第26話 星暦552年 青の月 6日〜15日 飛ぶ?(3)

「ふうん、三角と言うよりは、台形に近い横長な形だね。頭の方で三角が抉れる形になっているのってその方がはばたくのに力が込め易いからかな?」


ケレナの鷹、アーシェの翼を広げさせた姿をじっくり観察しながらアレクが呟いた。

「はばたく必要がないんだから、抉る必要はないな。まあ、抉った台形と横長三角形とどちらがいいかは後で試してみよう」

俺がアレクに答える。


「ねえ、前側の方が筋肉とか骨が付いて分厚くなっているのってどうしてなのかな?一様に筋肉がつくより、前の方に纏まっている方が何かの理由で効率的だったのかもね」

シャルロがアーシェの翼を撫でながらコメントした。


うわ~。

それだけ大きな爪と嘴をもった猛禽の翼を良く触れるねぇ。

流石、鷹狩りにも馴染みもある貴族様というところなのかな。


まあ、シャルロのことだから子供のころから動物たちにも愛されて、『噛まれるかもしれない』というような警戒心を持っていないのかも。

今だって妖精王がいるからきっとあの鷹はシャルロのことを噛もうなんて夢にも思わないだろうし。


「確かにな。一様に筋肉がついていない理由はそれなりに有るだろうね。あまりじっくり近距離から見た覚えは無いが、他の鳥も基本的に肩付近に厚く筋肉がついていて、翼の先の方に行くにつれて薄くなっていた気がする。厚みを前につけた方が安定するのかもしれない」

アレクが頷いた。


「じゃあ、ちょっと飛ぶところを見る?」

俺たちが一通り観察するのを黙って見ていたケレナが提案してきた。


「そうだね。飛んでいる時にどんな感じに風を受けているのか見てみたいし」

シャルロがにっこりケレナに笑いかけた。


ケレナがカバーをかけた腕に鷹を乗せて歩きはじめる。

ほおぉ~大きな鷹を腕にのせて歩けるなんて、思ったよりも力持ちだな。

しっかし。

考えてみたら、鷹ってそれなりに上空を飛ぶんじゃないのか?

視力・心眼サイトともに悪くない俺だが、上空を飛んでいる鷹の翼がしっかり確認出来るのか?


そんなことを思っていたら、庭の中央に出たケレナが腕を振り上げる。

バサバサ!!


アーシェがはばたきとともに上空へ上がり・・・かなり小さくなってしまった。

高度を取るまでははばたいているのではっきり翼が見えず、上がってからは距離がありすぎて羽根があまり見えない。


でも、上で滑空するように空を滑るアーシェの翼は奇麗に横に広げられていた。

「・・・目の前で俺たちの為に広げていた時よりも、大きくないか?」


「構造的に柔軟で折り曲げられるようになっているんだろうな。だが、あれって上昇気流にでも乗っているのだろうが、どうやってそれを見つけているんだろう?」


「・・・感覚?」

シャルロが首を傾けながら答えた。


「上昇気流って要は他よりも暖かい空気が上がっていっているということだろ?だとしたら、空気の温度差が視えるような魔具を作れば何とかならないか?」

集中すれば、俺も上昇気流が視える。

落ち着いて心眼サイトを凝らせば、空気中のエネルギーが魔力に近い形の淡い煌めきとして視えるので、その煌めきが多いところが上昇気流だ。


ただ、他のことに気を取られていたらちゃんと認識することは難しい。

空の上にいる時にそんなものを見分けるのは至難の業かもしれない。

何か、そういったエネルギーの煌めきを増幅させて視認出来る眼鏡の魔具でも作ることが出来れば、滞空時間も上がる可能性がありそうだ。


「温度差の視覚化か?そんな術回路は聞いたことが無いが」

アレクが疑わしげに答えた。


「まあ・・・確かにな。でも、せめて木とか枯れ葉が風にあおられて上向きに動いていることが視えるような遠距離用の眼鏡でもあった方がいいかもしれない」


「とりあえず、空を飛ぶ道具を作ってちょうだい。まずは飛べることが重要よ。上昇気流を見つけられるようになって滞空時間が長くなったら素晴らしいけど、そっちの道具に気を取られて肝心の空を飛ぶ為の魔具が遅れては意味が無いわ」

ケレナが俺たちの会話に釘を刺した。


・・・ごもっともです。

ついつい些事にも拘りたくなってしまう俺たちって実はアレクだけじゃなくって全員が凝り性なのかもしれないな。


「ははは、その通りだね」

シャルロが笑いながらケレナに答える。

「とりあえず、まずは僕とアレクで翼の形を工夫して、その間にウィルが骨組みを作る為のパイプを開発して。それが終わったら浮遊レヴィアみたいな術回路を探しだすか開発するかしないとね」


