三月四日1000 あきの就役

 今日はいよいよ【音響測定艦あき】が大海に出る。騒音への規制がかかった造船所は朝から静かで、まるで別の場所のようであった。見慣れた黒い制服の一団が今日は音楽隊を連れ所定の位置につく。これまた見慣れた作業服を着た人たちも細々と自分の作業をこなしている。

「寂しくなるな」

「なんで?僕また帰ってくるよ?」

この造船所の座敷童である【タマノ】がその様子を見ながらしみじみとつぶやけば、本日の主役【あき】が首を傾げる。ついこの前進水したばかりだと思っていたのに、いつの間にか一人称が自らの名前である『あき』から『僕』になり、体格も格段によくなった。【音響測定艦】は聴力と引き換えるように視力が落ちる。それを補うために【あき】の兄たちが贈った眼鏡の奥で瞳が不思議そうに【タマノ】を見つめている。

「もう、ここは【あき】の帰る場所じゃないんだよ」

「……そっか」

【タマノ】は寂しそうに目を伏せる【あき】の手をそっと握り甲を撫でる。

「【貴艦の安航を祈る】」



雨で清められた艦尾に上げられた真新しい自衛艦旗がはためく。心は晴れやかに瀬戸内の波を切っていく。



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