第17話 星暦552年 紫の月 4日 後始末と展開
大悪魔を祓い、事件の概要を聞いた翌朝。
学院長と俺はまた長の下へ来ていた。
長の友人が実は生きていたという報告と・・・
大悪魔がこの次元から追い出されたことでその部下である下級悪魔もついでに締め出しを食らってくれないかと密かに期待していたのだが、神殿からの伝言によると4体の下級悪魔はまだ現存とのこと。
どうやら、大悪魔が手を貸したとは言っても、正式に生贄を殺して呼び出した悪魔はそう簡単に消えてはくれないらしい。
「4人の被害者は順番に祓っていくのですか?」
長がお茶を注ぎながら尋ねてきた。
流石に長も朝早くから特級魔術師の前でワインを飲むつもりは無いらしい。
もしかしたら後で闇の神殿まで友に会いに行くつもりなのかもしれない。お見舞いに行って息が酒臭いのは顰蹙だろう。
「ああ。下手に姿を隠されたりしたら困るからな。今日中に全部祓う」
一口お茶を味わってから学院長が答えた。
あの表情からすると、あまり味は気に入らなかったのかな?
まあ、長はお茶よりもワインの人だからねぇ。
徹底したお茶派の学院長が満足いくものを淹れられる方が不思議でしょ。
「なるほど。この時間に私に会いに来たということは、最初に行くのは
・・・下級悪魔の方は自分のボスの大悪魔が既に帰還させられたことを知っているのでしょうか?」
学院長は肩をすくめた。
「さあな。悪魔の上下関係のリンクの強さはあまり知られていない。
感覚的に繋がっていないのだったら、敵対する勢力がいると知られる前に追い出してしまいたい。
まあ、知られていて用心していたところで祓うという行動に変わりはないんだが」
「それはそうでしょうね。
「分かるか?」
俺の方を向いて聞いた学院長に頷いてみせる。
流石の学院長でも下町の娼館の場所までは分からないらしい。
・・・ちょっと安心したかも。
独り身の学院長が何をしようと彼の自由だが、何かと暗い噂の流れる『黒い蝶』に足を運ぶような人間でないというのはいいことだ。
「礼を言う」
長に軽く頷いて、学院長が立ち上がった。
「いえいえ。こちらこそお礼を幾ら言っても足りないぐらいですよ。
私個人に対する貸し一つと数えておいて下さい」
長がにこやかに答えた。
・・・特級魔術師が
まあ、思ったより王都には色んな陰謀があるから、情報源として
◆◆◆
「最後はラズバリー伯爵家だな」
呆然と座り込んだままの副団長の部屋から出て、学院長は深く息を吐き出して言った。
下級悪魔の祓いは思っていたよりも簡単だった。
青についていたのってキャラが凄く下っ端っぽかったから弱いと思っていたのだが、どうやらあれでも『第3の部下』と自称するだけあって極端には弱くなかったのかもしれない。
考えてみたら青の場合は尋問して情報を得る必要があったんだよな。
だからあれだけ時間がかかったのかもしれない。
他の3人の被害者は特に欲しい情報も無かったので、力技で清早の水を浴びさせて弱らせ、学院長の術でこの次元から追い出しを食らわせた。
はっきり言って、被害者を物理的に探し出すことの方が祓うのよりも時間がかかったぐらいだ。
それでも13の刻には男性陣の被害者への対応は全て終わっていた。
残るは皇太子妃候補のケレナ・ラズバリー嬢。
考えてみたら、貴族の娘さんを問答無用で水浸しにしても大丈夫なんだろうか・・・。
ラズバリー伯爵家の王都の屋敷を訪れた俺たちは、学院長の特級魔術師のローブがモノを言ったのか、あっさり応接間に通され、ラズバリー伯爵夫人とケレナ・ラズバリーに会えることになった。
「・・・シャルロ??!!」
何故かそこにはシャルロと、悪魔に憑かれていないケレナ嬢がいたけど。
・・・あれ??
◆◆◆
「あれ、ウィルと学院長?
