第7話 ムガチ村を襲った魔物(2)
ムガチ村から南へ30分程歩いた平原の向こうに山が見えた。
山と言っても標高は300m程度で、40分で頂上まで歩けるハイキングコースといったレベルだ。それでも、木々に隠されたほら穴に隠れて、魔物がたくさん潜んでいる。平原には昆虫や動物ばかりで、魔物は冒険者に狩られるのを警戒して山や森に潜むのだ。
「この平原を、あの山の方へ逃げていったらしい。」
マルファタが村の自警団たちから聴取した情報だった。
「よし、、警戒しながら進もう。」
昆虫の羽音がうるさくて、山の方の音はあまり聞こえない。
マルファタが芋虫や大きなトンボを倒してくれた。
「サンキュ」
そう言って少し静かになったところで、身を屈めて周囲の音に意識を集中した。
正面の森の奥に、虫や昆虫の這う音や羽音、木々が風に揺れる音と違う、規則的な音が聞こえた。
「・・・・・ギイギイと声がする。」
ゴブリンだ。
こちらには気づくような距離ではない。
平原の草は背が低いので、見張りが居れば気づかれる恐れもあった。
警戒し、少し遠回りをしながら距離を縮めていった。
「この正面、少し登ったところにたくさんいるね」
声が多すぎて数が分からないが、確かに10匹近く居そうだ。
マルファタが木の上をピョンピョンと飛び移りながら、偵察に出ていった。
数分後、戻ってきたマルファタが敵の数を確認していた。
「小さなほら穴があって、見張りが3匹。中は不明。見張りの装備は小さなナイフだけ。盾は無し。胴衣は布きれだけで、防御力は無さそうだよ。弓兵はいない。」
慎重に近づき、3匹の見張りのうち1匹をディックが弓で攻撃し、隙をついてタケミが距離を詰めて残りを倒す。という作戦になった。
「風の力よ、目と手に宿れ」
ディックが小さな声で呟くと薄緑色のオーラがディックの目と手に浮かびあがる
(これが魔法か・・・・)
アリーシャの回復魔法以外は、実際に見るのは初めてだった。
「曲矢っ」
ディックが放った矢が、木々の間を曲線を描きながら飛んでいく。
(風の力で自在に矢の軌道を変えられるのか)
確かに、普通の人間には出来ない芸当だ。これだけでも、変則的な大会ならオリンピックでもメダルが取れるんじゃないだろうか
1匹のゴブリンにディックの矢が命中した。
「ギィッ」
小さなうめき声を上げながら見張りのゴブリンが崩れ落ちる
同時に一瞬で距離を詰めたタケミが2匹のゴブリンの頭部を殴打し粉砕した。
ゴブリンたちは何が起きたかを理解する間も無く即死していた。
ゴブリンの腹から核を取り出し、持っていた武器を回収させている間に、マルファタが周囲の警戒をし、タケミは中の様子を伺う。
ほら穴はそんなに奥まで深くない。
数匹のゴブリンがギイギイと騒いでいるが、それ以外に魔物の気配はない。
「よし、アリーシャのライトの魔法で中を照らしてくれ。一気に飛び込んで始末する」
マルファタとディックは外に逃げてくるゴブリンが居れば逃がさないようにと、待機してもらった。
「光のマナよ、世界を照らして・・・」
アリーシャが呟き、ほら穴の入り口から奥に向かってマナを放出する
「ライトっ」
真っ暗な部屋で急に電気を点けたように明るく照らされた時のように、ゴブリンたちは眩しくてそれぞれの手で目を覆った
タケミは瞬時に飛び込んでゴブリンたちに無慈悲な攻撃を加える
