第63話 タイムリミットのこと

タイムリミットのこと








『・・・なんだ今の手は?あれが鬼の爪か!?』




『んでね・・・今のは鬼の爪ではね』




『どこで覚えた!?卑怯な手を!・・・許さねえ!!』




プレーヤーの画面の中では、2人の侍の勝負に決着が付こうとしていた。


現在俺は、桜井さんと神崎さんと並んで映画鑑賞中である。


この監督が作る時代劇映画、なんていうか地に足がついた感じで好きなんだよなあ。




「いやぁ・・・初めて見たけどよかったよこの映画!僕は好きだなあ」




「戦いの最中に目線を外す・・・中々できることではありませんね」




「鬼の爪っていう名前だからすげえ必殺技かと思ったら・・・っていうところがミソなんですよ、この映画は」




映画が終わり、思い思いの感想を述べる俺たち3人。


時刻はそろそろ、帰宅してから半日が経とうとしているあたりだ。


もうそろそろ夜になる。




今日俺は、駅から噛まれてゾンビになるかもしれない桜井さんを自宅に連れ帰った。


左手の小指を噛まれた瞬間に薬指から先の掌を斬り飛ばしたわけだが、これが吉と出るか凶と出るかわからない。


ゾンビ映画ならこれでいけると思うんだが・・・


残念ながらこれは現実だ。


唾液から感染するのか、はたまた血液から感染するのか俺には皆目見当がつかない。




美沙姉や美玖ちゃんに会わせるのは、桜井さんが無事に生き残ってからだ。


幸いにして、詩谷駅に今日行くことは宮田さんにしか連絡していない。


もしも・・・もしも駄目だった場合、美沙姉には「ゾンビになっていた」と報告するつもりだ。




というわけで、ゾンビ化へのタイムリミットである1日半。


桜井さんは、俺の家で簡易的に隔離することにした。


ただ、そのままボケっと待っていても仕方がないし、映画でも見ようかという話になったわけだ。


ちなみに席の配置は、桜井さんを挟んで俺と神崎さんが座っている状態だ。




表面上はなごやかに過ごしているように見えるだろう。


だが、神崎さんは拳銃がいつでも撃てるように腰のホルスターの留め具を外している。


かく言う俺も、一呼吸で剣鉈を引き抜いて斬れる位置に鞘を移動している。


桜井さんも、もちろん気付いているだろうが何も言わない。






俺が神崎さんや花田さん、宮田さんから聞いている人間からゾンビへの進行症状は次の通りだ。






①高熱が出て意識が混濁する。


②熱が42度を超え、昏睡状態になる。


③熱が引き、持ち直した状態になる。


④起き上がってゾンビになる。






現在桜井さんの体温は37度5分。


これがゾンビ化によるものか、切り傷による発熱なのかは判別できない。


よって②の段階に入ったら桜井さんを拘束し、解熱治療をしつつその後の経過を見守ることにする。




今夜は神崎さんと3時間ごとに交代して眠ることにする。


申し訳ないが、桜井さんには1階にある両親の寝室に入ってもらい外側から施錠するつもりだ。


リミットは明日の正午前後だが、最低でも日付が変わるまで監視するとしよう。






「さて、そろそろ風呂が沸いたかな。神崎さん、お先にどうぞ」




「いえ、ここは家主の田中野さんが先に・・・」




「レディファーストですよこれは。家主命令です!」




渋る神崎さんを説得し、先に風呂に入ってもらう。


温かい風呂なんだからゆっくり浸かってリフレッシュしてほしい。


特に今回のMVPだからな。


手りゅう弾や援護射撃がなければ、ここまで帰れていたかもわからんし。






「桜井さんすみません、入りたいでしょうけど風呂は・・・」




「うん、わかっているよ。僕は明日の夜入らせてもらおうかな」




「ええ、そうしてください。ところでどうです?傷の具合は・・・」




「痛み止めのおかげで何ともないよ。熱のせいか体がフワフワするけどねえ」




神崎さんがいなくなり、俺と桜井さんだけになる。


心苦しいが、桜井さんはもう少し我慢してもらわなくちゃな。




「眠くなったらいつでも休んでくださいね、布団はもう敷いてありますんで」




「悪いねえ。何から何まで・・・」




「いえいえ、お気になさらず」




ふと、沈黙が満ちる。


いかん、会話がなくなってしまった。


まあ、今日初めて会ったんだししょうがないか。


適当な映画の話でもするかな・・・




