死にたい人の短篇集
白き悪
オハナシノセカイ
昔々、この世界はゲンジツでした。
だけどいつからか、ゲンジツの世界とオハナシの世界は、少しずつ入れ替わっていきました。
そうして今では、ここにゲンジツなんてイッペンタリトモ存在しません。この世界はみんなイチヨウに、オハナシイッショクになってしまったのでした。
でも、どうせオハナシの世界になるのなら、楽しい世界であってほしかったと、ワタシはいつも思うのです。
だけどそんなにツゴウよくなんていきません。ああ、カミサマはどうしてこんなに意地悪なのでしょう。
そんなことを思いながら、今日もサビツイタカラダをどうにかこうにか起こします。
朝はニガテです。ただでさえサビツイタワタシのカラダが、もっと動かなくなるからです。
それでもガンバッテ、居間へと足を動かします。
カツテこの家には、三人のニンゲンがいました。お父さん、お母さん、そしてワタシです。
だけど今では、この家にニンゲンはひとりもいません。そもそも家じゃあありませんので。
ここは鬼の巣になってしまったのです。
大人の鬼がふたり、ここに住んでいるのですから。鬼たちはいつも喧嘩をしています。
オカネがどうとかシゴトがどうとか言っていますけれど、ワタシにはよくわかりません。
ワタシは鬼ふたりに見つからないように、こっそりと巣を抜け出しました。
喧嘩をしているふたりはワタシを見つけると、そのホコサキをこちらに向けてくることがあるからです。
鬼はコワイです。だけどワタシはニンゲンじゃないので、ココロはとくに動きません。
いつも俯いているセイで胴体よりもサビツイテしまった首の角度を、ギギギと上へ向けます。
そこには、困り顔の空がありました。今に泣き出すかもしれません。
それに備えてワタシは、サカサの受け皿を持ちました。これで濡れることはありません。
首の角度をスイヘイにすると、ワタシと同じくひとりで歩くロボットや、いつも大勢で歩いている口だけの怪物たちが行き交っているのが見えます。
視線が合うのが怖くて、ワタシはいつも通り俯きました。俯くときだけは、首がギギギとならないのです。
どんどんサビツイテイクカラダをどうにかこうにか動かして、わたしはトケイの建物へと向かいます。
近づくにつれて、口だけの怪物は増えていきました。
やっとの思いでたどりつき、自分の靴箱を開けます。するとそこから、オゾマシイ虫が飛び出してきました。
ワタシはびっくりして、シリモチをつきます。
「「「アハハハハハハハ」」」
口だけの怪物が、こちらを見て笑っていました。
だけどワタシはニンゲンじゃないので、ココロはとくに動きません。
こういうときワタシは、イッチョクセンにテクビのトソウをはがしたくなります。
ドウグを使って、キレコミをイレルのです。
そうするとワタシを覆うサビツイタトソウがはげて、真っ赤な中身が飛び出します。
そうしてからすぐは綺麗な赤色なのに、時間が経つとキタナイ色に変わってしまうのです。だからその度に何度も、またキレコミをイレタクなります。
やりすぎると中身が出すぎてクラクラしてしまうのがタマニキズですが。
それに、これはあまり人前でやってはいけないみたいです。
だからソトではやらないし、テクビを見られないよういつもナガソデを着ています。
チクタク、チクタク。トケイはすろーもーしょんで動きます。
トケイの建物では、時間がゆっくり進むのです。
だからワタシのカラダは、さらにどんどんサビツイテいきます。
ごーん、ごーん。
時間ケイカと共に、不気味な鐘がなります。
止まった時間の中をナントカやりすごして、ようやく最後の鐘がなりました。
それを合図に、ワタシたちはトケイの建物を後にします。
帰ってもイイコトなんてありませんが、それでも帰る場所はひとつしかないので、ワタシは鬼の巣に戻ります。
なぜだかカギはかかっていませんでした。かけ忘れたのでしょうか。
ワタシはおそるおそる巣の中に入ります。
キョクリョク、鬼の視界に入らず過ごしたいからです。
普段、この時間に鬼ふたりはいないのですが、それでも万が一、ということもありますからね。
なんだか、オハナシの世界になってから、ワタシはいつもビクビクしているみたいです。
一歩一歩、ゆっくりと歩を進めます。
すると、ふたつの人影が見えました。
ワタシはビクッとして、そちらを向きます。
そこにあったのは、ふたつのテルテルボウズでした。
どちらも、大人ひとり分くらいの大きなものです。
こういうこともあるのでしょう。こういうことも、あるのでしょう。
はじめに感じたのは、キョウフでもサビシサでもありませんでした。
ただ、ただ、羨ましいと。そんなふうに思ったのです。
だってワタシもこの世界から、ずっとずっと、抜け出したかったのですから。
それからワタシは、自分の部屋へ入りました。
ドウグを使って、テクビにキレコミをイレます。
キレコミが深すぎたのか、ワタシはクラクラして地面に倒れ伏しました。
サビツイタノドが震え、乾いた音が響きます。
「あははははははははははは」
どれだけそうしていたか、わかりません。
ずっとこうしてきたようにも思えます。
世界はいつにも増して、極彩色でした。
極彩色も行き過ぎてしまえば、歪に混ざり、汚くなるだけです。
ぺろりと舌を出して、ワタシはキレコミから漏れ出た液をなめとりました。
鉄の味がします。ああよかった。ワタシはちゃんと、ロボットみたいだ。
シインと静まり返った部屋の中、ひとり。
窓の外では、空が泣いていました。
だけどワタシはニンゲンじゃないので、ココロはとくに動きません。
心はとくに、動きません。
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