第20話 カーチェイスとニューフェイスのこと
カーチェイスとニューフェイスのこと
「揺れますよ!掴まってください!!」
神崎さんの声が響く。
山中さんの車が軽トラを追い越すと同時に、軽トラは急ハンドルを切って後続車の進路を塞ぐ。
うわわわわ!落ちる落ちる!!
慌てて荷台の端を掴んでしがみ付く。
・・・なんで先輩は微動だにしていないのかな???
バランス感覚が鬼すぎる。
軽トラに進路を妨害された先頭車両が、激しくパッシングとクラクションを繰り返す。
運転席の男が、こちらに何事かを怒鳴っているのが見える。
『どけよ』かな?
まあどくわけがないのだが。
「警察で~~~す!!前の車止まって下さ~~~~い!!!」
助手席の男が、窓から顔を出してニヤつきながら叫んでいる。
おまけに窓からハンマーを持った手を出して、ブンブン振り回している。
・・・そんな頭の悪そうな警官がいてたまるかよ。
小学生並みの知能があるかも怪しいぞ。
っていうかさ。
俺はともかく、こいつら先輩のこと見えてるの?
2メーターオーバーの筋骨隆々の大男が、六尺棒持って仁王立ちしてるんだよ?軽トラの荷台で。
危機管理能力バグってんじゃないのかこいつら。
アレな薬物とかやってるのかな。
とにかく、このまま高柳運送に帰るわけにはいかない。
万が一にも逃げられれば拠点の位置がバレてしまう。
どう見ても友好的ではない相手だし、先手を取るか・・・?
「止まれ~!止まらないと撃つぞ~~~!!!ギャハハハハハハ!!!!」
ハンマーを車内に戻した男は、なんと拳銃を取り出した。
・・・警察のものじゃないな。
オートマチック式の・・・なんていうかヤクザ映画で見たことがある形だ。
「止まれってんだよォ!!!!」
先程のにやけ顔から一転、怒声を張り上げた男は空中に向かって発砲。
・・・本物か。
じゃあ・・・遠慮しなくてもいいな?
「ぬん!!!」
拳銃を構えようとした俺に先んじて、先輩が手を振る。
「あ?え?えええええええええええええええええええええええ!?!?」
視線の先で、男の手がスパンと斬れ跳ぶのが見えた。
銃を握ったままの手が、後方車両のフロントガラスに激突。
蜘蛛の巣状のヒビを入れた。
男は信じられないように、手首からほとばしる鮮血を見つめて悲鳴を上げる。
・・・手裏剣だ。
この前先輩が鉄板から作っていた冗談みたいにデカいやつだ。
なんつう威力だよ・・・
「撃て!田中野ォ!!」
呆然としていたが、先輩の声で我に返る。
・・・いかんいかん、ちょっと脳がバグってた。
仕方ないじゃんあんなの見たら。
助手席の惨状に何かを叫んでいる運転手に向け、俺はしっかりと狙いを付ける。
深呼吸し、引き金を引いた瞬間・・・運転手の男と目が合った。
軽い銃声のあと、フロントガラスにヒビが入る。
・・・ヒビでよく見えないが、喉に着弾したようだ。
パッと血が飛び散るのが見えた。
撃たれた衝撃でハンドルを切ったのか、ぐりゃりと蛇行した先頭車両がスピン。
先程手首が着弾した後方車両を巻き込んで、派手に横転。
道端の・・・たぶん花屋に突っ込んだ。
「よっしゃ!」
「まだじゃ!もう一台おるぞ!!」
思わずガッツポーズをした俺に、先輩が言う。
おっとと、そうだった。
最後に残った車両。
そいつは突如猛然と速度を上げ、こちらに突っ込んでくる。
横転した仲間に目もくれずにだ。
・・・こっちに突っ込んでくる気だな!!
「んのやろ!!」
運転席に目掛けて拳銃を連射・・・した瞬間に軽トラが跳ねた!
石かなんか踏んだのか!?
ああくそ!逸れた!!
フロントガラスは撃ち抜いたがたぶん運転手には当たってない!!
急いで次弾を装填しないと・・・
「ぬううううううあっ!!!!!!!!!」
先輩の叫び。
ばぎん、とも、ぐじゃ、とも聞き取れる轟音。
銃弾を装填しようと手元に目を落としていた俺は、慌てて音の出所を見た。
・・・フロントガラスを、六尺棒が貫通している。
呆気にとられた俺の目の前で、車は横滑りをした後轟音と共に横転した。
・・・ええ?
ええええ~???
