第78話 星暦553年 紫の月29日 船探し(8)(第三者視点)
>>サイド ヴァナール
「じゃあ、明後日の朝にまたここで」
アレク・シェフィートが別れ際にこちらへ小さく頷き、仲間と一緒に屋台の方へ歩いて行く。軽い足取りで街へと歩く彼らを見ていると、何かモヤモヤした感情が胸の中に広がった。
別に、ヴァナールの将来に立ちこめる暗雲は彼らの責任では無い。
それどころか、この調子だったら上手くいけばアドリアーナ号を回収してくれるかもしれない。
そうなればダルム商会はアドリアーナ号が沈む前に期待していたほどの躍進は無理にしても、今までのように堅実な商売をやっていける可能性は高く、自分の将来も比較的悪くないものになるはずだ。
だが。
それらは希望的観測でしか無い。
何かに躓くと、普段はどうと言うことでは無い問題が何故か乗り越えることの出来ないような大問題へと発展し、何もかもが上手くいかなくなることだってあるのだ。
アドリアーナ号の失敗は、ダルム商会への信頼を多少なりとも損ねた。
そして何よりも、『運が悪い商会』という印象を他の商売相手に与えただろう。
運なんていう形の無いものは誰も真面目に話題には上げないが・・・誰だって、不運に取り憑かれた相手と仕事をするとなったら躊躇する。
そんなことを考えると、こちらはなんとも言えず不安感を抱える毎日なのにあの三人は・・・。
能天気に毎日楽しげに海底を探索していたと思ったら、何と今度は大金が期待できる大型沈没船の発見だ。
しかも、ダルム商会に金を貰って探索している最中に見つけたというのに、この沈没船からの利益は全て彼らに行くという。
通常の
だからダルム商会もシェフィートら魔術師がアドリアーナ号を探す際に他にも船を見つける可能性は低いと考え、もしも発見した際の利益を放棄する代わりにアドリアーナ号へ権利を認めないという条件で彼らを雇った。
どうせなら、彼らが発見した物を全てダルム商会のものとする契約にしておけば、アドリアーナ号クラスの船がもう一隻建造できたかも知れなかったのに。
どうしようも無いことと分かっていながらも、色々な考えが頭の中をぐるぐる回り、それが更に苛立ちを強める。
「こういう場合は、酒だな」
頭を振ってモヤモヤから目をそらし、酒場へ向かった。
いつもの探索の後に沈没船を調べていたせいで既に日は暮れており、酒場は一日の仕事を終えた男達で溢れていた。
「いらっしゃい!何がいい?」
酒場の女将が声を掛けてくる。
「肉とワインをくれ!」
アドリアーナ号が沈没した話を聞いて以来、もしもの時の為に他の商会に口をきいて貰う際の袖の下用に金を節約してエールで我慢していたのだが、この調子ならあの3人組はアドリアーナ号を見つけてくれるだろう。
今日ぐらいはワインを飲んでも良いだろう。
そう。
彼らには感謝すべきなのだ。
『何故彼らだけ上手くいくんだ』ということなど考えずに。
久しぶりにワインを飲み、気持ちが良くなってきて女のところにでも行こうかと考えていたヴァナールの横に誰かが来た。
「よう、兄ちゃん。
一杯奢らせてくれ」
どこかで・・・そうだ、確か
「何の用だ?」
「あの坊ちゃん達がまた船を見つけたようだが、どんな感じなんだ?
縁起のいい話なんだ、是非もっと教えてくれよ」
ワインで少しぼやけてきた脳裏に、警戒感が浮き上がってきた。
だが、自分が彼らと一緒に活動していたことを何故この男は知っているのだ?
「・・・何の話か、知らんな」
ワインのボトルを酒場の女中から受取り、ヴァナールのグラスに注ぎながら男が笑った。
「白を切らなくても良いんだぜ。
あの坊ちゃん達が来てから、きっちり調べていたんだ。
あんたがダルム商会から派遣されて一緒に行動しているというのも聞いている。
なに、別に船そのものをかっぱらおうなんて考えちゃあいない。
ちょっとぐらい話を聞かせてくれてもいいだろう?」
ちらりと、手の中に持っている金貨を見せながら男が聞いてきた。
「・・・何故あの三人に目を付けていたんだ?」
自分のグラスにも注いだワインを飲み干しながら、男が笑った。
「俺たちの中には、10年探しても沈没船を見つけられない人間だっているんだぜ。
3年で見つけられれば幸運な男と町中で言われるのが、
なのに、あの坊主達は去年学院の休みとやらでこっちにきて、数日で船を見つけたんだ。
あれ以上幸運の女神に愛されている連中はいないだろう?
前回が単なる偶然にせよ、今回も『偶然』が重なる可能性だってあるんだ。
可能性に賭けて行動するのが
なるほど。
既に去年、沈没船を見つけているのか。
何故彼らがこの仕事を依頼されたのか、説明されていなかったのだがやっと納得がいった。
・・・去年、見つければ数年遊んで暮らせると言われる沈没船を見つけていたのか。
それがまた、もう一隻見つけたとは。
一体どれだけ彼らは運がいいのだ。
先程無視したモヤモヤが、またもや胸の中から湧き上がってきた。
さっきよりも重く、暗くなって。
男の手の中にある金貨が、薄暗い酒場の中でランプの光にきらめいた。
「・・・何かするなら、俺に繋がらないようにやれよ。
下手なことをしてダルム商会に睨まれたくないんだ」
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