第20話 星暦552年 紫の月 21日 魔術院当番(2)(第三者視点)
「とりあえず、何をしていればいいでしょうか?」
お茶を飲み終わったウィル・ダントールが尋ねてきた。
ふむ。
積極性はプラスというところか。
最近の若いのは、指示をされるまで何もしないで待っている受け身なタイプが多いのに良いことだ。
「そうね、とりあえず今日は今までの当番記録に目を通しておいて。
どんな依頼が来るのか、その依頼をどうやって解決してきたのかが分かるし、依頼をこなした時の報告書の参考にもなるでしょ?」
当番用の机と、その上に積んである直近の当番記録を指して言いつける。
要領のいい新米魔術師と、悪いのとの違いはここに現れる。
毎日平均3件依頼があり、それに関して1~5ページの報告が書かれる。
つまり、直近の10日分だけで30ページを超える量になることが多い。
それを一々丁寧に読んでいたのでは、とてもではないが時間が足りない。
なので、要領のいい人間は、さらっと依頼の内容と、解決方法だけに目を通していく。
こうすれば実際に依頼が来た時に類似依頼を探し出し、それをしっかり読むことで依頼の対応方法もおのずと分かるのだ。
実は効率的に過去の情報を確認するために索引を作るのもセイラの仕事の一つである。
だが、新米魔術師が来た時はそんな索引のことは聞かれない限り言わず、相手の行動を見守ることにしている。
要領が悪くても優れた魔術師はいる。
だが、要領が良い魔術師はそれ程気をつけて見張っておかなくても問題なく依頼を解決できることが多いのに対し、要領が悪い魔術師だといつまでたっても依頼を遂行出来ないだけでなく、より大きな問題を引き起こすこともあるのだ。
『さて、この坊やはどちらなのかしら?』
心の中でセイラは呟いた。
いつも、新しい魔術師が来るたびに、要領が良い方か悪い方かを個人的に自分心の中で賭けている。
今回は・・・『良い方、かな?』
基本的に、周りを注意深く見守り、自分から行動するタイプは問題解決能力を備えている人間である事が多い。
もう30年近くも相談課で働いてきて、ここ10年程は個人的賭けで大きく外すことも無くなってきた。
最近は解決にかかる時間も別建ての賭けをしているのだが、これは流石にまだあまり正解率が高くない。
さて、この新米魔術師君はどうなのだろう?
◆◆◆
「すいません、お願いがあるのですが」
相談課の扉が開き、中年の女性が顔を覗かせた。
「あら、バランダさん、どうしました?」
この女性は相談課の常連さんだ。
はっきり言って、『我々は探偵でも冒険者でもないんですが。』といい加減言いたくなるほど日常茶飯事の小さな事件をこちらに持ち込む。
それだけ経済的余裕があるのは良いことだが・・・気分的にはかなり迷惑でもある。
「またターシャちゃんが行方不明になってしまったの。探していただけます?」
またか。
小さなため息を噛み殺しながら、セイラはバランダ夫人からどこで最後に夫人の愛猫を見かけたのか、詳細を聞きだして簡易契約書に『愛猫ターシャの発見』と書き込み、サインを貰う。
金払いを渋らないし、記憶も確かなのだが・・・。
魔術師をペット探しに使うな!と言いたい。
「御子さんですか?」
バランダ夫人が退出した後にウィルが近づいてきて尋ねた。
「猫よ」
一瞬、若い魔術師の口が微妙に曲がった。
「・・・ペット探し・・・」
「さっき読むように言った当番記録にそこそこの数が載っていたでしょ?まあ、そのうちの殆どがこのバランダ夫人からの依頼だけど」
「何だってペットが勝手に抜け出さないように庭に結界を張るなり、直ぐに見つけ出せるように探知用の首輪の作成なりを依頼しないんです?」
「もと野良だった猫だから、自由に動き回れるようにしたいんですって。でも、探知用の首輪と言うのは良いアイディアね。どうせまた依頼が来るんだから、猫の首輪に探知用の術でもかけておいてくれない?」
もっとも、愛猫を溺愛しているバランダ夫人は多数の首輪を持っているので、それ全部に術をかけられるのでない限りあまり役に立たない可能性の方が高いが。
「いつでも取りかえられる首輪では無く、猫の本体になんとか術をかけられないか、試してみた方が良げですね」
小さくため息をつきながらウィルが答えた。
「まあ、頑張ってちょうだい」
◆◆◆
相談課に来る大部分の案件は新米に任せられるような簡単な仕事とは言え、これらは魔術院のPR用の業務である。
ここで顧客を怒らせたりしては意味が無い。
だからそれなりに新人に任せるときには注意が必要だ。
まあ、このウィルという青年は魔術学院の同期の仲間と一緒にビジネスを始めたらしいので一般常識もそれなりに身につけているだろうが。
これが研究職だったりしたら・・・10日間、目を離すことが出来ない。
4年前のとある研究職の魔術師の犯した様々なチョンボは未だに語り継がれているぐらいだ。
「では、初仕事をどうやって処理していくつもりなのか、教えて頂戴?」
過去の当番記録を見直していたウィルが書類を置いて立ち上がろうとしたのを見て、セイラが声をかけた。
「バランダ夫人の家に行って、そこから使い魔に猫の跡を追ってもらいます。家を特定するのに同行する必要がありますが、そこからは使い魔に任せておけば大丈夫でしょう」
若い魔術師の契約している使い魔は幻獣系が多い。
だから猫の追跡も人間がやるよりは向いているだろう。
・・・というか、人間よりも下手な使い魔は基本的にいないと言っていい。
よし、これは当たりっぽい。
基本的にペットや迷子の探索には使い魔を使うのが一番いいのだが、その答えにたどり着いた速さは中々のものだ。
「そうね、それが一番いいでしょうね。あなたの使い魔は何なのか、聞いてもいいかしら?」
「
◆◆◆
「あら、もう帰ってきたの?」
昼食前に帰ってきたウィルを見て、セイラが驚きの声を上げた。
バランダ夫人の家はそれなりに魔術院から近いが・・・昼食前に帰れるとは思わなかった。
あの夫人は若い新米魔術師を捕まえたら噂好きなオバチャンのように只管情報を得ようとひっきりなしに声をかける。あれをこれほど早く振り切れるとは思わなかった。
「近かったですから」
「・・・夫人から逃げるのに失礼なことしてないわよね?確かにしゃべりすぎる人だけど、だからこそ怒らせたりしたら後がやっかいよ」
ウィルが首をかしげた。
「別に話しかけていませんから。面倒そうだったので敷地にも入っていませんし」
「だけど、何か猫のモノを貰う必要があったんじゃない?」
「まさか。あれだけ濃厚に猫の痕跡が残っているんです、俺のアスカならあっという間ですよ」
濃厚、ね。
猫サイズの動物の痕跡はそれなりに薄い。だからこそ普段使っている毛布などを借りてはっきりと痕跡の元を見せてもらうことになる。
それが『濃厚』とは。
一体どんな
ふと、去年聞いた、ずば抜けてモノ探しのうまい魔術師の話を思い出した。
その若い魔術師が人身売買リングを潰すのを手伝ったというは噂だが・・・。
同世代なら、噂の彼のことを知っているかも?
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