第11話聖なる剣

 戦いも終わり三名は原初の神殿頂上で野宿をする事にした。本来はすぐにでも下山したいがここは霊峰イリステア。高い山だけではなく切り立った崖や子供の歩幅よりも狭い足場しかない。そんな山を夜に降りるのは危険という理由で避けたのである。今現在は神殿の頂上にルーティスが魔法の結界を張り下界と同じような環境にして、皆がゆっくり休めるようにしていた。


 保存食料は殆ど無かった。元々ルーティス、カミーリャの両方共があまり食べないし、最後に立ち寄った村は土砂崩れで半壊していたから少ない資源を貰うのを避けたからだ。それでも今ある食料でささやかに食事を取り、三名は一息ついていた。



「しかし高い山の夜空は良い夜空だなぁ。空が近いぜ」



 レイは持参していた好物の葡萄ジュースを革袋から飲み、ぷはーと後ろに手を突いて寛いでいた。先程までルーティスと全力で戦っていた気迫はどこへやら、それは子供に相応しい無邪気な態度であった。



「ここは高いし遮る光も無い。今日は満月じゃなく上弦から進んだぐらいだからなおさら星のある夜空が綺麗だよね」



 レイの真向かいにはルーティスが、白い魔法の光源を見つめながらちょこんと座っていた。白い輝きに浮かび上がるルーティスの顔も無邪気な微笑みで、年相応の子供の顔で。やっぱり先程までの気迫は全く感じられないものであった。



「そうだなー、こんな夜空を拝めるんだ。戦いといい今日一日も悪くねぇな」



 にやっと左目だけ歪めて不敵に笑い。沈みつつある月と吸い込まれそうな星空を見上げるレイを見ていると、彼も彼なりにこの夜を楽しんでいるんだと理解出来た。



「なぁ幾つか聞いていいか?」



 レイが葡萄ジュースを一口飲みながら尋ねた。



「ん? いいよ」


「お前が間違いなく伝説の還流の勇者ルーティス・アブサラストなんだよな?」



 間髪入れずに尋ねるレイ。



「あぁ。凄く弱体化しているけど、間違いなく僕は伝説の還流の勇者だよ」



 淡い白光に照らされながらルーティスは微笑む。



「……凄く?」



 レイは自分の身体を擦りながらルーティスを半目で見つめた。今は完璧に治療されているが、この身体は先程までルーティスに徹底的に叩きのめされたものだ。少し撫でれば痛みが蘇るし体力も落ちて全身が怠い。文字通り手も足も出なかったし魔法の腕でも完璧に負けたのだ。


 それがまだ弱体化していると、目の前のルーティスは告げたのが、レイ・グレックには衝撃だったのだ。



「ああ。今の僕は召喚された時にこの世界を破壊しない程度の力しか持って来ていないんだ。だからこうして八歳の子供の姿をしているんだよ」



 右の二の腕から掌にかけてまでを撫でながらルーティスは苦笑した。



「……破壊しない程度の力って言う位かこれは?」



 半眼で見やるレイに、



「現に『この世界には』なんの悪影響も無いから平気だよ」



 ルーティスはぱちりと片目を閉じて人差し指を立てる。



「つー事はお前の力って更に上があるのか……凄ぇなおい。なぁ、それならお前は何しに仲間を集めたいんだ?」



 左手に持っていた葡萄ジュースの袋の口を絞りながら。ずいっと前に出る。レイの言う事は尤もだ。ルーティスは一人でも強い。多分一人でも全部やってのけるだろうから、わざわざ仲間なんて集める理由がレイには思い浮かばない。