なにあの・・・なに?
「神崎さん、停めてええぞ」
「・・・は、はい」
目の前の現実を受け止めきれない俺を尻目に、先輩が神崎さんになんてことないように声をかける。
神崎さんも、何とも形容しがたい声で返す。
軽トラが停車する。
遅れて、前方の山中さんの車も止まった。
先輩がひょいと地面に飛び降りた。
俺も拳銃片手に慌てて後を追う。
「さ、刺さるんですねえ・・・・六尺棒」
「先が尖っとるけぇな」
・・・いやいやいや。
刺さらないでしょ、普通は。
横転した車に近付いていくと、その惨状が目に飛び込んできた。
先輩の投げた六尺棒は見事にフロントガラスを貫通。
運転手の顔を・・・その、うん。
・・・下顎は確認できたよ。
即死だな、これ。
「これは無くしたらちと困るけぇな」
ずるりと六尺棒が引き抜かれ、先輩の一振りによって付着していたカラフルな何かが地面に飛び散る。
・・・ちと?
・・・まあ、先輩なら最悪鋼材でも角材でも武器にできるもんな・・・
「う・・・あ、ああぁ・・・」
車内から声がする。
助手席に人影はないから・・・後ろか。
どうやら同乗者がいたらしい。
「ぬ・・・うん!」
横転によってひしゃげた後部ドアを、先輩が力任せに開ける。
・・・もう、もう何があっても驚かんぞ、俺は。
重機かよ。
「ひぁ・・・た!たす、けて・・・!」
そのまま後部座席から、血だらけの男が引き出される。
返り血かと思ったが、よく見れば両足が愉快な方向に曲がっている。
加えて、肩には大きく穴が開いている。
・・・そっかあ、運転手を貫通してこいつで止まったのか、六尺棒。
スゴイナー・・・
「おまーに任せる、わしは尋問苦手じゃけぇ」
どちゃりと先輩が男を俺の方に投げる。
そのショックで覚醒したのか、男が俺を睨みつける。
40代・・・くらいかな?
なんというか・・・イリーガルな仕事に就いてそうなファッションだ。
何だよそのワイシャツ。
絶対普通の会社員じゃねえ。
「て、てめえら・・・こ、こんなことしてタダで済むと、思ってんのか・・・!!」
棚から落ちたプラモデルみたいな状況で、よく強がっていられるなあ。
何も答えず、穴の開いた肩を蹴る。
「ぎいいいいいいいいいい!?ああああああがあああ!?」
「うるせえよ、そりゃこっちのセリフだっての、間抜け」
男は唯一無事な手で肩を押さえ、地面をのたうち回る。
「お前は、どこの、どいつ、だ!」
暴れ回る男の、砕けた足や肩をひたすら蹴りつける。
その度に男は電流が流れたように跳ねる。
「があああ!!があああ!!!やべ!やべろお!?」
まだ元気だな。
「おい、これ見てみ」
男に拳銃を見せつけ、残っていた1発をギリギリ股間の辺りの地面に撃つ。
「ひいいいいいいいいいいいいあっ!?」
「あとこれも」
刀を抜き、首に押し付ける。
首筋の皮が切れ、血が流れる。
「あひっ!?」
「もっかい聞くけど・・・どこの、どなた?なんで俺たちを襲った?」
さすがに男は震えながらおとなしくなった。
「ああああ・・・りゅ、瀧聞会・・・瀧聞会の佐々木だ!」
瀧聞会・・・前に聞いた龍宮のヤクザだな。
それで拳銃なんて持ってたのか。
「ふうん、で?なんで俺たちを?」
佐々木は項垂れ、絞り出すように言う。
「・・・く、車ァ」
「は?」
「いい、車だったんで・・・その・・・」
・・・山中さんの高級車か。
え?それだけのことで?
「車・・・車が欲しいからっていきなり襲ってきたってのか?」
「そうだ・・・そうです!そうですぅ!!」
何か知らんがふてぶてしかったので、刀を強く押し付けたら素直になった。
しかし・・・なんかもう・・・疲れてきたな。
なんでだよ、ゾンビウイルスと一緒にアホになるウイルスでも発生したのか?
