの映像を残してもいいかもしれないしな。

絵と違って魔具だったらさっさと撮れるから、子供相手には向いているだろう。

結婚式だって式を中断して絵を描くわけにはいかない。一瞬で撮れる魔具の方がより正確に素早く出来る。


まあ、結婚式は特に見栄えが良いシーンを選べば良いが、子供の場合はどんどん育っていく姿を記録していこうと思ったらかなり大がかりな金額が必要になっってくるが。


「だとしたら、記録する回路を一瞬にする必要があるな」

アレクが大きく息を吐きながら立ち上がる。


記録に関わる部分の回路は大体分かったから、後は記録の時間が一瞬になるまでそれを根気よく弄る必要がある。


「じゃあ、僕はこちら側から弄り始めるね。ウィルはこっちから始めてよ」

シャルロがテキパキとそれぞれに弄る回路の部分を振り分け、作業に掛った。


シャルロは意外とこういう地味で根気がいる作業を苦にしないんだよなぁ。

俺は・・・苦手。

というか、何かを狙って待ち受ける間はじっとしているのも平気だけど、仕事としては動き回っている方が好きだな、考えてみたら。

発明家としてはちょっと失格かも。


◆◆◆◆


「ほおう、記録用魔具ね。

メルタル師が研究しているというのは聞いたことがあったが、実用化させていたのか」


アルヌとパラティアの魔術学院でのスポンサーとして一度出て来いと学院長から連絡があったので、気分転換を兼ねて来てみたら相変わらずジーサンはお茶を飲んでいた。


「奥さんが生きていたときの映像があるので、かなり前から実用化はしていたと思いますよ?」


学院長が肩を竦めながらお茶を淹れてくれた。

「大分昔の話だったからな。

メルタル師は奥方を亡くしてからは子供達に関すること以外では極端に出不精になったんだ。

魔術院に特許が登録されていないことからも分かるように、結局その記録用魔具だって売りに出さなかったようだし。

まあ、何か面白い物が出来たらもってきてくれ。

メルタル師の基金への寄付の意味もあるし、1つ買おう」


そりゃどうも。

俺たちは、そんなお情けでの買い物をして貰わなくても多数の人が買いたくなるような物を作るんだから、学院長に寄付代わりに買って貰う必要はないんだけどね。


「ちなみに魔術学院でのスポンサーってなんです?

俺にはそんなの居なかったですよね?」

少なくとも、紹介された記憶はないぞ?


「昔はそれこそ保証人のような扱いだったが、今では単に何か相談したいことがあったときに気軽に相談できる魔術師がいた方が良いだろうということで設定される登録制相談相手のようなものだな。

ちなみに、お前のスポンサーは私だったぞ。色々相談にのっただろう?」

相談に乗ってくれた・・・かなぁ?

下町とかで問題が起きたときに助けて貰ったことはあるが、ちょっと魔術師になるための相談とは違った気がする。


「ほれ、ここに認証印を付けろ。

魔術学院側の手続きはこれで終わりだが、月に一度ぐらいは子供達に会って相談にのるなり気分転換に協力するなりしてやるのだな」

書類を俺に手渡しながら学院長が指示した。


・・・月に一度か。

それなりに頻度が高いな。

つうか、あんた俺に月に一度も会わなかったじゃん。


なんかちょっと納得いかね~。

シャルロやアレクのスポンサーとの関係がどうだったのか、聞いてみよっと。



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