[7章4話-4]:わたし、帰ってきたよ…




 最後の小休止をした駅舎を後に、片側1車線の国道を歩き始める。


「あの時は線路を歩いたんだよねぇ」


 大きくなった今はさすがに無理だ。手紙を書いてくれた健も、最後の写真を送ってきた葉月姉妹も線路に沿っている国道から位置を教えてくれている。


 山道なので歩く早さに個人差はある。今の茜音の足なら順調にいけば午前中にはあの場所に立てるだろう。


 小出までの蒸し暑さが嘘のようだ。まだ6時台前半で、朝日は出ているが夜気が完全に抜け切れていない。


「ちょっと寒いかぁ」


 今の服装はブラウスが長袖で上半身の寒さはない。足下が冷え込んできたので、最後まで残しておこうと考えていたハイソックスに履き替える。


 それは学校はもちろん普段着にも使っているものではなく、レースをワンポイントにあしらって、子供用のフォーマルなどで幼い頃よく使ったもの。


 菜都実たちと買い物に行ったとき、今でも履けるサイズの物を偶然見つけて購入し、今日まで保存しておいたのには訳がある。


 服を作ってくれた萌も小物は分からないと証言したように、あの写真では茜音や健の膝から下が切れて写っていない。つまりスカートより下は当時立ち会った本人たちでないと分からない。


 靴も当時と可能な限り同じようなデザインをサイズ違いで合わせた。最後の調整で茜音の装いは10年前当日とほぼ同じになった。


 再び山の中に延びる道を辿る。疲れがないわけじゃない。駅にタクシー呼出の電話番号も書いてあったけれど、使わなかった。


 何より旅の最後としては当時と同じく歩いてたどり着きたい気持ちが強かった。この道を歩くのは確かに初めてだ。しかし、駅に降り立った時からゴールへの一歩ずつだと分かっている。


「山道は早く歩けないなぁ……」


 歩道がないので車の気配に用心していたけど、30分ほど歩いても前後からその姿はない。同時にスマートフォンの電波表示もすでに圏外になっている。


 それほど人気ひとけがない場所だという証拠だ。ならばその方が都合がいい。この先に人家がないなら、早朝と同じで顔なじみでない女子高生が一人で歩いているという状況は普通ではないと思われてしまう。


 ゆっくりと、途中休んだり周囲を見ながら2時間近く歩いただろうか。GPS表示の地図は目的地に辿り着いたことを表示していた。2週間前にここに到達した葉月姉妹は、河原まで実際に降りたそうで、高く急な崖を降りられるところに目印を残してくれているという。


 急なカーブを抜けたところに、その場所は突然現れた。


「あれだぁ……」


 スノーシェードがかかる道から右側に見下ろした風景。


 1本の赤い小さな鉄橋。なんの変哲もない小さな橋。それが10年間探し求めた物だった。


 しかし、確かに真弥たちが報告してきたように道からその河原までは高い崖になっており、そこにたどり着くのは大変そうだ。


「これって、真弥ちゃんのリボン……」


 しばらく周囲を探索すると、工事用の鉄の棒が路肩に突き刺してあり、そこに見たことのある小さく黄色いリボンが結びつけられていた。


 紛れもなく、春先に京都で真弥が頭の両サイドに結びつけていたはずだ。最初汚れてしまったのかと思った黒い模様は、近くで見ると『茜音さんへ』と書き加えられている文字。間違いなく二人が自分のために残してくれたメッセージだった。


 そこは少し戻って橋は直接目視できなくなるが、河原まで自分の足でもなんとかなりそうな経路が確認できた。


「ここ……しかないよね」


 ほかの場所と比べればまだいいという程度の道なき道なので、足を踏み外せば崖を転がり落ちてしまう。しかし、葉月姉妹は上に目印をしてくれただけではなかった。途中のところどころに、真弥は自分の髪飾りのスペアだけではなく姉がポニーテールの飾りにしていたものを細く切り、手をかけられる場所に結んである。そのガイドのおかげで危ない目には遭わずに河原まで降りることができた。


「着いた……」


 自然に目から零れ落ちるものがあった。


 目の前にあるのは、末沢川にかかる只見線の鉄橋で、当時は立派と思っていた大きさのイメージとは違って見える。そこでこれまでと同じように目線を下ろして見上げると、頭の中に入っていた画像と見事に重なった。それ以外でもこの場所が間違いないということは、この河原を歩いているだけでも足から伝わってくる。


「ただいまぁ……」


 しばらく探索しているうちに、見覚えのある大きな岩を見つけた。


「昔はもっと大きく見えたなぁ」


 斜面が平らになっていたその岩に上り、そこに寝ころんで周囲を確認した。


 二人で一緒に並んで座っていた場所。そして、茜音が彼から初めての告白を受けたのも、この岩の上だった。


「ここでいいやぁ」


 あとは彼が現れるのを待つだけ。茜音はようやく胸のつかえが取れたような気がした。

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