5章 彼と彼女とわたし

[5章1話-1]:いつもと変わらない朝

【茜音&千夏・高2・2月】




「おはよぉす」


 通学路の途中にあるT字路で乙輪おつわ香澄かすみは彼女のことを待っていたと思われる二人に声を掛けた。


「おはよぉ~」


「また寝坊か?」


「最近寒いからねぇ、起きられないのも分かるよ」


 自転車のハンドルから放した両手に息を吐き出して手をすりあわせる少女を香澄は軽く睨むと、


「失礼なやっちゃな。お邪魔虫は最後に登場してやろうという気遣いが分からないのか?」


 香澄はそう言って河名かわな千夏ちなつ西村にしむら和樹かずきの二人の前に立った。


「だれもお邪魔虫だなんて思ってないじゃない」


「さぁどうだか……?」


「最近性格悪いぞ?」


「だって、和樹があたしの千夏を持って行っちゃうからでしょぉが」


 和樹に向かって香澄は少しむくれたような声を出した。


「誰もまだ持っていってないだろうが?」


「あんたねぇ……」


「ねぇ……、そんなことやってると遅れるよ……?」


「千夏は黙ってなさい!」「おまえは黙ってろ!」


「うわぁ……」


 二人に同時に言われ、思わずたじろぐ千夏。


 仕方なく、言い合いをしている二人を後ろにして、千夏は学校への道を先に進み始めた。


 こんな騒ぎは今日に始まったことではない。そもそも、千夏にもこの原因の一部が自分にあることも分かっているから、あまり大きな顔が出来ない。


 夏休みのはじめ、和樹のプロポーズとそれに快諾した形で晴れて同級生カップルとなった和樹と千夏。


 本校とは違って、もともと全校生徒が百人にも満たない分校ではそれ以前からも二人は付き合っているという噂が流れていたこともあって、周囲が特別驚くことはなかった。


 それでも二人は交際をするにあたり決めていたことがある。


 和樹が腕に故障を抱え、少年時代から続けていた野球の部活をやめるとき、一緒にマネージャーを辞めた千夏との間には一時悪い噂が広まった。


 今度は二人が交際していることに対して、いつ言いがかりの対象になるか分からない。


 二人が住んでいるこの山間の小さな町では、どんな噂も学校の中だけでは収まらなくなってしまう。


 二人は相談した結果、次の定期テストでこれまで以上の結果を出すと言うことを誓い合って、夏休みだけでなく、平日も放課後は図書室、休日も時間を作っては二人で頑張っていた。


 その結果、夏休み明け2学期の中間テストでは二人とも本校生徒を含めたランキングで学年上位に付けたため、少なくとも教師たちの間でも二人の交際はおおむね好意的に受け止められている。


 それに、二人ともこの交際については非常にオープンだったから、それまで例の噂により千夏を避けていた人たちも見直して戻ってきた人もいて、一時期感じていた千夏への疎外感は薄れてきつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る