第13話 避難所のこと 1

避難所のこと 1




雨が本格的に降ってくる中、俺は軽トラを走らせていた。



「へぇ、高1なんだ。」


「はい、3月に引っ越してきたばかりなので周りのこともよくわからなくて・・・」


さっき助けた雄鹿原さんと雑談する。

聞きなれない苗字だと思ったが、やはり他府県出身か。


「土地勘もないところでよくもまあ探索に出たもんだね。」


「うう・・・それは、私も役に立ちたくて・・・」


「死んだら元も子もないんだからさ。掃除とか料理とか、いろいろあるでしょ?」


「はい・・・」


おっと、いかんいかん。

説教みたいになってしまった。

死にかけた後の女の子にする話じゃないな。


「まあまあ、これでも食べて元気出して。」

ダッシュボードの中からチョコレートバーを取り出して渡す。


以前コンビニから調達してきたもので、今やダッシュボードの中は各種バーでギッチギチになっている。

俺一人ではなかなか消費しきれないのだ。


「うわぁ・・・!い、いいんですか?」


「いいのいいの、今見た通り無茶苦茶あるから」


「ありがとうございます!い、いただきます!!・・・おいひぃ・・・」


目を輝かせて彼女はバーに齧りつく。

甘味に飢えていたのだろう、うっすら涙目だ。


小動物的な可愛さがあるな。

しっかし、こんだけ感謝して喜んでくれるんなら、おじさんチョコレート屋ごとあげちゃってもいいな!!



・・・ハッ!!

これがパパ活にハマる心境なのかもしれん・・・

いかん危ない危ない危ない・・・



「いっぱいあるからゆっくり食べな。ただ、ここで食べられるだけしかあげられないけど。」


「ありがとうございます!」


本当のところはお土産も持たせてやりたいが、おそらく避難所全体にいきわたる量ではない。

だいたいこういう小さな不公平が争いを産むのだ。

今?腹の中を掻っ捌かないかぎりわかんないからいいの!!!!


ウッソだろ!?6つ食べたぞこの娘!?

どこに入るんだ一体・・・

女性の神秘を垣間見てしまった・・・



「あとさ、探索に出るならもっと露出を抑えたほうがいい。ジャージとか。噛まれたらヤバいでしょ?」


「や、やっぱり噛まれるとゾンビになっちゃうんですか?」


「それはわかんないけど、感染しなくても噛まれると大怪我だし、ばい菌が入るしね。人間の歯って意外と汚いんだよ。」


「そ、そうですね・・・」


「できれば探索は男子生徒とか男の人に頼んだ方がいい。最悪の場合ゾンビと戦わないといけなんだからね。」


「どういう所を探せばいいんですか?」


「大人数で動くならこの近くにある『キョーナン』がおススメかな。だいたいのものは揃うし。」


車内で色々とレクチャーする。

目的地に着くまでは暇だし、なーんかこの娘危なっかしいんだよなあ。

せっかく助けたのにアッサリ死なれると寝覚めが悪い。

いい娘だから余計に。



まあ俺は避難所に合流する気はないのだが。



・気ままで自由なサバイバルライフ > ・避難所での生活。


こればっかりは仕方がないのだ。

正直、一人だからこそ、この生活はうまくいっている感がある。

自分のためだからこそ頑張れるのだ。


顔も知らない人間のためにはちょっと死ねないなあ。

他人の命を助けることに使命感を得られる、そんな聖者というか勇者っぽい人に頑張ってもらおう。


俺はこの世界の片隅でコソコソ動き回って生き残れれば満足なのだ。



「あっそうだ。学校に着いたら校舎の隅っこでもいいから一晩泊めてほしいんだけど、誰に頼めばいいのかな?」


色々あって遅くなった上に、そもそも寝坊したのがここで響いてきた。

今まで夜に行動したことはない。

以前見た能動的に動くゾンビが気になる。

リスクは極力排除すべきだ。


まあ隅っこでおとなしくしているくらいなら許されるだろう。

自前の食料もリュックに入っているし、迷惑をかけるわけではない。


「ええっと、警察の人が指示を出してるみたいなので・・・たぶんその人たちに頼めば・・・」


ほう警察、警察がいるのか。

思ったよりしっかりしてそうな避難所だな。


・・・ん?


