第68話 星歴553年 紫の月1日〜6日 手伝い再び(4)

「起動しているな」

「・・・しているね」

「・・・・・・だけど何をしているか分からん・・・」


俺たちはやっと完成した魔術回路を眺めながら佇んでいた。


そう。

魔術回路は完成した。

試行錯誤の果てに、やっと魔術が滑らかに流れて魔力が使われるのが見えるようになった。


が。

換気しているのか、空気洗浄をしているのか、それとも何か別のことをしているのか。

見ただけではわからないのだ!


今まで作った魔道具って物理的な現象が起きるとか音が聞こえるとかいった効果が感じられるものだったからちゃんと機能しているか判断するのは難しくなかった。


それがここにきて、問題に直面。

換気なんて、見てもわからん!


「煙突をふさいでから暖炉の火をつけて煙が換気されるか試してみる?」

シャルロが提案した。


「2部屋使って比較評価しないと違いが分からないが・・・。

そんなことしたら、部屋が煤だらけになって大変なことになるんじゃないか?」

まあ、清早か蒼流に丸洗いしてもらえば壁などは綺麗になるだろうが、ソファなどは水で洗うのはまずいだろう。


「台所で丸焼きでもしているところの傍において様子を見るとか?」

アレクが首を捻りながら言う。

匂いや台所の煙ってあまりはっきりと数値化して観察できないからなぁ。


「燻製づくりの小屋を借りてみたら?」

ケレナがソファから声をかけてきた。

ガヤガヤ騒いでいる俺たちを放置してソファで本を読んでいたのだが、何を言っているのかは聞こえていたらしい。


「燻製小屋?どこにあるの、それ?」

ケレナに近づいてその背中によりかかりながらシャルロが訊ねた。

近いな、シャルロ。

いくら幼馴染でも、婚約者でも無い相手に寄り掛かるは妙齢の令嬢と子息の間では不味いんじゃないか??

まあ、周囲の人間は実質婚約者のつもりで生温い目で見ているんだろうが。


「台所で料理長に聞いたら?確かレディ・トレンティスが鳥の燻製がお好きだから色々工夫していると聞いたことがあるわよ」


なるほど。

こういう大きい屋敷だと自家製の燻製を作るのか。

燻製小屋だったらきっと小さいだろうからテストもしやすいだろう。


「よし!おばあ様に一言話してから、料理長のところだ!」


◆◆◆


「煙で一杯だな」

「煙いね」

「煙の匂いがしみ込んでいて、違いが分かりそうにないな・・・」


俺たちは燻製小屋を覗き込んでいた。

小さく、窓もない作りなので開いた扉からのみ光が入る。

扉を開けていたら煙が扉から出てしまうが、閉めたら暗すぎて何も見えない。

暫く火を焚いて匂いに対する効果を確かめようにも、今までの燻製の匂いが染みついていて現時点で何も焚いていないのも関わらず非常に煙く、ちょっとやそっと何かを燃やしたところで違いは判らないだろう。


「う~ん、このくらいのサイズの小屋で、少なくとも片側にガラスの窓があって煙の濃度を外から確認できる物が必要だね」

アレクがため息をつきながら小屋の入り口から一歩離れ、背伸びをした。


「しょうがないな、王都に帰ってから実験用の小屋を作るか。

それまではこっちで他の魔術回路も機能するよう頑張り続けよう。

動きさえすれば多分機能しているだろうから、機能のテストは後回しだな」

流石に人様の燻製小屋に勝手に手を加える訳にはいかないし、ガラス窓を付けて日光が入るようにするのは多分薫製を作る際にあまり良くないだろう。


どうせ実験というのはそれなりに時間がかかるしな。

あと数日しかこちらにはいないのだから、無理にここで機能実験をするのではなく、こっちにいる間はより多くの魔術回路を復元するよう頑張ろう。


◆◆◆


昨朝王都に帰り、早速ガラス窓付つきの燻製小屋を2つ作ってもらった。

今は暇な時期なのか、仕事が何も入っていなかった職人は俺たちがラフェーンに手伝ってもらって材料の木材とガラスを我が家の裏庭に運び込んだらすぐにその場でささっと小屋を作ってくれたのには驚いた。

ということで。

今日は実験だ!