これからのステップを簡単にケレナに説明しているシャルロを余所に、俺は上を向いていた。


気持ち良さげに上空を滑っているアーシェを見ていると、自分もあんな風に空に浮かびたいと言う想いが改めて強まる。


・・・うん、頑張ろっと。

俺も一刻も早く、あんな風に優雅に飛びたい。


◆◆◆


「どうしたんだ、景気の悪い顔をして?」

久しぶりに顔を出した俺を見て、スタルノが驚いたような声を出した。


「人間が風に乗れるぐらい大きな凧みたいなモノを作ろうと研究しているところなんだけど、どうしても骨組み用に軽くて強い素材が作れなくって。

もう10日もかかりっきりになっているのに全然進展が無くって、少し落ち込んでいるとこ」

スタルノが出してくれたエールを受け取りながらため息をこぼした。

そう、どうしてもうまくいかないのだ。


魔力を使って俺が個人的に鍛えればちゃんと軽くても強い筒が出来た。

だが。

ケレナ一人の為に作るのが目的ではない。

一応商業ベースで量産しようと思っているのだから、俺が個人的に鍛えなければ駄目となったら商業化は無理だ。


例え俺が開発から2年ぐらい抜けることになってひたすら作り続けても良いぐらい儲かるとしても、そんなことはしたくない。

同じ筒を毎日毎日鍛えるなんて、ごめんだ。金の為でもやりたくない。


そう思って寝る間も惜しんで色々試しているのだが・・・。

上手くいかない。

軽いのが出来たと思ったら弱かったり、強かったら重かったり、軽くて体重をかけるのにも強いと思ったら衝撃に弱かったり。


ここまで思うように出来なかったのって初めてかもしれない。

あまりにも煮詰まってきたのを見かねたのか、アレクに気分転換に街にでも出ろと鍛冶場を追い出されてしまった。


「人間を乗せられる凧、ね。面白そうじゃないか」

スタルノが興味を持ったようにこちらへ向き直った。


「術回路で浮力を少しつけることで、人間の重さがあってもそれなりの時間を風に乗って空を滑空出来るようにしたいと思っているんだ。形に関してはシャルロとアレクでそれなりに効率的に風に乗りそうな形を工夫してきているんだが・・・肝心の骨組みが上手くいかないんだ」

まあ、アレクとシャルロが骨組みのことを『肝心』と思っているかどうかは知らんが。

俺的には一番重要な部分なんだよね、何と言っても担当だし。


「浮力をつける術回路を乗せるなら、ついでに質量を減らす術回路も使えば良いじゃないか。バスタードソードタイプの魔剣なんかはそういう術回路を使っているぜ。質量を誤魔化せれば少しぐらい重くても構わないだろ?」

あっさりとスタルノが答えた。


・・・。


そうか。

そう言えば、そんな術回路の話も聞いたことがあったかもしれない。

子供一人分並みの重さがあるバスタードソードは普通の剣士には振り回せない。魔剣を使うような剣士は元々筋力自慢と言うよりは技術重視なタイプが多い。

だが、バスタードソード並みのサイズがあれば色々な術回路も無理なく乗せることができる。なので魔剣にはバスタードソードタイプも多い。

そう言ったタイプの場合は使用者が剣を振り回せるように、剣自体の質量(実質的には重さ)を減らす術回路も組み込まれているのだ。


術回路であれば、別に俺でなくても骨組みの筒を作る際に鍛冶屋が決められた術回路を組み込んで仕上げることができる。

つまり、十分商業化が可能な訳だ。

需要さえあれば。


「・・・馬鹿じゃん、俺。

ちょっくら、魔術院に行って術回路の特許を見てくる!

あんがと!!!!」


出してくれたエールも飲まずに、俺は鍛冶場を飛び出していた。


浮力を与える術回路に関してはシャルロとアレクがぼちぼち研究を始めていたが、質量を減らすということは誰も考えていなかった。


ある意味、骨組みだけでなく、全体の質量を減らせれば浮力が少なめでもそれなりにうまく行くのではないだろうか?

魔剣に使うような術回路は通常かなり魔石の利用効率がいい。魔石の嵌め変えもしくは魔力の補充というのはそれなりに難しく、金がかかる。だから鍛冶師は出来るだけ最初の魔石で長持ちするよう、魔力利用は出来るだけ効率的になるよう研究に研究を重ねるのだ。

浮力なんて言う通常使われていない機能に対する術回路よりもよっぽど研究されているはず。


乗る人間に術回路を付与うることは出来ないが、鉱山とかで使うような重量のあるものを簡単に動かす為の術回路を調べれば、積み荷ごと質量を減らせる方法もあるだろう。


うっし。

何とか進展が見られそうだ!!

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