「・・・田中野くん」




話題を探していると、桜井さんが神妙な顔で問いかけてきた。




「もし僕が、ゾンビになったら・・・」




「ちょっと桜井さん、やめましょうよそんな話」




「いや、嫌な話だろうが聞いてくれ」




やんわりと制止しようとしたら、強めの口調で遮られてしまった。




「僕は駅で死んでいたことにしてもらえないか・・・実はね、駅にいる時に遺書も書いてるんだよ」




「・・・」




「これを、僕の死体から見つけたことにしてほしい」




そう言うと、桜井さんは胸ポケットから大学ノートの切れ端を取り出した。


それを俺に渡してくる。




「頼むよ、こんなこと君にしか頼めない・・・同じ男としてね」




「・・・預かるだけですよ。こんなもん、渡す役にはなりたくないですから」




受け取った遺書は、四つ折りにした紙だというのにとてつもなく重い気がした。




「もちろん、僕はゾンビになんかなるつもりはない。でも、万が一ってこともあるしね」




「そうですよ、せっかく俺が頑張って助けに行ったってのに・・・ここで死なれちゃ困ります」




「ははは、そりゃ骨折り損だもんねえ」




桜井さんがその熊みたいな顔を綻ばせる。


・・・なるほど、笑うと途端に優しい顔になるんだな。


美沙姉はこの顔にコロッといったのかもしれん。


桜井さんが右手を差し出そうとして不意に引っ込めた。




「・・・握手は明日の夜までとっておくよ」




「それがいいですね」




その後は、特に他愛もない話をして過ごした。


ふと美沙姉との馴れ初めが気になったので聞いてみる。


聞きたくもない惚気を美沙姉から聞かされたからな、こうなったら旦那側の意見も聞いておこう。




「うん・・・それがねえ・・・」




やけに歯切れが悪い。


何かあるんだろうか。




「その・・・ゼミの飲み会があって・・・気が付いたら僕の部屋の布団で美沙が・・・その・・・」




まさかの朝チュンである。




「男として、責任は取らなくちゃいけないしね。まあ、美沙のことは元々いいなって思ってたんだけど・・・」




「そ、それならよかったんじゃないですか。今は美玖ちゃんっていう可愛い娘もいることだし」




「うん、後悔はしてないし、美沙も美玖も大事な僕の家族さ。でもねえ・・・」




「でも?」




「あの飲み会の時さあ、僕お酒飲んでなかったんだよね。元々呑めないからウーロン茶しか頼んでないんだけど・・・不思議だよねえ、誰かのを間違えて飲んじゃったのかなあ」




「ほう・・・」




「美沙がずっと横で世話してくれてたのに、あの時は恩を仇で返すようなことしちゃったなあ」




「ほ、ほほう・・・」




美沙姉・・・


『盛った』な!


何かを!!




・・・だがまあ、憶測に過ぎないし今更そんな話をしてもしょうがない。


今は幸せなんだからそれでいいじゃないか。


・・・いやよくない!


でも今更蒸し返せない!!


あああなんだこのもやもやした感じは!!






「・・・お風呂、いただきました」




何ともいえない気持ちを抱えていると、神崎さんがほっこりして帰ってきた。


前回の水風呂と違い、しっかりリフレッシュできたようでなによりだ。


・・・湯上り美人の破壊力が凄いので、なるべく見ないようにしよう。


訴えられたら負けるし。




・・・俺も風呂に入ってサッパリするか。


そう思って脱衣所に向かう。




なんか脱衣所がいい匂いする!


俺の家じゃないみたい!!


・・・いかんいかん、無心にならねば・・・




風呂場までいい匂いするぅ!?




・・・結局、最後に水をかぶって物理的に頭を冷やした。






「ふぃ~いい湯だった・・・あれ?桜井さんは?」




「もう休むそうです。」




居間まで戻ると、そこには神崎さんだけがいた。




「そうですか。・・・今のところ大丈夫そうですかね?」




桜井さんが寝ているであろう、両親の寝室へ続くドアを見ながら神崎さんに聞く。




「桜井さんは田中野さん級の回復力ですからね、掌の3分の1を削がれたのに映画を見れるのが考えられません」




「え?薬のおかげじゃ・・・?」




「今回使った痛み止めでは、そこまで痛みは緩和されませんから・・・」




なんと。


とんでもない精神力だなあ。


・・・ちょっと待って、俺級の回復力?


