第76話 星暦553年 紫の月29日 船探し(6)
「次は2列先、左から3つ目よろしく」
メモを見ながらシャルロがヴァナール(お目付役の航海士ね)に声を掛けた。
ちなみに指示しているのは沈没船かもしれない物体があった光源の場所だ。
毎日こつこつと海底を探してきたが、まだアドリアーナ号は見つかっていない。
俺たち用の個人に見つけた沈没船としては漁船が8隻と小さな商船(殆ど漁船と変わらないぐらい何も残っていなかった)が3隻、中くらいの商船が1隻だった。
どれも、目に付いた物は回収したものの態々船を引揚げるほどの事は無いかな~という物なので確認した後には放置決定。
いい加減、もっと面白い発見があると良いのだが。
今回も、以前と同じように10%の手数料で売りさばくのを手伝ってくれるとアレクの兄貴が言っていたし。
最初は俺たちがやることに一々目を丸くしていたヴァナールだったが、最近は大分慣れてきて何も言わずに帰りの確認ルートを光源の場所を言うだけで効率よく廻ってくれている。
とは言え、俺たちの無駄話には付き合ってくれないけどね。
「お、今度は大きい船なようだね」
アレクが声を上げた。
かなりの部分は海底に埋もれているようなのでそれなりに古い船のようだが、船首像とその周辺のサイズを見る限り、以前発見したアルタルト号に近いかもしれない。
「清早、いつものお願いしていい?」
「ほいよ~」
ひょいっと清早が手を叩くと、俺たち3人の周りに空気の膜ができた。
これでボートを離れても濡れずに動き回れる。
俺とシャルロは精霊の加護のお陰で溺れないので、最初の沈没船では俺とシャルロがそのままざっくり探索をしたのだが・・・ボートを離れたら服は濡れる。
ボートに戻った後にこの寒いさなかずぶ濡れというのはかなり厳しかった。
なのでちょっとやり方を変えたわけだ。
海の中用に多少出力を修正した
前回は特に何も考えずに水を抜いたが、考えてみたら下手をしたらあれで客室にあった装飾品などが海に流出してしまったかも知れない。
まあ、船室で適当に置いてあった物は船が沈没して船室に水が流れ込んだ際に流出していた可能性の方が高いけど。
それはともかく、今回は取り敢えず水は抜かずに見て回ることにしている。
まずは何処かに穴が空いているかを確認するために周りを見て回っているのだが・・・。
結局、埋もれていなかったのは船首像を含めて全体の3分の1程度だった。
前回もだけど、船首像が上に来ていると言うことは船って尻の方が重いのかな?
それとも軽い方に船首像を付けているのか?
単なる偶然かも知れないけど。
それはともかく。
とりあえず、埋まっていない部分には目立った大きな穴は無かった。
まあ、後で回収することに決めたらその際に持ち上げて穴の有無を確認して塞げばいいかな。
じゃあ、次は中身の確認だ。
「じゃあ俺とアレクで中をささっと見てくるから、シャルロは船首像を描き写しておいてくれる?」
どうせ、こんな古い船では船名も読み取れないだろう。
船首像が一番確実だ。
後は倉庫に入っている物の一部にでもそれなりに特徴があればより分かりやすい。
「ん。でも、お腹が空き始めてきたからあまり時間はかけないでね」
頷きながらシャルロがボートに戻っていった。
確かにちょっと腹が減ったかな?
これが今日最後の確認物だから、さっと見て早く帰るか。
◆◆◆
沈んだ際に水圧に負けたのか、甲板の前方にあった貨物室への積荷口の扉は既に無くなっていたのでそこから入っていく。
更に下へ降りる階段があったが取り敢えずは最初の階を見に
この船は貨物室が幾つにも分かれているのか、最初の部屋は比較的小さく、しかも・・・砂やらよく分からないゴミ以外殆ど何も残っていなかった。
「積荷口が破られて水が押し寄せたときの勢いで、中身が粉砕されてしまったようだね。
扉が破られていない貨物室から見ていく方が何か見つかる可能性が高いかも知れない」
砂が舞い上がらないように用心深く砂とゴミの塊を調べていたアレクが立ち上がりながら提案した。
「そうだな。じゃあ、もう少し奥へ行こう」
客室の他は大きな貨物室が2つだったアルタルト号に比べ、この船は比較的小さめな貨物室が沢山あった。
一体何を運んでいたのだろうか?
明らかに漁船ではないとは思うが、軍艦にしてはあまりごつくない。
かといって客船にしては客室が少なく、貨物船にしては余り幅が広く無い。
スピード重視の貨物船だったのか?