「戦争だよレイ。この世界に戦争を起こすのさ。僕一人じゃ戦争は出来ない。だから強い仲間もいっぱい必要なんだ」



 そんな彼に。ルーティスは冷たく乾いた笑みを浮かべる。それはこれから巻き起こす戦乱を自嘲するような悲しい笑顔。望まないのに手にしたい、そんな雰囲気だ。



「それでおれか。誰が相手でも戦うのには躊躇無いから良いぜ」


「そうだろうね。君なら確かに誰と戦うのにも躊躇いは全く無いだろう。誰が相手でも全力を出すだろうからね」


「具体的には何すりゃいい?」



 更に葡萄ジュースを一口飲みながら尋ねるレイに、



「君が戦いたい相手と戦ってくれれば良いよ。強い相手はたくさん来るんだし。ただ――」


「ただ?」


「僕の力が流れるようにしておくね」



 言い終わる刹那。白い輝きがルーティスの手の中に集束する。白光はルーティスの無言の意志に従い塊となり、レイの方に無音で向かう。



「そりゃ何だ? 力が強くなるって言うなら貰わねーぞ。おれは自分の力で強くなりたいからな」


「強くはならないよ。触れたら判るから。僕の白魔法――癒しの力をまとうだけさ。ただ君の魔力に上乗せされて魔法にこれが流れるようになるだけさ」



 にこやかにルーティスからそう返されたので右手を静かに伸ばし黙って触れるレイ。白光は彼の右手から素直に体内へと流れ込む。レイがそっと眸を閉じると様々な力、想いが、ある一つの光景へと向かう様子が五感で感じられた。


 見えた場所はとても暖かい太陽が浮かぶ蒼空の彼方。大地すら遠く離れどこまでも広がる空の中。遮る雲すら無き鮮やかな蒼空だ。透明な風が共に吹き抜けて消え去ってゆく悠久の空。



「……なるほど。おれの力は確かに増えてないし強化もされてはいないな。で? これは使っていて良いのか?」



 うっすら眸を開き、夢幻の世界から意識を戻したレイは問いかけた。まだ力は自身に完全に馴染んではいない。全力で拒めば弾けるだろう。それは判る。



「どうぞ好きなように」


「お前の力は減らないのか?」


「常に君へと流しているようなものだから僕の力は減るね。でも微々たるものさ。この戦争で僕にはこれ位の手枷足枷が有っても良いさ」



 レイの問いに対してルーティスの口調は気楽な物だった。


 レイはしばしその様子を見つめ、



「よし。受け取ろう」



 ルーティスの癒しの力を受け入れたのだ。彼の意志に癒しの力は応え全身を巡ると、彼の魔力へと完全に融合した。


「ありがとう。気が早くて助かるよ」


「そりゃどーも。んで、次の質問だ。予定している作戦は? まさか入ったばかりで下っぱみてーなモンだから教えないってこたぁねぇよな?」



 首を傾げるレイに、



「そんな事は無いよ。予定ではこの国――カスタル王国を無血で掌握したいな」



 ルーティスはまっすぐ告げる。



「カスタルぅ? あの国は何も悪い事してねぇだろ?」


「確かにね。でも国土は豊かだし民の争いは無い。それに女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルは女神達の中で立場が最弱とはいえ外交に力を入れていて踏み込まれる隙を作らないし騎士団の強さは世界でも上位に入る。そしてどの世界に対しても中立を貫いているし――後は王宮の地下にもう一つ聖域へ至る道がある。理由としてはそれかな」



 身を乗り出すレイに、双眸を閉じてすらすらと淀み無く思いを紡ぐルーティス。最初から何度も思い描いたと言わんばかりに迷わない口調は、聞く者全てが安堵すら感じるものであった。


 その姿はまるで……まるでそう、救世主のように。誰もが思ってしまう。そんな姿だ。



「ほーん、それで掌握ね。でもおれは戦う以外は出来ねぇぞ?」


「君はカスタル以外の諸外国に対しての最大戦力として力を奮ってくれ。カスタルとの直接交渉はカミィ――カミーリャと僕が当たるよ」



 ルーティスの目配せに間髪入れず、瞳を閉じたカミーリャが静かに首肯する。



「……さすがに騎士団連中も抵抗するだろ?」



 疑わしげなレイに、



「言うの忘れていたね。僕は女神シィラが召喚しようとしたんだ。それが反逆した。今のカスタルは諸外国から責任を押し付けられた形なのとカスタル王国が僕らと結びついたらと考えたらまともに騎士団を動かす権限は持たせたりしないよ」



 ルーティスは胡座に右拳で頬杖をついて不敵な笑みを浮かべ。



「カスタル王国の情勢は外交で諸外国からの独立を保っているだけであまり良くはありませんし狙われてもいます。これを機にカスタルより自分達が強いという事を見せ貸しを作る為に、各国は軍を派遣するでしょうね」



 カミーリャが双眸を閉じたまま静かに繋げる。



「あー判った。カスタル騎士団潰さなくても派遣された連中を全滅させりゃおれ達は世界最強。否応なしにカスタル騎士団も抵抗出来ないって判断するって訳か。おまけに攻め込んだ連中も潰せて戦力を激減出来るしな」