俺が異常みたいな言い方はなんですか?


・・・怖いから聞かないでおこう。




とにかく、俺と神崎さんで3時間ずつ交代で監視しよう。


まずは俺の番だ。




神崎さんには2階にある妹の寝室を使ってもらう。






1時間に1回、寝ている桜井さんの様子を確認する。


今のところ急な発熱を起こした様子はない。


・・・両親が使うダブルベッドが小さく見えるな、これ。




3時間経過。


今のところこれといった異変は見つからない。




「お疲れ様です、代わります」




起こそうと思っていたら、時間ピッタリに神崎さんが起きてきた。


さすが自衛隊。


時間には正確だな。




「ありがとうございます、今のところ異常なしです」




「わかりました、ゆっくり休んでください」




2階へ上がり、自室のベッドに入る。


漫画でも読みたいところだが、しっかり寝ておかないとな。


・・・こんなに綺麗に布団畳んでたっけ?


まあ、前に帰ってから時間経ってるもんなあ、勘違いだろう。




とにかく寝なければ。


・・・なんかいい匂いするなこの布団!?


この前干したのがよかったのかな?




何とも言えない気持ちで眠りについた。






「田中野さん、田中野さん」




起きると目の前に神崎さんの顔がある。


うーん、朝から美人だ。


夜でも美人だけど。




「・・・朝から心臓に悪いですな」




「どういう意味ですか、それ」




「美人を見る前にはしっかり心構えしとかないと、最悪心臓が止まるんですよ」




軽口を叩きながら起きる。


あれから・・・6時間経ってる!?ナンデ!?


目覚ましは・・・なんで止まってるの!?しっかりセットしたのに!!




「すいません神崎さん!寝過ごしました!」




「あぅ・・・朝からもう・・・」




「・・・神崎さん?」




「ひゃい!!・・・さ、桜井さんの状態も安定していますから、問題ありません」




疲れているのか反応の鈍い神崎さん。


そりゃ俺が6時間寝ちまったからな・・・悪いことしたなあ。






1階に下りて桜井さんの様子を確認する。


よく寝ているな。




「元気そうに見えましたが・・・やはり単独で生活されていたので、疲れがたまっていたのでしょう」




「そうですね、寝たいだけ寝かせてあげましょう」




今のところ症状は安定しているので、家の中を神崎さんに任せて畑仕事をする。


といっても水をあげるだけだが。


よしよし、適当な土づくりにも関わらず、野菜くん達は順調に育っているな。




カロリー的にも、味的にもジャガイモは貴重なので増産を考えた方がいいかな。


坂下家じゃないほうの隣家の庭を畑に改造しようかな・・・


どうせ帰ってこないだろうし。


もし帰ってきたら土下座して謝っとけば何とかなるだろ。


隣のおばあちゃんいい人だし。




「田中野さん!桜井さんの容体が!!」




若干できてきたサニーレタスを味見しようか考えていると、ベランダから神崎さんが声をかけてくる。


・・・くそっ!駄目か!?






