[3章4話-6]:その地で暮らすということ




「理香さん、そろそろ……」


 もちろん最初から打ち合わせてあったのだと思う。これだけの言葉で二人は互いに頷いたから。


「この辺でお風呂なら、ゆーぷるでいいのかしら?」


「そうですね。あそこが一番大きいし」


 ゆーぷる木崎湖はガイドブックなどにも紹介される公共の温泉施設で、併設で温水プールなどもある。


 露天風呂もあり、晴れた夜には満天の星を見ながらなんていうことも可能だという。


 来た道を戻るのかと思いきや、理香は車をUターンさせずに進んでいく。途中の道はどう考えてもすれ違いは出来そうにない狭路だが、上から見下ろした時に見えていた紅葉を見ながらの道は乗っているだけなら楽しい。


 この日は土曜日という事もあり、紅葉狩りのハイカーと分かる人も多数歩いている。


「ここに出るのよ」


 山道を下りきったところは目の前にキャンプ場が広がる湖の畔だった。木々の間だから見える濃いブルーの水面は思わず立ち止まってみたくなるような景色を見せる。


「まっすぐ行くんじゃなくて、ぐるっと回ってみる?」


 直行するならば右折する道をせっかくだからと言うので左に折れる。


「これ、紅葉もきれいだけど、夏場とかすごくきれいかも……」


 対向車も後続車もいないので、歩いているのと変わらないスピードで車を進める。


「由香利でもこういうとこは来ないの?」


「だって、あんまり自由な時間ないもん。それに病院だと外の出歩きって言ったって制限されちゃうし」


「そっか……」


 普段一緒にいることが出来ない二人は、時々電話連絡をする程度だと言う。


 湖の北側から国道に出てすぐに理香は小さな駅の前に車を止めた。


 駅だと分かったのも、建物の入り口のところに海ノ口駅という看板があったからで、これがなければそれと気づかずに通り過ぎてしまうような建物だ。


「この駅ねぇ、なんの変哲もないんだけど……」


 ガラス戸を開けて四人を中に呼び入れる。


「まさかここって……」


 入る前に佳織がはたと思い付いたように言った。


「そのまさかね。すっかり有名になっちゃって。今日は誰もいないのね……?」


 理香は待合室で振り返って周りを見回してみた。


「茜音、菜都実これ知ってる?」


 佳織は壁に貼ってある新聞の切り抜きを指して二人を呼び寄せた。


「うわ、すっげぇ……! 聖地巡礼かぁ……」


「ほぇ?」


 先に切り抜きを一目見た菜都実も声を上げ、何事かと残るメンバーも向かう。


「ほわぁ~、これ凄いかもぉ……。有名になっちゃったんだねぇ……」


 思わず茜音も笑わずにはいられない。地元の新聞の記事が貼ってある。以前、佳織が湖の写真と同じ風景を使ったアニメがあるという話を聞いていた。


 その場所が実在すると言うことが話題を呼び、今ではその番組を見た人たちが大勢この駅や湖の周辺を訪れるようになったという記事だった。


 よく待合室の中を見回してみると、それに関連するイラストなども貼ってあり、設置されたノートにも多数の書き込みがしてあることから、相当の人数がここを訪ねてきているのだろう。ホームに出ると湖を正面に見ることが出来る風景は、ここがもしそんな舞台になっていなくても十分に訪れる価値がある場所だと茜音は思った。


「おかげで少し前まではこの辺はちょっとしたお祭り状態だったのよ。たまには困った人もいるみたいだけど、それほどまだ問題は起きていないからね」


 理香はホームに置いてある木製のベンチに腰掛けている茜音のところにやってきた。


「都会にいたら、こういう所は来たくなるものかしら?」


「そうかも……。移り住んでくるかどうかは別として……」


「そう言うものかなぁ。まぁ環境的に悪い場所ではないけどね」


 それは、夏に訪れた四万十川沿いに暮らす千夏も同じことを言っていた。遊びに来るのと、そこで暮らすというのは違うのだから。


「でも、ここ冬は凄いんですよねぇ?」


「そうねぇ。スキー場も近いから……。ただ晴れると景色は最高よ?」


「いいですねぇ……。何時間でもぼぉ~っとできそうだなぁ……」


 由香利もホームに出てきていた。


「これでも特急が通るからね。あんまり端っことかにいると危ないわよ」


 列車の接近を知らせる放送などもなく、いきなり特急などが走ってくる。掲示されている時刻表に載っていないからと油断するのは危険だ。


「もう一つ先の稲尾は車停めにくいからね……。次はもう直接行っちゃうわね」


 駅を後にすると、理香はまっすぐに木崎湖温泉と書かれている方向に車を進めた。

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