ケレナが大変だったってどうして知ったの?」
シャルロが目を丸くして聞いてきた。
いやいや、俺の方こそ、質問したいんだけど。
「今回、何体かの悪魔がとあるバカによって召喚されて被害者に憑依される事件が起きた。
被害者の友人の一人がウィルの知り合いでね、彼に魔術院への連絡を頼んだから私のところに話が来たわけだ。
色々調べて悪魔に憑かれた被害者の名前が分かったから一人ずつ回って祓っているところだったのだが・・・。君はどうしてここに?ケレナ嬢の悪魔はシャルロ君が祓ったのだよね?」
俺が驚きにぼーっとしている間に学院長が答えていた。
「ケレナは僕の幼馴染なんです。
実家に姪を見に戻っていたときに、ケレナが変な感じになったって聞いたものだから何が起きたのか確認しに来たら・・・凄い嫌な感じになっていたんです。
蒼流に聞いたら『悪魔が憑いている』とのことでした。
僕には何も出来なかったんだけど、蒼流が悪魔を退治してくれたんです。
考えてみたら、学院長に頼むという手もあったんですね・・・」
シャルロが珍しく何か考え込んでいる。
「あら、池に放り込まれてでも一刻も早くあの悪魔を追い出して欲しかったから、学院長さまが来るのを待たなくて正解だったわよ」
ケレナ嬢が手に持ったホットワインを飲みながらコメントした。
池に放り込んだんかい。
まあ、風呂場や廊下で問答無用に水浸しにされても似たり寄ったりだよな。
「被害者に後遺症無く悪魔を追い出そうと思ったら、精霊の力を借りてあらかじめ悪魔の力をそぐ必要があったので、我々が来ても、ケレナ嬢がびしょ濡れになったことに変わりはありませんでしたよ。精霊が完全に悪魔を滅することが出来るというのは知りませんでしたが」
ちょっと暗いシャルロを慰めるために口を挟む。
「そっか。良かった。
そういえば、ケレナ、これが僕の親友の一人のウィル・ダントール。ウィル、こちらが僕の幼馴染のケレナ・ラズバリーね。
ウィルはこないだあげたティーバッグを考案した人でもあるんだよ」
シャルロがケレナ嬢を俺に紹介してきた。
ほほう、態々改めて紹介するか。
大切なようだね、この女性は。
シャルロ君にも春が訪れたのかな?
さっきからホットワインのグラスを握っていないほうのケレナ嬢の手がずっとシャルロをつかんだままだし、あちらさんにとっても『ただの幼馴染』以上のようだ。
まあ、単なるつり橋効果かもしれないけど。
「よろしくお願いします。
ノルデ村に家を借りて男3人で住んでいるんですが、日中は家政婦などもいますから暇なときにでも是非遊びに来てください。家政婦のパディン夫人の菓子作りの腕はシャルロが満足するレベルなので、お茶の時間などはお勧めですよ」
「あら。今度、遊びに行かせて貰うわ。
シャルロから、使い魔の妖精王とかユニコーンとか
ところで、今回の事件は一体なんだったのか、ご存知だったら教えてくださいな。
バアグナル家でパーティに参加していたら急に気持ちが悪くなって倒れて・・・その後はシャルロに池から引き上げられるまでずっと自分の体の中に閉じ込められていたのだけど」
さて。
どこまで説明するんだろ?
悪魔に憑かれたなんていう事実が周囲に知られたら被害者は社会的に抹殺されるに近い打撃を受ける。
だから神殿長も学院長も、今回の事件に関しては厳しく緘口令を敷いてきた。
だが、流石に被害者本人にも何も言わないわけにはいかないだろう。
「バアグナルの若造が、禁呪を使って偶然強力な悪魔を召喚するのに成功してしまってね。そこでその悪魔を使って今度は下級悪魔を何人かの人間に取り憑かせてこの国を乗っ取ろうとしたんだ」
学院長が簡単に説明した。
「国を乗っ取る・・・ですか。父やシャルロの父君ならまだしも、何故私を?それとも私を使って父も捕えるつもりだったのでしょうか」
「ケレナ嬢は・・・長期的プランというやつだったと思う。皇太子や国王本人にはそれなりにガードがついているから、未来の王妃をコントロールしようと思っていたのではないだろうか」
ふんっとケレナ嬢が鼻を鳴らした。
「迷惑な。自分で国を乗っ取る力が無いなら、さっさと諦めればいいんです。
で、その諸悪の根源のバカはどうなりましたの?処刑される前に是非一発殴らせていただきたいのですが」
殴りますか。
もしかして、護身術とかしっかり習っていたり?
シャルロとか違った意味で個性的な貴族だな。
「悪魔を追い出した際に魂を引きずり出して持っていかれたから、体はとりあえずまだ生きているがあと数日のことだろう。殴りたいなら闇の神殿の方でとりあえず拘束しているので紹介状を書くが」
学院長が答えた。
・・・それってマジ?それとも冗談?
まあ、悪魔に体を乗っ取られるなんてトラウマものだろうから、張本人の体だけでも殴ることで心の折り合いがつくならやる価値はあるだろうが。
「魂を持っていかれたって・・・どうなりますの、そういう魂は?」
これは俺も聞きたいところだな。
学院長は小さく肩をすくめてみせた。
「悪魔の召喚は禁忌なので、研究も進んでなくってね。だから彼らの次元に持っていかれた術者の魂がどうなるかは分からないが・・・喰われて直ぐに死ねたら幸運な方で、玩具として長い間弄ばれる可能性が一番高いのではないかな」
「まあ。では、長い長い間、あのバカの魂が消滅しないことを期待しておきましょう」
にっこりとケレナ嬢が笑って答えた。
ははは。
逞しいねぇ。
まあ、おっとり者のシャルロにはちょうどいい対照的な相手なのかも?
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