「その通り。あそこは女神シィラ様も含め騎士団はまともな判断をするからね。あんまり消耗させたくない。諸外国が事後処理を押し付けるだろうしその戦力も残しておかないとね」



 ふぅ。ルーティスは一息ついて後ろに手をついた。ここまで一息に話して呼吸を整えたいのだろう。



「それで、戦争の最終目的はあるのか?」


「最終目的は女神シーダ・フールス様達の『手に』この『聖剣を賜る』事さ」



 ちらりとルーティスがカミーリャの方に視線を送るとカミーリャは小さく頷き両手を開き。その間に白色の冷たい輝きが生じ夜を退けてゆく。


 やがてカミーリャの胸元から翼ある太陽の鍔がついた一振の古風て『刀身が透き通った』長剣がゆっくりと抜け出てくる。まるで彼女の身体が剣の鞘だと言わんばかりの光景だ。


 ルーティスはその剣の握りを虚空で素早く握るとひゅんと風を切り切っ先を夜空の彼方へと向ける。



「この聖剣は僕の力で生み出した剣。どんなもの『例外無く』永遠に眠らせこの世界から取り除ける。これを女神シーダ・フールス様達に賜りたいのさ」



 無邪気に長剣を掲げるルーティスの姿。それは子供が玩具を振り回して遊んでいるようにも見えた。


 しかしその長剣が放つ妖しい燐光が、これは玩具等ではない、世界最強の武器なのだと告げる。


「何か刀身、透明じゃね?」



 夜をささやかに退ける輝きを訝しげに、まじまじ切っ先から鍔まで見やるレイ。



「それは仕方ないよ。この聖剣に本来の力が宿るのは後七つの神殿を解放してからだからね」



 苦笑しながらルーティスは刀身をコンコン叩く。



「この原初の神殿で剣を喚び出し次に刃を鍛え。そして清めて初めてこれは聖剣へと至るのさ。それまではただの魔力の塊みたいなものなんだ」


「なるほど。なら次は他の神殿巡りって訳か」


「そうだよ」


「ならもう一つ尋ねたい」



 レイは聖剣を見据えた。



「何でもどうぞ」


「還流の勇者伝説で確か勇者は『三本の聖剣』を持っていた筈だ。それはここに有るとして残り二振りはどうした?」



 レイは真面目にまっすぐに、ルーティスを見据えていた。


 そう。レイの言う通り。伝説に描かれた還流の勇者ルーティス・アブサラストは三本の聖剣を所持していたと語られていた。どのおとぎ話にも伝承にも、還流の勇者の姿は三本の聖剣と共に描かれていた。



「一振は女神達にあげたよ」



 ルーティスはあっさり答えた。



「あげた?」



 不可思議そうに身を乗り出すレイに、



「ああ。あげた。この世界の人類には必要だろうからね」



 ルーティスは何も気にしないと言わんばかりに返した。



「もう一振は?」



 まっすぐ尋ねるレイに、



「……ちょっと別の仕事で手放している。これは言えない。悪いね」



 ルーティスは顔を伏せて寂しそうに答えた。



「……ふーん」



 瞬間カミーリャも顔を伏せた事にレイは気づかずに。葡萄ジュースをまた一口含む。



「で、最後の一振はこれって訳だな?」



 ちょんちょんとルーティスの手にした長剣を指差すレイに、



「そう。これだよ」



 ルーティスは無邪気な微笑みを浮かべた。



「力はさっき聞いたな。どんなものでも例外無く眠らせこの世界から取り除ける、だったな」



 狙い澄ますように人差し指の先を向けるレイと。



「そうだよ。例外無く」



 当然だと言わんばかりに静かなルーティス。



「ならそれ。お前を斬ったらお前も『取り除ける』よな?」



 ぴたりとレイの指先が刀身に止まり、



「そうだよ。何なら試してみるかい、我が同胞達よ?」



 ルーティスは酷薄なせせら笑いを浮かべて柄をこちらに向けた。透き通る夜空のようなその瞳には暗き星の輝きが放たれ、まるで『使ってみるか?』と言いたげな誘惑を醸し出し。ゆらゆらと煙のように柄の先から立ち昇り、深淵の夜を退けず溶けてゆく白光の霞が更に――今この存在を倒せば自分は英雄になれるのだという欲望を煽り立ててくる。


