第95話 星暦553年 翠の月1日 祭りの後(2)(一部学院長視点)

「魔術を学んだ人間が魔術師なんだ。

魔術を勉強したいが魔術師になれないってどういう意味だ?」

さっきまで元気に遊び回っていた様子から一転して、少年は俯いてしまっていた。


「俺、孤児だし。

・・・ルドに入っているから・・・」

何やらもごもごと少年が答える。


「別に、孤児でも構わないんだって。

3年間魔術学院に通っている間は寮で暮すんだが、それなりに魔術院から援助があるから下町で暮すのと殆ど替わらないぐらいの値段だし、それと学費とを合わせた金額を奨学金として借りられるから大丈夫だ。

お前なら、間違いなくちゃんと魔術師として稼いでいける。普通に真面目に働くだけで直ぐに奨学金で借りて金額なんて返せるぜ。

俺も孤児だったが、この通り無事魔術師として活躍できてるんだ。俺より魔力ギフトがありそうなお前なら、努力すれば絶対に一人前の魔術師としてやっていける。

・・・待てよ、ギルド?お前、ギルドに既に入っているのか?!」


少年を説得しようとして話している間に、少年が言っていた最後の言葉が頭に入ってきた。


ギルドだって?

この年で、孤児が入れるギルドなんて裏ギルドしか無い。

「どのギルドなんだ。手袋か、それともワインか?まさか鎌じゃあないよな?」


裏ギルドの隠語として、手袋は盗賊シーフギルド、ワインは娼婦ハーロットギルド、そして鎌は暗殺アサッシンギルドを意味する。


盗賊シーフギルドならば俺の前例があるし、依頼を受けることがあるとは言っても殆どは自分でやっている自営業のような物なので、抜けるのは簡単だ。


娼婦ハーロットギルドは先に金のやり取りがある場合が多いので返金が必要になるかも知れないが、要は金で解決する。


暗殺アサッシンギルドは・・・。

一番難しい。


既に人を殺しているとしたら本人の精神が歪んでいる可能性があるし、まだ殺していないとしても魔力ギフトを有している便利な人間を暗殺アサッシンギルドが手放したがらないだろう。


更に。

暗殺アサッシンギルドは基本的に依頼を受けて動く組織だ。

つまり、何かの仕事に関与したことがあるとしたらそれなりに金のある人間が出した誰かを殺す依頼の詳細を知ってしまっているかも知れず、ギルドを離れるとなったら口封じの恐れもある。


しかも、暗殺アサッシンギルドの一員だったというのは盗賊シーフ娼婦ハーロットギルドの一員だった事に比べて悪名度がダントツで高い。


後々脅迫の材料になりかねないぐらいに。


さっきの遊んでいた様子を見る限り、まだ人を殺していないか・・・もしも既に殺人を経験しているのにあんなに楽しげに気楽に遊べるのならば、場合によっては魔力ギフトを封じた方が良いかもしれない。


人殺しが好きだったり、人を殺すことに何の罪の意識も感じない人間が魔術師になるなんて危険すぎる。


「・・・鎌」

俺が裏ギルドの隠語を知っていたことに驚いた顔をしながら、少年が答えた。


「母親が死んだ時に、引き取ってくれたおっさんがギルドの人間なんだ」


平凡そうな顔をしているのが気に入られたのか。

それとももしかしてこの少年の親も暗殺アサッシンギルドの人間だったのか。


流石に、魔力ギフト持ちであることを見抜いて引き取ったというのは無いと思いたいが。


「取り敢えず、ちょっと魔術学院に行って相談に乗って貰おう!」

神官に挨拶をして、少年の手を取って魔術院へ向かう。


こういう時は、学院長に相談するのが一番だ!


◆◆◆◆


>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット


ノックの音と共に、先日相談に現れたウィルが頭を突き出してきた。

「こんにちは、学院長。

ちょっとまたお時間を頂いても良いですか?」


ふむ。

昨日の魔術院主宰の祭りが無事終わり、今日は神殿教室に回って魔力ギフト持ちの子供達を探しに回っていたはず。


態々・・・それも子供を連れてきたと言うことは、何か問題があったらしい。


「良いぞ、入りなさい。

ちょうどお茶を飲もうと思っていたところだ。君たちにも淹れてあげよう」

応接スペースにあるソファを勧めながら、ティーポットと湯沸かし器へ手を伸ばす。


ウィルが連れてきた子供は、10歳程度で栄養失調一歩手前といった感じにかなり細い。

服装から見たところ、下町の・・・孤児か?


他に誰も一緒に来ていないということは、ウィル本人が見つけたのだろう。

少年にとっては幸運だったな。


これが頭が固い魔術師だったりしたら、都合が悪い立場の孤児を見つけたら相談するまでも無く安易に魔力ギフトを封じてしまおうとしたかも知れない。


とは言え、少年自身はウィルを信じていないのか、今にも逃げ出しそうな顔をしている。


クッキーもついでに出すかな。

甘い物というのは子供の警戒心を解くのに良く効く。


◆◆◆


「それで?