「高熱です。ただ、これがゾンビ化によるものか、昨日の傷が原因か・・・」




桜井さんの体温は現在39度。


ゾンビ化のトリガーは42度を超える、人間ならあり得ない高熱だからまだわからない。


額に汗を浮かべて寝ている桜井さん。


・・・苦しそうだ。




前もって言っていた通り、両手足をベルトで縛って固定。


そのベルトを紐でベッドの下経由で縛って拘束する。


これで、もしゾンビになって暴れても大丈夫なはずだ。


桜井さんは体が大きいので、縄は頑丈なワイヤー入りのものにしておいた。




剣鉈の位置を確認。


神崎さんも拳銃のセーフティを外すのが見えた。


そのまま、俺たちは桜井さんのベッドの両脇に椅子を置いて腰掛ける。




胃がひりつく。


ゾンビ化のタイムリミットまで・・・あと3時間。






「た、たなかの、くん・・・」




「桜井さん!大丈夫ですか!?」




1時間ほど経った後、桜井さんが苦しそうに俺の名前を呼ぶ。


起きたのか。




「み、さと・・・みく、に・・・つたえて・・・ほしい、ことが・・・」




うなされながら、こちらに声をかけてくる。


・・・ダメだ、ここで安心させたら生きる気力まで尽きてしまうかもしれない。


ゾンビ化のトリガーが何かわからんが、弱気は万病のもとだって言うしな。


ここは心を鬼にせねば。




「・・・嫌ですよ!俺は美沙姉も美玖ちゃんも大好きなんだ!!末期の台詞なんて伝えたくねえ!!!」




「たなかの、くん・・・」




病人に悪いが、胸倉を掴んで耳元で叫ぶ。




「ふっざけんな!そのでかい図体は飾りかよ!!」




美玖ちゃんの笑顔が脳裏に浮かぶ。


喉がつっかえて言葉が出てこないが、無理やり絞り出す。




「自分で!!自分で伝えろ!!で、その後抱きしめてやれよ!!!」




「・・・」




「頑張れ!頑張れよ!!・・・死んだらぶち殺してやるからなっ!!美玖ちゃんの為にも頑張れ!!美沙姉の為にも生きろ!!!」




我ながら無茶苦茶だと思うが、何かを話さないといけない気がした。




「あんたが死んだら、俺も美玖ちゃん達に合わせる顔がねえんだよ!!」




「うん・・・わかっ、た。がんばるよ・・・」




顔を綻ばせてそう呟くと、桜井さんは再び眠りに落ちた。






「・・・心拍、脈拍正常。発熱、現在40度5分」




あれから桜井さんは眠り続けている。


タイムリミットまで、あと1時間くらいだ。




少し前から、剣鉈を抜いてずっと持っている。


もし桜井さんが『そう』なったら、すぐに処理できるように。


神崎さんもいつでも撃てるように拳銃を抜いている。




1分が1時間以上にも感じる。


早く、早く過ぎてくれ・・・




桜井さんが呻く度に、腰を浮かせて剣鉈の握りを確かめる。


大丈夫だ、大丈夫・・・俺は噛まれると同時に患部を斬った。


大丈夫なはずだ・・・




頼むぞ・・・頼む、頑張ってくれ・・・


時計を穴が開くほど睨みつける。




不意に、剣鉈を握りしめた手に、神崎さんがそっと手を添えてくる。


・・・握りすぎて血がにじんでいたようだ。


心配そうにこちらを見つめる神崎さんに、軽く笑いかける。






「発熱、現在39度・・・下がり始めました!」




神崎さんが嬉しそうに言う。


現在は噛まれてから1日半・・・と、3時間。




峠は越えた・・・か?




桜井さんの顔色はいいようだ。


変異のポイントである42度以上には一度もなっていないから、大丈夫とは思うが・・・




だが、安心はできない。


桜井さんが意識を取り戻すまで、このまま監視を続ける。






どれくらい経っただろうか。




「う・・・あぁ・・・」




呻く声に瞬時に反応。


剣鉈を構えつつ桜井さんを見る。




「うわ・・・それ、かっこいいね。山に行くときに便利そう、だなあ・・・」




「桜井さん!大丈夫ですか!?」




「体が重いけど、たぶん・・・動けない・・・のは、縛られているからかあ、ははは」




「体温、37度5分・・・正常です」




そこには、会った時と同じような人懐っこい熊がいた。


熊ゾンビ、誕生ならず!




「神崎さん!これは・・・」




「やはり、切り傷が原因の発熱でしょう。あとは化膿にだけ気を付ければ・・・きゃあ!?」




「やった!!やったあああああああああ!!!はははは!!ははははははは!!!!」




「うわあ、新婚の時を思い出すなあ・・・僕も美沙にあれやろう」




あまりの嬉しさに、咄嗟に神崎さんを抱え上げてクルクルと部屋の中を回転する。


嬉しすぎて我慢できなかった!


訴えないでください!!




「ちょっ!?ちょっと田中野しゃん!おろして、下ろしてくださっ・・・もう!・・・ふふ」




「やったああああああああああああああああああああああああ!!!」




「ふふふ、あは、あははははは!!!」




神崎さんも、俺の頭を抱え込んで笑い出した。


嬉し涙があふれて止まらない。


桜井さんも、縛られたまま笑っている。


あっごめんなさい、後でほどくからちょっと待ってて!!




・・・やったぞ美玖ちゃん!おじさんはやったぞ!!


もう少しで会わせてあげるから、待っていてくれよな!!


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