・・・ゾンビがウイルス由来かはわからんが。
「あー・・・とりあえず聞きたいことがあるから答えろ」
「はい!はい!!」
・・・さて、とっとと終わらせようか。
「先輩、ヤクザってあんなアホでもつとまるんですか?」
「・・・下っ端はあんなもんよ、映画みとぉにカッコいいもんじゃなぁ」
過ぎる景色を眺めつつ、荷台に座って先輩に聞く。
身も蓋も無い言葉が返ってきた。
「あーでも・・・今までの連中も大なり小なりそうだったなあ・・・アホの方が生存力が高いんですかね?」
「暴力振るうんに、ためらいのない奴は生き残れるけぇ・・・アイツらはそりゃ大得意じゃろ」
「・・・俺たちも似たようなもんですね」
「大事なんは振るう理由じゃ、そこを間違わなけりゃあ、ええ」
・・・肝に銘めいじておこう。
カテゴリー的には同じタイプなんだし。
「ちなみに先輩の理由は・・・?」
「巴と、子供らぁと、仲間・・・最後にわしじゃ」
でしょうね。
っていうか自分の優先順位低いな?
「俺は・・・とりあえず降りかかる火の粉を払うことですかねえ」
「ええじゃろ、それで。正邪は死んだ後で閻魔様にでも任せりゃええんよ・・・どうせわしらは揃って地獄行きじゃあ」
はっは・・・確かに。
今考えても仕方ないな、そんなこと。
俺は、手元でオートマチック式の拳銃を弄びながら笑った。
これは、あの車に積んであったものだ。
佐々木を尋問し・・・永遠に静かにした後で物色したのだ。
拳銃が3丁に・・・予備の弾倉が6つ。
あろうことか紙袋に無造作に入れてあった弾丸も回収した。
残しといて回収されても困るしなあ。
ちなみに先に横転した2台は、見に行くと煙を上げて炎上していたので放置した。
火葬の手間が省けてよかったなあ。
「しっかし、今度はヤクザですか・・・嫌だなあ、物騒な奴らばっかで」
「ふん、来たら片端から叩きつぶしゃええんじゃ。ゾンビより質が悪いけぇな」
先輩はシンプルでいいなあ・・・
いや、巴さんのためなんだろうけど。
「そういやあ、何人ぐらいじゃったか」
「100人以上って言ってましたけど・・・どう思います?」
「元々はそんくらいおったんじゃろうが・・・今はどうかのう?少なくとも6人は減ったんじゃし」
これも尋問の成果だ。
構成員の数も聞いておいた。
さすがに広域指定暴力団・・・数だけは多いな。
害虫と一緒だ。
「アイツらが農場経営でもできりゃあ別じゃが・・・奪うことしかできんカス共じゃ、減るばかりじゃろうよ」
「確かに、そうですね」
「警察も馬鹿じゃないじゃろうし・・・戦えば人数も減るしのう」
まあ、俺たちとしちゃその方がありがたい。
ありがたいが・・・油断だけはしないようにしないとな。
足元を掬われかねない。
「どっちにせえ、市街に行くならいずれはかち合うじゃろうしのう」
「はあ・・・ゾンビの方がよっぽどマシだなあ」
「軽く小突けば死ぬるしのう」
「そりゃ、先輩だけですよ・・・」
俺は溜息をつきながら空を見上げる。
降ってきそうだな・・・それまでには帰れそうだけど。
「おじさん!おかえりー!」
「たっだいま、璃子ちゃん」
ぽつぽつ小雨が降り始めるころ、高柳運送に帰ってきた。
「わ!鉄砲がいっぱいある!・・・大丈夫だったの!?」
荷台の中を覗き込んだ璃子ちゃんが、転がる拳銃やらを見て驚く。
「うん、そこらへんに落ちてただけだから」
「・・・おじさんさぁ、あり得ないくらい嘘が下手だよねえ。顔見ればすぐにわかっちゃうよ?」
ジト目で睨んでくる璃子ちゃんである。
「・・・やっぱり仮面でも付けようかなあ」
一生インディアンポーカーはできそうにないなあ、俺。
「ひゃうん!わぉん!」
遠い目をしていると、社屋から走り出てきたサクラが俺を見つけて突撃してきた。
おーおー、可愛い奴よ。
「たーだいま、サクラ」
「きゅん!くぉん!!」
荷台から降りて手を広げると、ミサイルのように飛んできた。
あばばばば、口を舐めるのはやめなさいあばばばば。
「・・・か、かわいい」
背後から巴さんの声がする。
振り返ると、とろけそうな顔をして立っている。
「ふわぁ・・・モデルさんみたい・・・」
璃子ちゃんはその容姿に圧倒されている様子だ。
背も高いし美人だもんなあ、巴さん。
「わぁっ!この子もかわいい~!はじめまして!七塚原巴です!仲良くしましょ!」