何を相談しに来たんだい?」

お茶を入れて皿に載せたクッキーを勧めながら尋ねる。


「今日、神殿教室へ魔力ギフト持ちの子供を探して話をするために行ったのですが・・・。

こちらのアルヌは魔力はかなりあるのですが、既に暗殺アサッシンギルドに属しているとの事なのです。

こういった場合はどうなるのでしょうか?」


少年の前だからなのか、随分と丁寧な言葉遣いでウィルが状況を説明した。


ふむ。

暗殺アサッシンギルドか。


成る程、ウィルが相談に来るわけだ。

ウィルの状況も特殊だったが、それよりも更に問題があるケースなんて珍しい。


とは言え、これだけ魔力をもった人間が暗殺アサッシンギルドで台頭していくなんてことになっていたら何が起きたか考えるだけで頭が痛くなる。現時点で発見できたのは幸運だったな。


「アルヌ君といったか。

私は魔術学院の学院長だ。

暗殺アサッシンギルドに属しているとのことだが、君が魔力ギフト持ちであることが判明した為、君の将来には幾つかの変化が訪れることになった。

まず、君が魔術師になりたいと思っていて、殺人に禁忌感を抱いていないとか、良心が欠落しているといった人格的な問題が無い場合は、ギルドとは私が話を付けよう。

これでも特級魔術師で、それなりに表の世界にも裏の世界にも伝手がある。

君に問題が無ければまだ未成年の少年を暗殺アサッシンギルドから引き抜き、その過去を再構築するぐらいのことは問題無く出来る」

少年がこちらの話を聞いて目を輝かせている。


どうやら、魔術師になりたいようだな。


「反対に、君が魔術師になりたくない、もしくは暗殺アサッシンギルドに適した人格だった場合は、君の魔力ギフトを封じさせて貰う。

魔術院は戦争などと言った特別な状況を除き、魔力ギフトを使った殺人を認めていない。だからその魔力ギフトを使って暗殺アサッシンギルドで働けばどうせ魔術院によって拘束されて処刑されることになるから、その手間を省く訳だな。処刑の代わりに魔力ギフトを封じるだけだから、長期的には君の寿命を延ばすことになると思うよ?」


アルヌ少年の顔が面白いほど蒼くなった。


「この学院の責任者として、私には幾つか確認しなければならないことがある。だから嘘をついたら分かる術を掛けた上で君に質問をしたいが、構わないかね?」


処刑、という言葉に体を震わせていたが、アルヌ少年はこちらのことを恐れずに目を合わせてきた。


「構いません。まだ、人は殺してない。

殺さなくても生きていけるなら、その方が良いと思うし」


◆◆◆◆


「久しぶりだな」


紙の式を飛ばして連絡を取ったものの相手が応じるかどうかは分からず、今晩中に来なかったらウィルに盗賊シーフギルド経由で相手の場所を探して貰おうと思っていたのだが、帰宅したら暗殺アサッシンギルドの副長がリビングの陰に佇んでいた。


「去年の春先に悪魔を追い払って貰った恩は忘れていませんからね。

借りを返せるのならば大歓迎ですよ」


暗殺アサッシンギルドの副長が前に出てきた。


「別に貸し借りと考えて貰わなくても良いんだがな。

まあ、それはともかく。そちらのギルドに属しているアルヌという少年にそれなりの魔力ギフトがあることが判明した。

本人はまだ人を殺していないようだし、周りに漏れたら困るような重要な秘密を知っている様でもない。本人は魔術師になることに興味があるらしいので、暗殺アサッシンギルドから抜けさせて欲しい」


さて。

偶然だったが、少年を引き取った暗殺アサッシンギルドの人間というのがこの男だった。どういう理由で引き取ったのかはアルヌも知らなかったが、ここの反応で理由が分かるかも知れないな。


「アルヌに魔力ギフトがあるのですか?!」


この驚き様からすると、将来的に裏で魔術を学ばせて魔術の使える暗殺者を育てようというのが目的だった訳ではないようだ。


助かった。

そんなことを考えているならば、徹底的にそれを叩き潰すために魔術院と暗殺アサッシンギルドの全面戦争になりかねなかったところだ。


ただでさえ只人には使えない魔術という力を駆使する魔術師という存在は、平民から貴族まで、全ての人間から僻みと妬みを含んだ疑惑の目で見られやすいのだ。


魔術師が暗殺者として活動しているなんてことが広まったら、普通の魔術師にどれほどの制約がかけられるか、分かったものではない。


「あれの父親には借りがあったのですよ。

下町の孤児なんて、どうせ最終的には裏ギルドのどれかに入らなければ生きていけませんからね。だったら私の目が届くうちのギルドの一員として育てていく方が良いかと思って入れましたが、魔術師になれるならばその方が良いでしょう。

特に重要な情報はまだ何も知っていないので、記憶を封じる必要もありません。

連れ出すことになるウィル氏にはそれなりにサポートを期待しても良いのですよね?」


どうやら、ウィルが神殿教室でアルヌを見つけて私のところへ連れてきたことは既に知っていたらしい。


ウィルが盗賊シーフギルド出身ということも知っているようだし、裏ギルドの情報網というのは大したものだな。


「そのつもりだと思うし、私も気にかけておく」


「よろしくお願いしますね」

小さく頷くと、副長は庭へ出る両開きの窓から音を立てずに出ていった。


・・・別に、玄関から出ていってくれてもいいんだけどなぁ。

ウィルにしてもこの副長にしても、何故裏出身の人間というのはこうも玄関を嫌うのだろうか。


まあ、それはともかく。

あっさり片付いて良かった。


心眼サイトにかなり特化しているウィルに比べ、アルヌ少年はもっと一般的な魔力ギフトを持っているように見受けたが、彼はどのような魔術師になっていくのかな?




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