でもスペース重視ということは貨物は悪くなりやすい
まあ、どのような用途だとどんな船の形になるのかに関する詳しいリサーチとかしていないから、何とも言えないが。
お目付役のヴァナールの方が詳しそうだ。
4つほど貨物室であったと思われる部屋を過ぎた後、やっと扉が残っている場所にたどり着いた。
軽く触って動かそうとしてみるが、当然のことながら水で木が膨張していて開かない。
「清早、色々頼んじゃって悪いけどこれをゆっくり水で押すような感じで開けてくれる?」
俺たちが魔術を使って力尽くで開くよりは、清早に水で押して貰う方が廻りへの影響が少ないだろう。
「ほいほ~い」
俺たちがすることを興味深げに眺めていた清早が答えたと思ったら、直ぐに扉が開いた。
しかもちゃんとゆっくりと。
流石だね~。
中に入ってみると大量の木箱が積まれていた。
あちこちにまだ残っている縄の残滓を見る限り、元々は落ちたりしないように縄でガチガチに固定していたんだろうな。
だから個々の貨物室が小さかったのか。あまり大きな部屋では木箱の固定が難しいのだろう。
「これは・・・もしかしたら大当たりかも知れないな」
アレクが興奮した様に箱を1つ手に取り、ナイフをてこのように使って上を開けてのぞき込んだ。
「磁器だ!」
アレクが白地に蒼の美しい模様がついたお皿を俺に見せた。
ほほう。
古いんだから、貴重価値があるだろうが・・・それを考えなくてもこれは美しい。
やったね!
俺も適当に箱を1つ手に取って中を見たら・・・。
よく分からない金属と木の塊が入っていた。
あれ?
これも丁寧に箱に入っていて固定されていたから、磁器と同じように高級品だったと思うし、扱いにも気を遣う物だったと思うのだが・・・明らかに磁器では無い。
よくよく見ている間に、ふと金属の一部が魔術回路に見えることに気が付いた。
全く魔力を含んでいなかったので分からなかったが、これは魔具ではないだろうか。
「おい、アレク。これって魔具だったのかな?魔術回路みたいに見える部分があるんだが」
アレクがもの凄い勢いでこちらに振り向いた。
「魔具?!」
「でも、全然魔力がないんだけど」
考えてみたら、船にだってそれなりに防腐や防水の術が掛っていただろうに、この船にも全く何の魔力も視えないな。
「これだけ大量の海水に触れていたら、長い年月の間に魔力が消散するのは当然だろう」
手では触れずに、箱の中の魔具と思われる物をじっくりと観察しながらアレクが答えた。
「あれ、そんなこと授業で言われたっけ?」
「流れがあるものに触れ続けると魔力は消散するって教わっただろう?
海底だとそこまで流れはないだろうが、それでも数十年から数百年たてば消えるさ。
だが、魔術回路が活きているなら魔力を充填すれば魔具として機能する可能性は十分ある。
もしもそうだとしたら、これはもの凄い大発見だぞ!!」
アレクがもの凄く興奮している。
そっかぁ。
まあ、金になるなら俺は嬉しい。
ついでに新しい魔術回路を発見できたら便利かも知れないし。
「じゃあ、できる限り早くこの船は王都に持って帰って調べて貰った方がいいな。
何だったら、魔術院にも噛ませるか?」
「そうだね、磁器はセビウス兄さんに任せるにして、魔具は魔術院に協力して貰った方が良いかもしれない。
よし、他の部屋もさっと見てから、さっさと戻ろう!」
先程見ていた皿も箱に丁寧に戻して、アレクがさっさと部屋を出て行く。
早いな、おい。
慌てて後についていき、清早に他の扉も開けて貰うことになった。
◆◆◆◆
結局、下の階まで見なかったが最初の階だけでも少なくとも貨物室5室分の磁器と魔具が見つかった。
何故、磁器と魔具を別々の部屋に纏めて入れていなかったのは不思議だが。
複数の商会が個別に貨物室を借りて物を輸送していたのかね?
それにしては中身は磁器と魔具に偏っていたが。
幾つか金属の食器や装飾品もあったが磁器ほど美しくは無かったので、まあ磁器に集中したのは正解だったように思うけどね。
「凄いぞシャルロ、磁器と魔具があった!!」
興奮したアレクが一足先にボートにいるシャルロの方に戻っていた。
俺はちょっと清早に頼み事をしてから後に続く。
「魔具?!」
シャルロも飛び上がってこちらに来ようとしたので押し戻してサンプルとして1つ持ってきた魔具(だったと思われる物)を箱ごと渡す。
「これだ。魔力は全然残ってないが、魔術回路が付いているように見えるんだよね。扱いもかなり厳重だったようだし」
箱の中の魔具を注意深く色々な角度から見ようとしながら、シャルロがボートに戻って座り込む。
「清早、じゃあ宿に戻るからボートを動かすのをお願いして良い?」
アレクも座ったのを確認してから清早に頼む。
「明日は休養日だから、セビウス兄さんに連絡して早速この沈没船を持って行こうか?
どうせ何か見つかるだろうから、倉庫を1つ空けておくって言っていたからそこにさっさと動かした方が安全だし、私たちがアドレアーナ号を探している間に積荷の分類もしておいて貰えるだろう」
「じゃあ、今晩は早速
積荷の目録があればどんな魔道具が入っていたかも分かるだろうし!」
シャルロも大分興奮しているようだ。
「積荷の目録に魔具が含まれていればこれが魔具であると言うことも確実になるしな。
船主の子供が作った工作の授業の作品を祖父に送る最中だったなんていうオチも絶対に無いとは言い切れないし」
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