 きっと偽りはどこにもない。この剣は最強の力。どんなものすら取り除ける絶対の力。手にしてルーティスを斬り倒せばこの世界から還流の勇者は居なくなる。それは間違いはない。それが今ここに存在している。でたらめな奇跡がここにある。


 ほら手を伸ばせ。目前のそいつを斬り倒し取り除けば君は世界を救った英雄だ。夜の深い深奥、闇の垣間から囁きが長い指となって全身にまとわりついて顔を優しく撫で回す。


 ……しかし。



「いや。遠慮するぜ。ンなあからさまな罠をだーれが踏むかってんだ」



 そのおぞましい優しさを弾き飛ばすように。レイは「はん」と鼻で嗤うと。しっしっと野良犬を追っ払うような仕草で露骨な嫌悪を見せた。



「懸命だね」



 ルーティスは春先の太陽のように明るく笑うとカミーリャに剣を手渡した。カミーリャは静かに虚空に剣を浮かべると切っ先を胸元に向けてまた剣を納めた。



「なぁーにが懸命だ! どっからどー見ても罠丸出しじゃねぇーか!! そんな馬鹿げたモン誰が踏むか、よ――」


「まぁまぁ、解るでしょ。あからさまな罠でもこの剣に見込まれたものは踏まないといけないよ。だってこの剣、僕の手元に在るんだから」



 頬杖をついてにやりと意地悪く顔を歪めるルーティスの表情を。レイはたっぷりと眺めて。



「くっそぉ……よーく解った。どのみち選択肢、無ぇんじゃねぇーか……」



 魂が抜け出そうな程深々と。ため息をついたのだ。



「ふふ、やっぱり良く解っているじゃあないか♪」



 くすくすとルーティス。屈託の無い笑顔だった。



「ところで次は僕の番。君ばっかりじゃ知らない事だらけだからね。君はどこの出身なの?」



 微笑みを浮かべて身を乗り出すルーティスに、



「……オゼル地方の出身だぜ。貧しい農家だったけどな」



 困ったように目線を斜めに落とすレイだ。



「……悪い質問だった?」



 ルーティスはちょっと瞳を曇らせる。



「いや、そうでもねぇ。貧しい村だったから税対策で食えない子供が追い出されるなんてしょっちゅうだしな」



 対するレイはあっけらかんとしている。



「おれは兄さんが跡を継いだ時に遺産振り分けで何も無かったからとにかくふらふらと出てきてな。そんな時に戦場で黒魔術士が呪文唱えているのを見て呪文唱えたら荒削りでも使えるよーになったんだ」



 ちょっと喉が渇いたのか、レイは葡萄ジュースを一口。



「そっから魔法が楽しくなってな。頑張って自然を見ながら魔法を鍛えていたら魔法を教えてくれる『学術都市アルスタリア』の話を耳にして、テキトーに家名や提出する論文をでっち上げで何とか入学した」