「えっと・・・警察が指示出したの?君たちだけで探索してこいって?」


「あぅ・・・その・・・配給の食料が少なかったから探しに行こうって友達に言われて・・・」


「えっ」


脱走みたいなもんじゃん!!

おいおいおいこの娘けっこうアグレッシブだわおい!!!



その後、軽挙妄動を慎むように彼女が涙目になるまでキツく説教したのは言うまでもない。

食いしんぼで死んだら末代までの恥だぞ。

・・・ここで末代だわ。



そんなこんなで土砂降りの中、目的の高校へ到着した。

『友愛』とでっかく書かれた校門がよく目立つ。

お堅い高校だからか知らんが、周囲をぐるっと高いフェンスに囲まれている。

なるほど、これは籠城するのにもってこいの場所だな。


ここには自家発電機があるらしく、校舎に明かりが見える。



「そこで停車してください!この避難所は満杯で入れません!!」


駆け寄ってきた真面目そうな若い警官が怒鳴る。


「ここの生徒を街で保護したから連れてきたんですよォ!明日には出ていくんで、せめて駐車場に入れてくれませんかねえ!?」


怒鳴り返すと警官は困ったように固まり、無線機でどこかと連絡を取り始めた。


「えっ、田中野さん、行っちゃうんですか!?」


「ああ、言ってなかったっけ。家から(快適すぎて)離れられないんだよ。」


「そんな・・・」


噓は言っていないぞ、嘘は。

しかし吊り橋効果だと思うが随分と信頼されたもんだわ。

・・・やっぱりこの娘心配!!



「あの・・・食事はお出しできませんが、よろしいですか?」

先ほどの警官が心底申し訳なさそうにしながら問いかけてくる。


いい人だなあこの人。

もうちょっと横柄に振舞ってもバチは当たらないと思うが。

お巡りさんもこんな時まで大変だ。


「大丈夫です、自前のがありますんで。」


「わかりました、では門を開きます。」


校門が重そうに開いていく。

そのまま誘導に従って車を進め、駐車場の一番端へ停めた。


「いやあ、助かった。」


「ほっとしたら急に怖くなってきました・・・」


「これに懲りたらもう危ないことはしちゃだめだからね?」


「はい・・・」


車から降りながら、もう一本釘を刺しておく。


雨の中、校舎まで小走りで急ぐ。

リュックを背負って、木刀は手に持つ。

刀は左腰に差している。


警察になんやかや言われそうだが、盗まれたら立ち直れないからな。

それにあっちは拳銃を持ってるんだし、刀くらいは大目に見てくれるだろう。たぶん。きっと。


「比奈ちゃぁん!!」「ひなーっ!!」「よかったよぉ!!」「わあああん!!」


校舎の中に入り、タオルで頭を拭いていると(もちろん雄鹿原さんにも1枚あげた。新品だ。)雄鹿原さんが同年代の女子生徒たちに囲まれてもみくちゃにされている。

人気があるんだなあ。

危なっかしくてほっとけないからかな?

あーあーみんなして泣いちゃって。タオルがびっしょびしょになるぞ。


しかし、仲良きことは美しきかな。

死ぬ気で助けた甲斐があったというものだ。



さて、どこで寝たらいいのかな。

さっきの若い警官に聞いてみるか。

どこに行ったんだろう。


わちゃわちゃしている女子軍団を見ながら考えていたその時だった。



「ひょっとして・・・田中野のおにいさん?」



脇から声をかけられた。


聞き覚えのある声に顔を向けると、そこには一人の女子生徒がいた。


「やあ、由紀子ちゃん・・・」



彼女の名前は坂下由紀子(さかした・ゆきこ)



あの日俺が初めて殴り殺したゾンビ。



坂下のオッサンの一人娘だ。









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