[5章3話-1]:偶然が重なったあれから…




「はぁ……、これからどうしよかなぁ……」


 自宅が大騒ぎになっているとは知らず、寝台列車の個室から千夏はぼんやりと車窓に流れる夜の瀬戸大橋を眺めていた。


 綺麗にライトアップされている景色を見ていると、ここに一人でいること自体が切なくなってしまう。


 暖かい時期なら、以前に出かけた太平洋側ではなく、この瀬戸内海を見に来てもいいかもしれない。


 ただ、観光地としても名高いこの場所に一人で来るというのも自分の惨めな姿をさらすだけだと思うと、その考えも変わってくる。


 腕時計を見ると、もうすぐ夜の10時。


 和樹に啖呵をきって学校を飛び出したのはいいのだけど、家に帰るのも、それどころかこの町にとどまること自体も今の千夏には嫌に思えた。


 学校を飛び出し、しばらくあてもなく自転車をこぎ、ふと見ると駅前に来ていた。


 そして今に至る。あまり深いことを考えずに列車に乗り、無人駅からの乗車証明を持って、精算するために降りた窪川くぼかわ駅の窓口で思わず口にしてしまった……。


「まだ東京に向かう電車はありますか?」


 窓口で切符を買うときに、そこで止められなかったのには、千夏にとって幸い、探す方としては不幸なことに、いくつかの偶然が重なっている。


 まず、2月の金曜日であったことだ。


 金曜日だから、翌日の学校がないこと。また制服であっても、受験シーズン中だから、上京して受験というシチュエーションは普通に考えられること。


 そんな時期に、普段から制服を崩すこともなく整えていて、緊張しつつもはっきりと行き先を告げた千夏をまさか家出人と思う人はいない。


「新幹線だと厳しいけど、夜行寝台なら個室で行くこともできますよ。明日の朝到着になりますが、大丈夫ですか?」


「構いません。それでお願いできますか?」


 これも時間が良かったのか、悪かったのか。高松から1日1本だけ出ている寝台特急に坂出さかいでで乗り継ぎに間に合う時間だったので、窓口係員はその経路で切符を作成してくれた。


 料金もそれなりにかかった。偶然にもそれを上回る額を持ち合わせていたので、そのまま家に帰ることもなく出発することに成功していた。


 とにかく、地元から一度離れたいの一心だったから、スマホの電源を最初から切ってしまっていた。これなら位置を見つけだされることもないと……。


 高知駅を通過し、寝台への乗り換え駅である坂出駅に到着したときには、それまでの気持ちも少しは落ち着いてきた。


 東京に行くことはこのまま乗ればいい。


 しかし周りの見立てとは逆で、現地での宿泊などの計画も持ち合わせていない。


 それに、今の自分の服装は制服だ。どんな事をするにも目立ちすぎる。


 列車に乗ってすぐに車掌が来て検札があったけれど、まだ荷物を片付けている途中だったし、これまでと同じように受験生と見られたのか、服装を疑問視されることもなく扉は閉まった。


「仕方ないか……。すぐに帰ることもできるよ……」


 ここまま帰っても何も状況は変わらないし、かえって情けなく見えてしまう気がする。


 慎重な千夏にしては珍しく成り行き任せの選択をすると、乗り換えの時間を利用して購入した夕食代わりの駅弁をお腹に入れ、読みかけの雑誌を読んだりしている内に、時間は過ぎていった。

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