「まずは煙だね。

乾ききっていない枝を混ぜて燃やしてわざと煙くして、奥の文字がどのくらい読めるかを比べよう」

アレクが色々なサイズの文字を書いた紙を両方の小屋の奥に貼り付けながら提案した。


「おう。

火を入れて、扉を閉めてくれ」

火をつけた木炭の上に用意した生乾きの枝を載せ、扉を閉める。


あっという間に煙が小屋の中に充満してきた。


最初は全部見えていた文字が、だんだん小さいのから読みにくくなり、とうとう何も読めなくなる。

「じゃあ、魔術回路のスイッチ入れるよ~」

シャルロが小屋の正面上部に設置した換気(と思われる)魔術回路のスイッチを入れる。


「お、煙が消えてきたな」

見る間に煙が薄れ、5ミルもしないうちに貼った紙の文字がくっきり読めるようになった。


「中々優秀じゃん、この魔術回路」

まだ火がついていて煙が出ているのに元からあった煙も合わせて全て消えている。


「じゃあ、次は匂いかな。

まずはお肉だ!」

既にパディン夫人に料理の際に匂いの発生する食材はリサーチ済みだ。

夫人によると、肉の脂が燃える匂いとお酢、香辛料を使った料理がかなり匂いの強いものらしい。


魔術回路を仕込んだ燻製小屋と、仕込んでいない燻製小屋の両方に買ってきた脂身の多い肉を低めに吊るし、炎が大きめになるように木炭を積んで風を送り込む。

それなりに肉が炙られてきたところで扉を閉め、数ミル待ってみた。


「じゃあ、僕からね」

俺たちが数歩下がったところでシャルロが各小屋の扉を開け、中に首を突っ込んで匂いを嗅ぐ。


匂いというのは目に見えない、感覚的なものなので順番に確認して最後にお互いの印象を話し合おうと決めていたのだ。


アレクが同じく確認作業をし、最後に俺。


まずは魔術回路のある方。

それなりに、煙と肉を焼いている匂いがする。

あれ?

あんまり効いてない?


が、もう一つの小屋を開けてみてその思いはすっ飛んだ。

ムッとするほどの煙と匂いだ。

・・・というか、肉を焼くだけでこんなに匂いがするのか。

こんなもん、家の中で焼いたら家中に匂いが充満しそうなものだが、普段俺たちのいるところまでそれ程匂いが来ないということは、パディン夫人は窓を開けて換気をしているということなのだろう。


冬のさなかに窓なんぞ開けたら寒いだろうに、申し訳ないことをしていたな。

これからは俺たちの台所にもこれをつけたら喜ばれそうだ。


「明らかに魔術回路があると匂いが軽減されているな」

「いるね」

「これ程、食事の準備が匂いのするものだとは思わなかったな」


次はお酢。

木炭を崩して火を弱め、横にどけてから大き目のお皿に布を敷いてお酢をかける。

かなりツンと鼻に来る匂いだ。


とりあえず、扉を閉めて匂いが充満するのを待つことにする。


「さて、どうかな?」

今度は俺が一番だ。


魔術回路がある方の扉を開けると、少しツンとする匂いがくる。

ふむ。

さっきの経験を鑑みると、こっちでまだ匂いがするということは、もう一つの方は凄いことになっているかもしれないな。


魔術回路がない小屋の扉を中の空気が乱されないようゆっくりと少しだけ開き、首を突っ込んで用心深く匂いを嗅ぐ。

「っげほ!」

深く一気に吸いすぎないように注意したにも関わらず、脂の匂いと混じったお酢の臭いですさまじいことになっていた。


うげ~。

パディン夫人はこんな臭いに耐えながら料理しているのか?!

元々酢は好きじゃないし、これからは料理にお酢なんぞ使わなくていいと言っておこう。


アレクも俺と同じく用心深く臭いを嗅いでいたが、シャルロはそこまで考えていなかったのか、思いっきり吸い込んでむせていた。


「こうやってみると、台所って凄く臭くなる場所なんだね。

これだったら普通の家庭のお母さんたちもこの匂い消しの魔術回路って喜ぶんじゃない?

結婚記念日に奥様へのプレゼントとしてどうですか?って売り込めそう」

やっと息が整ったシャルロが提案してきた。


うう~ん。

そりゃあ、喜ぶだろうが・・・金持ちだったら奥さんじゃなくって使用人が料理しているだろうし、奥さんが直接料理する家庭だったら魔具を買えるかどうか、微妙な気がするが。

まあ、出来るだけ単価を下げて数を捌くよう商会の方には交渉してみるかな。


まだどのくらい魔力を使うのかとか見極めてないから値段設定もはっきりしないし。


「とりあえず、こっちの小屋にも一晩魔術回路を入れて作動させて、一度臭いを取らないか?

こんなところにカレーを入れたら変な臭いがついて食べられなくなりそうだ」

とアレクが提案してきた。


香辛料を使った料理なんて当然俺たちが作れる訳もなく、どうやったら香辛料から匂いが出る状態にするのかも分からない。

なので俺たちが好きで、かつ匂いも強いカレーをパディン夫人に作ってもらってそれを暫く火で温めることになっていたのだが・・・確かにこっちの猛烈な酢の臭いがする小屋に入れて火にかけたら食欲がなくなるような臭いが付きかねない。


「そうだな。

取り敢えず、残りのテストは明日にするか」


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