第30話 機械仕掛けの天使

 カション。


 両目の回転が止まり、焦点が合った。口もピタリと閉じたままだ。どうやら初期設定が終わったらしい。


「名前は?」


「はい?」


 と思ったら、急に流暢に喋り出す金髪ツインテールオートマタ。


「タツミ、私の名前は何?」


「……えぇと、一ノ瀬さーん」


 マスターからいきなりタツミと呼び捨てになり動揺してしまう。そして、この一連の流れの中で名前のことなどすっぽり抜け落ちてしまっていた俺が一ノ瀬さんに助けを求めるのは仕方のないことだろう。


「フフ、辰巳君がマスターなんですから、辰巳君が決めてあげて下さい」


 だが、肝心の一ノ瀬さんは母親の如き眼差しで微笑みながら俺を突き放した。


「ねぇ、タツミ。もしかして私、名前貰えないの?」


 そんなセツナイことを言わないで欲しい。もちろん今すぐ考えるさ。オートマタ、オートマタ……。


「!? トーマ、トーマはどうだ!?」


 閃いたままに口走る。


「私、女の子」


「オートマタから取りましたね? 安易すぎると思います。いいですか辰巳君、名前は一生に関わることなんですよ? 大事に考えてあげて下さい」


 二人から責められた。三人集まれば派閥は出来るとは良く言ったもので、今俺が反発するのは愚策であろう。要望通り女の子らしく、安易ではない名前を考える。なんだ、安易ではないって。


「んーー、んーー」


 金髪ツインテロリ……。


「ソーニャ……?」


 俺がボソリとそう呟いたら、オートマタのアホ毛がピコンピコンと動き出す。


「……検索。該当91,400件。画像参照、容姿共通項目あり。……辰巳はアニメキャラの名前をそのまま利用するのね。分かった。私、ソーニャでいい」


 どうやらアホ毛は電波受信装置だったようだ。


「……辰巳君ひどいです。この子は今生まれたばかりのオリジナルの人格なんですよ?」


 不貞腐れるオートマタの肩を抱き、こちらをキッと睨む一ノ瀬さん。さっきから一ノ瀬さんのオートマタ贔屓が凄い。


「……おーけい、降参だ。すまない、俺にネーミングセンスはないから、一ノ瀬さんこの子の名前を考えてあげてくれないかな?」


 両手を上げて降参し、一ノ瀬さんにそう頼み込む。


「ヒカリ、私からもお願い。このままだと私は歩く著作権侵害になってしまう」


「……分かりました。不肖一ノ瀬ヒカリ、精一杯可愛らしい名前を考えさせて頂きます」


 一ノ瀬さんはそう言うと、目を瞑り、静かに思考の海へと舟を漕ぎだしたようだ。邪魔をしてはいけないので、一ノ瀬さんから少し離れてオートマタと待つことにした。


「お前、さっきのアホ毛で検索したの?」


「そう。これはアンテナ代わり。ダンジョン内Wi-Fiに接続できる」


「マジかよ。ダンジョン内にWi-Fiなんて飛んでたのか。俺のスマホとかも電波届くようにできる?」


「できる。SSIDとPASS教えてあげてもいいけど面倒くさいからタツミのスマホにハックして直接設定に入れておく……、おいた」


「早っ、おー、ホントだ繋がる。さんきゅ。あと、なんで一ノ瀬さんの名前知ってたんだ?」


「アイテムボックスが私の家。そのアイテムボックスの共有権限者として名前が載っている」


「へー。アイテムボックスの中に所有者の名前が書いてあるんだな」


「まぁ、タツミの理解度を考慮すればその考え方で間違ってはいない」


「……流石は神話級に小生意気なオートマタだ」


「褒めてもミサイルしか出ない」


「出すな出すな。つーか褒めてねぇ」


 カッ。


 暫く無駄話をしていたら、一ノ瀬さんの目が見開かれた。どうやら名前を考えついたようだ。真剣な表情をしながら、つかつかとこちらに歩いてきて、


「アンゲールス=エクス=マキナ。ラテン語で機械仕掛けの天使。縮めてアンナさん、と言うのはどうでしょうか……?」


 少し不安げな声色でそう提案してきた。


「機械仕掛けの天使……アンナ。うん、良いんじゃないか? カッコイイし、女の子っぽいし。どうだ?」


「アンナ。うん。気に入った。私はアンナ。ヒカリからの名前大切にする、ありがとう」


 オートマタも気に入ったようだ。そこでようやく一ノ瀬さんはホッと、安心した様子だ。


「良かったです。改めてこれからよろしくお願いします。アンナさん」


「俺もよろしくな、アンナ」


「うん、タツミ、ヒカリよろしく」


 こうして俺たちは心強い仲間を──。


「……いや、そう言えばアンナって強いのか?」


「……さぁ、どうなんでしょうか」


 と、思ったが、アンナが戦闘の役に立つのかは未知数だった。


「私は基本的にマスターのステータスやスキルによって強さが決まる。タツミが弱いからまだ弱いけど、それでも恐らくC級ダンジョンくらいまでは余裕。神話級ナメんな」


 無表情でピースサインしてくるアンナ。もしこれが本当なら、間違いなくぶっ壊れ性能だ。あと、俺が弱いってハッキリ言わないで欲しい。


「……そりゃ、頼もしいな。じゃあ早速次の四層で実力を見せてくれ」


「任せて」


「じゃあ、四層にれっつ──」


「待って下さいっ。辰巳君、忘れていますよ・・・・・・・


「ん?」


 レッツゴーしようと思ったら、一ノ瀬さんに引き留められた。はて? 忘れている。何を?


「写真です」


「……あー。なるほど。確かに間違いなくレアイベントだ」


 俺は苦笑しながらスマホを取り出し、アンナを挟んで三人で並び、自撮りモードにする。


「よし、撮るぞー」


 カシャ。


「おっけぃ。さぁ、行く──」


 ガシッ。


「タツミちょっと待って。私半目になってるタイミングだった。撮り直して」


 スマホをアイテムボックスに仕舞ったところでアンナに肩を掴まれる。


「……お前、オートマタなのになんで瞬きするんだよ……」


「タツミ分からないの? ずっと目が開きっぱなしなんて気味が悪いし、可愛くないでしょ?」


 俺は謎の主張だと思ったが、一ノ瀬さんは隣でうんうん頷いている。三人集まれば派閥とは以下略なので、大人しくスマホを取り出す。


「……さいですか。はい、じゃあ撮り直すぞー。さん、にー、いーち」


 カシャ。


 撮り終わった俺のスマホをアンナと一ノ瀬さんが取り上げ、二人でシゲシゲとチェックしている。


「これでいい」


「私も大丈夫です」


「キミたちはアイドルか、何かか」


 こうして俺たちはアホなやり取りを終え、四層へと向かうのであった。

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