璃子ちゃんを見た巴さんが。目を輝かせている。
可愛いものが大好きだからなあ、巴さん。
・・・その可愛いの最上位が先輩なわけなので、その美的センスには一抹の不安が残るが。
「はわ・・・斑鳩璃子です!お姉さんがナナおじさんの奥さん?」
「はいっ!奥さんです!・・・ナナおじさん!?むーさんそんな可愛い呼ばれ方してるの!?」
璃子ちゃんの手を取りながら、巴さんが驚く。
「むむむ・・・ナナさんも捨てがたい・・・でもむーさんはむーさんだから・・・」
何の葛藤だ、何の。
大体ナナさんにしたら巴さんもナナさんになるでしょうが。
呼びにくい事この上ないわ。
「わふ!」
『あたらしいひとだ!』みたいな顔をしているサクラを撫でる。
犬に優しい人が分かるのかな、サクラ。
「サクラ、先輩の奥さんだよ。ご挨拶してきな」
地面にサクラを下ろすと、巴さんに寄って行って一声。
「わん!」
「んぎゅうううううう~~~~!か~わ~い~い~!」
巴さんはすかさず片手でサクラを抱き上げ、先輩がやったように頬ずりしている。
あああ、もう顔中がヨダレまみれに・・・
「田中野さん!わたしここに住みます!右も左もかわいい子ばっかりですっ!!」
「ああ・・・はい・・・ど、どうぞ」
「えへー!」
「わぉん!」
片手にサクラ。
片手に璃子ちゃん。
巴さんは幸せいっぱいの表情だ。
璃子ちゃんもサクラもそうだ。
うん・・・よかったよかった。
おっといけない。
山中さんの様子を見ていなかった。
高級車に歩いていくと、山中さんがちょうど降りてきた。
「お疲れ様です山中さん、とりあえず今日の所はゆっくりしてください」
「あ、田中野さんこそ・・・随分物騒なんですね、外は」
先程のカーチェイスのことだろう。
俺たちはなんだかんだ言って荒事には慣れているが、山中さんにはキツかろうなあ。
「龍宮に入ってからこっち、特にそうですね。でも安心してください、詩谷はここより安全ですから」
「そ、そうですか・・・よかった」
子供たちのことを思い出したのだろう。
山中さんは胸を撫で下ろした。
「なんたって警察がガッチリ守ってますからね・・・あっと、降ろす荷物があれば手伝いますよ」
「いいえ、この子だけですから大丈夫です」
そう言うと、山中さんは後部座席から何やら荷物を取り出している。
・・・この子?
「あ、でもすみません・・・これ、持ってもらえますか」
山中さんはそう言うと、俺に紙袋を渡す。
この中身は・・・なにやら粒粒の感触がある・・・ドッグフードかな?
え、山中さんも犬を連れて来ていたのか?
「わふ!・・・くぅん?」
いつの間にか足元にいたサクラが、山中さんの方を見て不思議そうに鳴く。
スンスン鼻を鳴らしているな。
犬の匂いがするのだろうか。
「ごめんなさいねぇ、狭かったでしょう・・・もうすぐご飯にするからね?」
山中さんは後部座席から取り出したペット用のケージに優しく語りかけている。
ああ、やっぱり犬だな。
サクラのお友達になれればいいんだが・・・
「こんにちは!斑鳩璃子です!・・・お姉さん、それってワンちゃん?」
いつの間にか俺の後ろにいた璃子ちゃんが、山中さんに声をかける。
「あら!かわいい子ねえ、山中美登里です。ううん、違うのよ・・・この子はね・・・」
顔をほころばせ、山中さんが答える。
・・・犬じゃないなら猫かな?
そう思い、サクラたちとケージを覗き込むと。
「・・・ぎゃう!」
なんとも形容しがたい鳴き声が聞こえてくる。
・・・なにこの鳴き声。
「・・・えっえええ!?うそうそうそぉ!?」
「わふ!」
璃子ちゃんが驚愕の声を上げた。
サクラは興味津々だ。
その時、晴れ間が覗いた影響か光が差した。
ケージの中が浮かび上がる。
「・・・へ?」
俺は思わず目を丸くした。
黒い毛でずんぐりした手が見える。
茶色と白の毛で覆われた顔が見える。
なんともかわいらしいその目も。
「レオンくんだぁ!!」
「きゅるる!」
璃子ちゃんの黄色い悲鳴に応えるように鳴き返す動物。
昨年度、リュウグウパーク人気動物ランキング第一位。
レッサーパンダのレオンくんが、そこにいた。
・・・いや、レオンくんかはわからんけども。
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