「ギィ、、、ギィ、、」
ゴブリンは悲鳴のような声を上げて次々と死んでいった。
妙に強いゴブリン。。。そういわれても、しょせんはゴブリン。力140速さ80のタケミの攻撃を避ける事も受ける事も出来るわけが無かった
「妙な不安は、思い過ごしか」
そう思いながら周囲を見渡した。ほら穴には奥へ続く道はなく、ここに10匹程度のゴブリンが寝泊まりをしていたのだろう。
「これで、、、終わりか?ゴブリンは全部で8匹、、数は合うけど」
ゴブリンの核を取り出し、持っていた武器やそこらにある荷物などを回収した。
たいしたものは無さそうだ。
「ゴブリンの巣って、こんなものなのか?」
そう思いながら荷物を集めてアリーシャに渡した。
瞬間、大きな遠吠えが聞こえた
「ぐぅああああああああああああああっ」
ほら穴の外からだ
「ぎゃあ・・!」
ディックの悲鳴が聞こえて急いでほら穴の外に飛び出した。
「ぐぅあああっ」
以前見た大きなゴブリン。。。ホブゴブリンか・・
2mを超えるホブゴブリンは、身長こそディックとそう変わらないが、瘦せ型のディックと比較すると、アンガールズの田中がガタイの良いプロレスラーと並んでいるような感じだった。
頭をまるっとかじられ、頭部を失い崩れ落ちるディックの身体が目に入った。
「ディックっ!!!」
叫ぶとホブゴブリンがこちらを見る
タケミの両手がゴブリンたちの返り血で血まみれなのに気づくと、ホブゴブリンは怒りの雄たけびをあげた。
「ぐぅあああああああああっ!!」
マルファタが果敢にホブゴブリンに攻撃を仕掛けるが、身長141cmのマルファタの攻撃は、ホブゴブリンにダメージを与えられないようだった。
一方、タケミは真近で雄たけびを聞かされて、その巨大な音量に驚いて両手で耳を塞いだ。
ロックフェスの野外ライブ会場で、巨大スピーカーの目の前に居て爆音を聞かされているような心境だった。
「やばい、聴力10倍で、この雄たけびは、、、やばい。耳が壊れそうだ」
実際の音量が大きいわけではなく、【10倍で聞こえる】だけなので、鼓膜が破れるという事は無かったが、この音量で平気でいるのは無理だった。
「アリーシャっ」
ディックを回復魔法で何とか出来ないか、、、そう思ってアリーシャを見るが、既に恐怖でへたり込んでいた。
ついこないだ、森でホブゴブリンにパーティを全滅させられそうになったばかりだ、無理もない。
マルファタがすばしこい動きでホブゴブリンを翻弄するが、結局ダメージを与える事が出来ない。
「やるしかない」
タケミは耳を塞いだままホブゴブリンに突進した
体当たりでホブゴブリンが吹っ飛んでいく。しかし、あの時壁にめり込んだ時のような勢いではなかった。
数m吹っ飛ばされたホブゴブリンが、すぐに体勢を直してこちらを睨んできた。
「あの時より力は倍近いはずなのに、、なんでだっ!?」
体当たりした感触も、自転車に乗った人と衝突したときのような衝撃だった。
Lv1の時にアリーシャを抱えて走っても、5kgの鉄アレイ程度にしか感じなかったのに。。。
敵も強い、それはそうだ。しかし、同じホブゴブリンでもこんなに個体差があるものなのか?
アタマをかじられたディックは即死だったし、マルファタは全くダメージを与えられない。
これでFランククエストなのか?