「ああ、どうりで貧しい農家って言われてたのに家名が有るのか不思議だったよ。そうか、自分で付けたからか」


「へへ、そゆ事。今じゃ学術都市で上位黒魔術士だぜ♪」



 誇らしげに腰に手を当て胸を反らせるレイ。星月夜に天真爛漫な笑顔が眩しかった。



「やっぱり君の話は楽しいね♪ もっと聞いていたいかな。この原初の神殿には何をしに?」


「そりゃ勿論。探検して成果をまとめたり見つけた物を提出してさ、更に上級になってみたかったんだ」



 結果としたら予想以上の奴が居たけどなと。ルーティスを見据えてレイは笑う。



「一度やり出したらどこまでも出来るところまで極めてみてーだろ! おれはそう思うんだ!!」



 身を乗り出し自分に立てた親指を向けながら熱っぽく語るレイ。きらきらと朝方の泉みたいに輝く瞳もまた、彼の素直さを強調してくれていた。



「そうだね♪ それが一番きっと楽しいさ♪」



 そんなルーティスも合わせた手を右に傾け可愛く笑うものだから。



「おうよ! だからおれは魔法をいっぱい楽しみたいんだ!! 人生終わるまでずーっとな!!」



 つられて明るく答えるレイだった。



「そうだよ。魔法なんて力は皆で楽しむ為にあるんだよ。そんな事、世界の皆は忘れている。それがちょっと残念だよね」



 苦笑するルーティスだ。



「本当だぜ。何とかならないかな?」



 レイの質問を受けて。ルーティスはんーっと人差し指の先を口に当てて考え込むと、



「それならレイが楽しく使えば良いんだよ! レイが皆に迷惑かけないで楽しく使い続けて色々発見してあげたら良いと、僕は思うよ!」



 ぴっと人差し指を傾けて答えたのだ。



「お? そーか? なら自分が頑張っていくかー! よっしゃ、やるぞ。おー!!」



 握った拳を笑顔で空に突き上げるレイに。



「頑張れ! おー♪」



 ルーティス君も満面の笑顔で。小さな拳を両方振り上げたのだ。



「あ」



 その瞬間。レイの笑顔が落ちた。



「どうしたの?」



 きょとんと首を傾げるルーティス。



「今思ったけどな……おれこのままお前と一緒に戦ったらアルスタリアに帰っても学校から良くても除名されるんじゃね?」



 みるみる顔が青ざめてくるレイ。彼の言う事はもっともだ。ルーティスの言う戦争の相手は女神シーダ・フールスに連なる五人の女神達。レイがルーティスに加担するという事は、即ち彼が魔法で世界の均衡を乱し敵に回るという事態になるのだ。当然の事だが学術都市に帰れる筈はない。最悪は文字通りの『処分』だろう。



「……どうする? やっぱり止める?」



 心配そうに覗き込むルーティスに、



「いや、やるぜ。このまま退けるかよ」



 当然だろうと即答するレイ。



「……判った。ほとぼりが冷めた頃には名誉回復が出来るようにカミィと一緒にアルスタリアへは交渉をするよ」



 申し訳ないと謝罪するルーティスに、



「そりゃ嬉しいもんだな。ありがとよ」



 気にしないといった風に。レイは笑って返した。



(……ま。何があってもおれがこいつから離れる理由はどこにもねぇーよな)



 少し意識を落ち着けて。レイは思考を巡らせる。そう、例えアルスタリアから追放されたとしても自分がルーティス達から離れる理由は現在感じられない。何故ならルーティス達はこれから女神達と戦うのだ。そして女神達の元には自分達の扱う魔法とは別体系の魔法が存在すると聞く。とはいえそれらは独占されているし女神達を信奉する魔法少女達は滅多に結界の張られた聖都から出る事は無いのでこちらは推測だけしか出来ない。それが女神達との戦争になれば否応なしに戦力を支払う筈だ。そうなれば全体とはいかないもののその片鱗でも掴み、解析くらいは出来るだろう。さすればこちらの魔法も新しく発展進歩も出来る。命に危険はあるものの悪い取り引きでは無い。戦闘を願う気持ちと知識を求める気持ち。二つの願望が入り乱れさながら万華鏡の如く様変わりを心に映す。そしてそれらの欲求を同時に満たす為には、ルーティス達への同行が最善手なのは明白だ。それをわざわざ自分から退くような理由はまるで無かった。


 ふとその時に。レイはルーティスの傍らにいるカミーリャが右腕を押さえて顔をしかめたのを見つけてしまう。そう言えば彼女、確かついさっき戦いの最中にティーダ・ドラゴンのイリステアに思い切り蹴られたとか聞いた。そして傷の治療をする間も殆どなくこの時間まで至るのを彼は思い出した。



(……もしかしたらあいつの傷、まだ治ってねぇのか?)



 何となくレイは察すると。



「あ、おい。おれは疲れたからもう寝るぜ」



 立ち上がり踵を返す。



「……! なるほどね。あ、山頂は狭いからあんまり離れないでね」



 意図を察したのか。ルーティスも笑みを浮かべる。



「おーよ、まぁ気にすんな」



 ひらひらと後ろ手を振りながら。レイはちょっと離れた場所で横になる。



「……ねぇルゥ。気を遣わせてしまったかしら?」


「まぁ良いじゃない。好意には素直に甘えておこうよ。それよりカミィ、怪我を見せてくれないかな?」



 横たわるレイに深い親愛を感じる二人の会話が届く。



「判ったわルゥ。直して」


「もちろん、治すとも」



 二人仲良き事は美しきかな。レイはあくびを出してゆっくりと意識を閉ざしたのだ。

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