第66話 星歴553年 赤の月25日 手伝い再び(2)
「と言うことで、天井にあった回路の痕跡から昔の魔術回路を復元しようと思うんだけど、いいかな?」
レディ・トレンティスとの夕食の後に居間で紙を広げながらシャルロがアレクに俺たちの思い付きを説明した。
「食事処や台所にあった魔術回路か。いいね。
考えてみたら、この遺跡って外から風が入ってくるような構造になっていないみたいなんだよね。
まあ、空気穴が時の流れと共にふさがれてしまった可能性も高いけど、それでも各家にしてもかなり気密性が高い作りになっているのに換気口がない構造になっている。
そう考えると何らかの魔術回路で換気をしていたか空気清浄を行っていた可能性は高い。
それをうまく再現できたら絶対に需要はあるはずだ。
夏はともかく冬は換気することで熱が逃げてしまうからね。熱を逃がさずに換気できる魔術回路で、普通の一般の家庭につけられる程度のコストで機能するタイプのが再現できたら凄いことになるよ」
さすがはアレク。
俺たちの思い付きからビジネスに直結するポイントに気づき、誰よりも乗り気になった。
「とは言え、かなり劣化が激しくって、一見したら同じ回路に見えないぐらいあちこちが途切れているから、取り敢えず思いついてから見て回った家で比較的まともに残っていたところのを全部別々に書き出してきたんだ。
頑張ってどこがどう補完されるか解明して再現しなきゃいけないから、大変だぜ」
そう。
思いついたときは簡単に回路の抜けている部分が分かってすぐに再現できると思っていたのだが、いざ魔術回路を書き出してみたら話はそう簡単ではなかったのだ。
考えてみたらランプの魔術回路だって色々違いはあるんだ。
換気の魔術回路だって色々なバージョンがあって当然だろう。
バサバサっと書き込んだ紙を机の上に出したら、思わずため息が漏れた。
結局、最初は銅線でやり始めたもののあちこちが切れている為、銅線では繋がりが分からなくなってしまったので紙に写したのだが・・・
思っていた以上に回路が大きく複雑で、しかも各家の回路が必ずしも一致していなかった為どんどん紙を追加することになった結果、大量の紙に部分的魔術回路が書き出されることになったのだ。
最初は4枚で十分だと思っていたのに足りなくて後から紙を次から次へと足していったからなぁ・・・。
「食事処の魔術回路は4枚で、1と2が左右に並んでいて、3は1の下、4は3の右。で、その後に前の家とか次の家とかの回路を見てみたらどんな風に重複するか確認するのに時間がかかりそうだったから、どんどん番号を振って別途書き込んでいったんだ。
とりあえず、普通の家にあった小さ目の回路を完成させてから食事処の回路に取り掛からない?多分食事処のって個人宅の回路から発展させて機能を増やしたか強化したものだろうから」
シャルロが紙の番号を読み上げながら紙を机に並べていった。
「そうだね、先に小さいのを完成させておけば大きいのも一部は同じ回路を使っているだろうからそこを補完出来るだろう。
となると、5番から10番までの回路を先に確認していこうか」
アレクが紙を見比べながら合意した。
「こっちの6番と9番は似た感じなんだよな。5番と10番も似ているが6番のとは違って見えるが・・・たまたま違う部分が残ったから違って見えるのか、違う回路なのかはわからん。
7番と8番はどれとも違うようだから、もしかしたら違う用途の魔術回路なのかもしれないな。
とは言え、台所に換気以外に何の魔術回路を入れるか想像もつかんから単に違うバージョンなのかもしれないが」
似た回路を比べて抜けている部分を補完出来ないか、取り掛かろうとして手が止まった。
「だ~~!!
考えてみたらこれこそ黒板モドキが必要な作業じゃないか!!
元々魔術回路を探そうと言っていたんだから、持ってくるべきだった!!」
王都まで取りに戻ったら往復で1日は無駄になる。
しかもそれなりに大きいから、空滑機グライダーに載せられるか微妙だ。
下手にはみ出したりしたら空気抵抗が変わってしまうから危険だ。
かといって馬車を手配していたのでは今回の休みが終わてしまう。
「そうだね。次にここで手伝いに来るときは絶対にあれは持ってこないとね」
にこやかにシャルロが合意するが・・・。
問題は今どうするかなんだよなぁ。
試行錯誤しながら魔術回路を書き出していくのには、あの黒板の何度も書き直せる機能が不可欠だ。
紙に書いていては修正した線と元からあった線と消した線とがごちゃごちゃになってしまう。
「しょうがないから、取り敢えずは銅線で考えながら回路を再現して、ある程度まとまったら紙に書き出すか・・・」
「そうするしかないな。
もう少し暖かかったらそれこそ外で地面にでも書いていってもいいと思うが、さすがに今の時期では寒すぎる」
ため息をつきながらアレクがつぶやいた。
取り敢えず、6番に見えている回路を銅線でなぞり、それの抜けた部分を9番から補完しようと試みる。
「う~ん、これはこの部分がこっちと同じなのかな?
としたらそこはここが来る感じか」
見た感じ、同じ部分からつながった箇所を6番の回路に付け加えていくが、どうもそれが元の回路にどうつながるのか微妙にしっくりこない。
「あれ?
こっちの形じゃない?」
覗いていたシャルロが銅線を違う形に変えて見せる。
「だが、それがどこに繋がっているんだ?
ここか?」
アレクが更にそれに手を加えようとして・・・銅線がぽっきり折れた。
おっと。
限りある銅線をできるだけ活用しようと細くしすぎたか。
折れて落ちてしまった回路を拾い上げたアレクが眉をひそめた。
「・・・あれ?
これってどこについていた?」
「「あれ?」」
・・・。
頭が痛い。
こっちでの魔術回路の再現は諦めてひたすら記録だけを集めて王都に帰ってから取り掛かるべきか?
だが、作業が進めばもう一度確認したい場合とかも出てくるだろうから出来ればこちらでやりたいんだが・・・。
「ほら、これを使いなさい」
そんな俺たちに、ケレナが声をかけてきた。
小さ目の黒板モドキを手に持って。
「あれ!それどこにあったの?!」
シャルロが驚きに目を丸くしながら訊ねる。
「いくらここが田舎だと言っても、孫の開発品を入手できないほどではないってレディ・トレンティスが言っていたわよ。
普段は厨房の当番表に使っているらしいけど、こちらに私たちが泊まっている間だけ当番表は紙に書くようにするから、貴方たちに貸してくれるって」
おお~。
さすが貴族。
使用人用に魔具を買うなんて凄すぎる。
というか、シャルロの開発品を買ってから使用用途を考えたんだろうなぁ。
どちらにせよ、助かった!
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