また雄たけびをやられたらたまらない、喉を潰すか口を塞ぐなどしなければ。
その時、アリーシャが立ち上がり何かを呟いた。
「水の恵みよ渇きを潤せ・・・ウォータっ」
アリーシャの両手に水色のマナが集まり、ホブゴブリンに向かって放出された
(ウォータって、移動中に水分補給で使ってた水を飲む魔法だと思っていたんだが・・・・)
タケミが呆然と見ていると、放出された水がホブゴブリンの口の中へ勢いよく流れ込んでいく
「そうか、水で口を塞いだのかっ」
ダメージを与えられるとは思えない水の勢いだったが、アリーシャの意図は雄たけびを封じる事にあったのだ。
「でかしたっ!」
タケミは近づいて全力でホブゴブリンの腹にパンチを打ち始めた
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ。
速さも10倍力も10倍
素早いパンチの1発1発が10tトラックの衝突のような威力だ。
それがボクサーのジャブより早いスピードでひたすら撃ち込まれていく。
ゴブリンのように一撃ではじけ飛んで即死というわけにはいかない。さすがに頑丈なゴブリンのボスだけある。しかし、10秒、15秒の間に数十発の打撃を腹に受け、ホブゴブリンはグラりと崩れて倒れ伏した。
「やった!」
喜びもつかの間。アリーシャがディックに駆け寄る
「アリーシャ、、、何とかなるのか?」
タケミはアリーシャへ尋ねる
「無理です。頭部を食べられてて、、、。蘇生の魔法すらも使えないのに、損傷部の復元魔法、輸血魔法なども併用出来ないと、、司祭クラスの回復魔法でもなければとても無理です」
そうだよな・・・ただ回復魔法を使えばHPが最大まで回復する。なんてゲームの話だ。実際には、損傷修復、輸血なども必要だし、体内に毒素とか、歯や刃物、異物が残っていれば異物を除去しないと内部から壊疽してしまう。
まさか、いきなり最初のクエストで仲間が死亡するとは、、、というか、アリーシャは前回に引き続き、2回目のクエストでも仲間が死んでしまったのだ。
なんてことだ。。。
しかし、やたらと強い感じがしたのは何だったんだろうか。
その答えは、マルファタがすぐに気づいた。
「多分これニャ。この草」
マルファタがほら穴の近くに束で置いてある植物を持って来た。
「これは、、イカリソウですね」
アリーシャが答えた。
「もっと南の方には群生地もあるって言うけど、、この辺ではあまり見かけないニャ」
「イカリソウって?」
タケミはピンと来なくて尋ねた
「滋養強壮効果のある野草です。薬師が使うための採取クエストなんかでも出ています。大きな効果があるものではありませんし。肉食のゴブリンが野草を食べるなんて・・・」
結局、その後の調査によると、滋養強壮に効果のある野草をたまたま食べて、元気ハツラツになったゴブリンだったという事らしい。
しかし、バーサク効果というか、攻撃力だけでなく、体力や防御力もUPするような野草ならとんでもないことだ。
ギルドで教わった座学でも、クエストへ出る前に食事で一時的なバフ効果を得るのは一般的だと言っていたが、似たような事をゴブリンがしていたとは驚きだ。
そのあと、
ディックの遺体を村の近くで埋葬し、タグを回収して帰路についた。
夕陽が傾いて、薄暗くなっていく道中で、マルファタとアリーシャは元気が無かったが、帰り道に色々と話す事が出来た。
「アリーシャとマルファタもLvが上がったか」
「はい、中にいたゴブリンと見張りのゴブリンで全部で8匹。それにホブゴブリン1匹。私はLv1から3へ、マルファタさんもLv2から3へあがりましたね」
タケミもLv3になっていた。
素ステータスは全能力1ずつのUPと、HPが10UP。それに割り振り用のSPが5ポイント。
「アリーシャとマルファタも割り振り用のSPがあるのかい?」
タケミはふと思って尋ねた
「はい。素ステータスは体力やマナなどがUPし、力は増えてませんが、、、割り振りのSPは5ポイントでした。」
アリーシャが答える。
(なるほど、素ステのUPは人によるわけか、、、)
「ウチは、速さが2、力が2、体力が2UPしたけど、HPとかMPとか、他はあがってないニャ。SPは4ニャね」
SPも人によって違うらしい。。
割り振りについては慎重に考えないといけないな・・・
SPの割り振りを決めきれず、そのままにしてステータスウィンドウを閉じた。
もうすぐ町に着く。ギルドへ戻って報告をしよう・・・クエストの完了と、、仲間の死亡について。。。。。。
●初クエスト完了●
行き道・・・ゴブリンなどの討伐報酬・・・・・・銀貨17枚
クエスト完了報酬ムガチ村を襲った魔物・・・・・銀貨16枚、金貨1枚
帰り道・・・ゴブリンなどの討伐報酬・・・・・・銀貨14枚
合計金貨1枚、銀貨47枚
拾ったナイフなどの売却分・・・銀貨2枚
採取アイテム・・・イカリソウなど・・銀貨1枚
トータル・・・銀貨60枚相当
分配・・・当分
ひとりあたりの配分(ディック含む)・・・銀貨15枚ずつ
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